算盤?!
「ねえ、赤金?」
「何だ?」
さて、これを一体どこからどうやって作るか、と言う現実的かつ技術的な問題は俺にはわからないが、それでも赤金には使用用途が理解できない以上ポイントになる部分は俺が指摘するしかない。
ああでもない、こうでもない、と赤金とふたり頭を突き合わせてどうやって作るか検討していると、ふと何か思い付いたかのように倭代が口を挟んで来た。
「登り窯――作ってみない?」
「。」
…。
「…ノボリガマ?」
「…ノボリガマ?」
「…登り窯?!」
待て待て待て待て。今さっきお前が言ったばっかりだろう、焼き窯自体この時代あるはずがないって! なのにお前、まだ文明を先に進める気か?!
だが、俺にとっては既知の物体であっても赤金にとっては見たことどころか聞いたこともない名称だ、
「何だ、そりゃ?」
「簡単に言うと、あの焼き窯のでっかい版♪」
「簡単に言いすぎだろ!!」
本当に要約すれば確かにその通りだが、赤金の作ったピザ窯とじゃ原理がまるで違うだろ! 傾斜地を利用して重力による燃焼ガスの対流を利用するなんて、恐ろしく高度に物理的な窯だぞ?! 算数の概念さえ怪しいこの時代にそんな科学的なもん、いくら天才でも赤金に理解できるわけが…
「(何言ってんの? 算数なら日本には縄文時代からあったわよ)」
「。」
…。
「何ィィィィィィッッッ?!?!?!?!」
「?!」
「!?」
あまりに予想外のことを言われたとは言え、突然とんでもない叫び声を上げてしまった俺に、まさかこのヒョロっちい白彦がこんなバカデカい声を出すとは思いもしなかったんだろうウドと赤金の方が心臓が止まるほどびっくりしたらしい。「え?! え!? え?!」と言わんばかりに慌てふためいていたが――それどころじゃない。
縄文時代に算数?! まさか。それこそ聞いたこともない。むしろ「いち、にい、さん、たくさん」のレベルかと…
なのに、続いた倭代のセリフは想像以上のものだった。
「(電卓って言うか、算盤みたいな土器が見付かってるのよ、縄文時代の遺跡の中から)」
「(算盤?!)」
嘘だろ。狩猟採集時代だぞ?!
「(ま、メソポタミアや古代エジプトで見付かった砂算盤とか線算盤とかほど高度な計算機ではないけど、足し算引き算だけじゃなくて、倍数とか簡単な掛け算なんかの概念もあったみたいなのよね)」
「(…マジかよ…)」
我が国ながら縄文文化、恐るべし。いや、でも犬でも簡単な足し算引き算は理解できるって話だしな、人間ならある程度の計算感覚は最初から持ち合わせて生まれるものなのかもしれない。
なんて改めて縄文文化をバカにしすぎていた自分の浅はかさを思い知らされていて、その時の俺はすっかり「英語を話す自分達」がそれを見慣れていないウドや赤金の目にどう映るのかまでの配慮までできていなかった。
「――お前ら…何話してんだ?」
「…。」
ヤバい…。
そりゃそうだ。そもそも外国語と言う概念さえ恐らく持っていないこいつらの前で、さっきまで普通に日本語を話していたのにいきなり目の前で何だかわけのわからない言語で会話を始められれば普通は誰だって疑うもんだ。少なくとも、自分に聞かれたくない話題を始めたのかもしれない、くらいの勘ぐりはする方が当たり前だろう。むしろ日女巫女や白彦に対して疑うこともせず絶対服従の宮女達の反応の方が異常なんだ。
とは言え――どうこの場を切り抜けたものか…。
既に疑われている状況で下手な言い逃れをしても逆に不信感を深めるだけだ。蒸留器の製造にはどうしても赤金の協力が必要な以上、ここで赤金に不信感を抱かれるのだけは避けたい。
なんて苦り切っている俺をよそに、しかし。
「英語よ」
「倭代――ッ?!?!?!?!」
気でも触れたか、お前?!
何で自分で自分の首を絞めるような真似を平気でするんだ、お前は!? 何も自分から未来人だなんて馬鹿げた話をバラすこともなかろ――…
「登り窯は異国の技術だからね。その原理の話をするのにその国の言語の方が楽だから英語にしただけのこと」
そりゃ現状じゃ外国の技術には違いないが、別に英語圏の技術ってわけじゃ…。
なんて突っ込みどころはいくらでもあったが、さすがは天下のハッタリ女王、むりやり専門分野に引っ張り込んで煙にでも巻く気か。
と思っていたら、もっとアホな作戦を倭代は立てていた。
「外国の技術だと? 何でお前らが渡来人の技術を知ってるんだ」
「私たちを誰だと思ってるのよ? 神籬の儀で神の世界を見て来たのよ? そこで異国の知識を得てたって何の不思議もないでしょ」
『 神の世界 』とまで言い切りやがった――――ッッッ!!!
そりゃまあこの時代の人間からすりゃ21世紀の科学技術なんて魔法にも等しい正に神の世界だろうけどなっ、それにしたってお前神籬の儀をいいように使いすぎだろ、それは!
なんてそっちの方に気を取られていて、もっと肝心な点を俺はすっかり忘れていたんだ。
「――ちょっと待て」
赤金に制止されて朗々と繰り出されていたハッタリこそ止められたが、
「白彦はともかくとして、お前――今、私「達」って言わなかったか?」
ハタと気が付いた。
そうだ。倭代は今、宮女のフリをしてここにいるんだ。なのに、一介の宮女に過ぎない筈の倭代が神籬の儀をパスしたのは自分と白彦だと正面切って漏らしてしまった。
や、ヤバい…。
今度こそアウトだ。元をたどれば算数なんて今はどうでもいい話題を振った俺の責任でもあるわけだが、これは完全にバレた…。
どうするんだよ、倭代お前――――?!
なんて慌てたのはしかし俺ひとりだった。ちなみにウドは相変わらずの能天気ぶりと言うか天然ぶり爆発で赤金が言わんとすることにまだ気付いてないと言う意味で別に慌ててもいなかったが、
「言ったわよ? だって私が日女巫女だもの」
マジで正面切ってバラしやがった――――――ッッッッッ!!!!!
何考えてんだ、こんなとこで正体バラすとかありえなさすぎだろ! あまりにもありえない事実が突然飛び込んで来て、予想をしていた赤金も動揺を隠せずにいたが、ウドに至っては「あれ? あれ? …ん?」的なクエスチョンマークの暴風雨に晒された挙句、やっと気が付いたらしい。
「――――?!?!?!?!」
…悪いな、ウド…騙してて。そりゃそうもなるよな、普通に考えて。
だが、その一方で赤金の方は倭代のそんな爆弾発言にも意外なほど落ち着き払っていて、
「…やっぱりか」
やっぱり、って――やっぱり?! え!?
「あら、バレてた?」
「さすがにまさかンなハズはとは思ってたけどな」
何で赤金が気付いてるんだ?! 倭代とはこいつ、初対面だよな?! 誰にもわかりやすい外見の白彦ならともかく、見た目から倭代が日女巫女だとわかる要因はどこにもないはずだろ!?
当人達よりむしろ部外者の俺やウドの方がパニックだ。何がどうしてこうなった!?
「女王本人がこんな山奥まで来るからにはそれなりの理由があるはずだよな?」
「もちろん」
だが、そんな俺達を無視して赤金と倭代の剣呑な対峙は続く。
「――何が目的だ?」
いや、ヤマアラシのように針を逆立ててるのは赤金だけで、倭代の方は相変わらずの飄々さ加減で軽く往なしてはいたが。
だが。
「目的? 決まってるじゃないの」
倭代は相変わらずの余裕綽綽ぶりで言い切りやがった。
「赤金、あなたが欲しい。それだけよ」
「――――?!」
って、それ一体どう言う…
「国主である女王のセリフじゃねーな。一国民に過ぎねー俺の生殺与奪権なんざ、最初っからお前のもんだろ」
ああ、なんだ。そう言う意味か。
と納得しかけた俺の耳に。
「そう言う意味じゃなくて、欲しいのはあなたの絶対の協力」
「それを言うなら忠誠だろ」
さもつまらなさげに続けた赤金のセリフに、だが倭代は続けたんだ。
「いいえ、あくまでも協力よ」
なぜそこに拘るのか俺にはわからなかった。女王である倭代にとっては協力よりむしろ忠誠の方がよっぽど都合はいいはずだ。なのに何で倭代は――…
「だから、それと引き換えにあなたには私の名前をあげる」
――え…?
そう言えば、以前倭代が言っていた。
『 名前を知るって言うのは言霊の世界ではその対象の魂を手に入れるって意味でもあるのよ 』
未来人の俺にはあまりに当たり前のこと過ぎて倭代がウドや赤金に自己紹介した時何も気付かなかったが――女が男に自己紹介するってのは、そう言えばプロポーズを受け入れるって意味じゃなかったか?
そのくらい名前は重要なモノのはずなのに、こいつはこんなにもあっさりこのふたりに本名をバラした。
それは。
「もちろん私は巫女だからあなたと結婚はできないけどね、あなたの絶対の協力を手に入れるためなら私もあなたに私のすべてをあげなきゃフェアじゃないわよね」
対等の立場での嘘偽りのない絶対の信頼関係を築くため。
「――お前、…正気じゃねーな」
「あら、ありがと♪」
確かにこの言霊の世界では、お互い名前を預け合うのが一番の信頼の証となる。
そんな倭代の覚悟を聞いて赤金はさすがに呆然となっていたが、ふと何かが吹っ切れたかのように不遜な笑いを口元に浮かべて呟いた。
「―――おもしろい」
こんなぶっ飛んだ提案をする奴なんてこの世界にいるはずもない。こんな提案、ましてや巫女なんてそれこそ超常的な世界で生きているはずの巫女のセリフじゃ、間違ってもない。
だが。
「私の名前は倭代。赤金、そしてウド。私にあなたたちのすべてをちょうだい」
突然すぎるまさかの話を思いもよらず自分にも振られて、ウドはさらにパニックになっていた。




