赤金
そんなわけでさっそくウドと倭代と三人で赤金の住む山へ向かうことになったわけだが、た、確かに…前回みたいな獣道や崖なんかこそない一応は「人の通る道」ではあるものの、それでも長い山道を延々登り続けるのは結構な骨だった。
まあ今回は倭代のおかげで木靴よりはよっぽど歩きやすい靴を履いている分それでもずいぶんと楽にはなったはずだが、それにしたって相変わらず素足のウドの足の裏の健康さ加減には驚かされる。単なる習慣の違いとわかってはいても、それでもこんな山道を歩いていれば小石だの木の枝だの怪我をする要素は満載だ。道なき道を歩くことの多いウドにはやはり一日も早く靴を履く習慣を付けさせるべきだろう。
なんて俺も倭代も正直ヘロヘロになりながらたどり着いた先は、世捨て人の山小屋どころか自然にできた洞窟を利用した洞窟住居だった。
「…なんか…すごいわね…」
「弥生どころか更に数千年遡ったな…」
本当にこんなところで人が暮らしているんだろうか。いや、明らかに人工物である窯からは煙も上がっているし、薪なんかが積み上げられていたりして人の住んでいる形跡こそあるものの、それにしたって見た目は旧石器時代そのものだ。他人の協力が得られないと人間ってのはここまで文化レベルの低い生活をするのが限度なんだろうか。人類が社会性と言う名の助け合いの道を選んだ理由を改めて思い知らされた気分だ。
しかし、それにしたってあの煌びやかな白金と黄金の兄がこんなところでひとりで暮らしているとは――…この粗末な住居にどれだけそぐわない超イケメンが出て来るのか、正直想像も付かない。
なんてことを考えていると、
「お前らか、白金が寄こすっつってた遣いって奴は?」
突然背後から声をかけられて振り返ると。
「?!」
「?!」
「?!」
それは鬼と言われても当然と言うか…正直21世紀の人間が童話の中で考える鬼ヶ島の赤鬼そのものだった。
櫛なんか入れたこともないような燃えるようなザンバラ頭に髭もじゃの、身の丈2mは下らないであろうその大男の顔は煤だか泥だかで汚れ切っていて清潔感のかけらもないし、服も原始人顔負けの穴だらけボロボロ状態の貫頭衣。そこからのぞく四肢はどれも健康的に日焼けして、脚も腕も見事なほどに筋肉隆々。肩に担いだ山ほどの薪と左手に持った見るからに重そうな石斧だけでもその剛力さ加減は充分見て取れたが…それにしたってこれじゃいわゆる博物館で見たネアンデルタール人そのものじゃないか。人は外見じゃないとは言うが、それでもここまで徹底されるとさすがに避けられがちなのもわかるような気がする。
し、しかしそれにしたってこれがあの美女ふたりの実の兄…両親から受け継いだはずの遺伝子は一体どこへ行った…。
呆気に取られた、と言うよりは呆然となった俺の視界を、突然ウドに遮るように立ちはだかられて我に返った。どうやらさすがのウドでも赤金がヤバそうな雰囲気の男だと判断したらしい。身代わりになってでも白彦は自分が守るんだ、と言うつもりなんだろう。
なのに。
「あなたが赤金ね?」
怖いもの知らずと言うか、何の頓着もない顔で倭代に声をかけられて赤金が胡乱な目を向ける。
「何だ、お前?」
「私は倭代。あなたの土器職人としての腕を見込んで、協力して欲しいことがあって来たの」
恐らく赤金はこんな風に自然に話しかけられた経験自体があまりないのだろう、自分に対してまったく怯える気配さえ見せない倭代に少々戸惑っているようだ。だから「協力して欲しい」なんて言われてもどうもピンと来ていないらしい。むしろ「何を企んでいるんだ」と言わんばかりの疑いの眼で――ってオイオイオイオイ、大丈夫なのか、ホントに?
さすがに不安になって来た。あのガタイならその気になればきっと倭代なんて一発で殴り殺せるだろう。実際白金も「火の点きやすい性格」と言っていたし、言葉を誤って本気で怒らせなんかした日には赤金自身にその気はなかったとしても「ついカッとなって」であっさり殴り飛ばされるなんてこともあるんじゃ…。
なのに相も変わらず倭代は度胸が据わっていると言うか緊張感がないと言うか…
「そう怖い顔で構えないでよ。土器で作ってもらいたいものがあるって言ってるだけなんだから」
「土器職人ならわざわざこんな山奥まで来ねーでも里にいくらでもいんだろーが」
あまりに警戒心のない倭代の反応が普段から警戒されてばかりの赤金には不審なものにしか見えなかったんだろう、赤金の方こそ警戒心バリバリのヤマアラシ状態でどう見ても逆効果にしかなっていなかったが、倭代の方はそんな凄味にもまったく頓着しなかった。
「職人ってだけならもちろんいくらでもいるけど、他の誰でもないあの白金が推挙した職人よ? なら相当の腕前に違いないし、それなら会ってみたいに決まってるじゃない」
「。」
言われて初めて気が付いた。
確かに…いつもニコニコしてる白金だけなら兄妹の情で紹介した可能性も無きにしも非ずだが、嫌がっていながらもあの黄金がその推薦に対して否定の意思を示さなかったのは、自分の感情を割り引いても赤金の腕が本物だと黄金本人が認めていたからに他ならないはずだ。
あの黄金をしてそこまで言わせる程の腕――そう考えれば確かに興味は湧いて来る。それに白金だって言ってたじゃないか、
「土を捏ねることしかできない」
と。それはつまり、土器作りにかけてはあの完璧主義のふたりをもってしても認めざるを得ないほど相当な腕前だと言うことを暗に示唆してはいないか?
「――つまり、厄介事を持って来たってわけか」
「御明察♪」
忌々し気に呟いた赤金にニコニコと相変わらず悪びれない倭代は、どうやら何もしなくても忌避される人生をずっと歩んで来た赤金にとっては少なからず面白い存在だったらしい。嫌そうな顔をしながらも赤金の雰囲気からはさっきまでのトゲトゲとしたヤマアラシがすっかりナリを潜めていた。
「で? この俺に一体何を作らせようってんだ?」
ところがだ。
「あなたなら蘭引も作れるかなと思って」
「…ランビキ?」
「…ランビキ?」
言われた赤金だけでなく、俺までその聞き慣れない名称に思わず声を上げてしまった。って、何だって? 聞いたこともない。
蒸留器を作らせるんじゃなかったのか、と反射的に倭代を見てしまったが、当の倭代はケロッとしたもんで、
「詳しい原理は白彦に聞いてもらいたいんだけど、特別な形をしたものをぴったりみっつ重ねて使えるものを作って欲しいの」
――って、蒸留器のことかよ!
蒸留器の古称が蘭引だなんて知らなかったから驚いたじゃないか。っつか、そこまで言って後は全部俺に押し付けるのかよっ?! 相変わらずだな、お前!!
だが。
「みっつ重ねて使う? そりゃまたずいぶんと無理難題な話持って来たもんだ」
確かに、土器は焼けば少なからず縮む。しかも、粘土は基本的に不純物だらけだから縮小率は部位によって変わる。そこを計算の上で構造上蒸気の漏れない程度の密封度まで求められるんだから、確かに技術的にはかなり高度な話だ。今思えば土器よりむしろ細工性の高い銅あたりで作った方が楽だったかもしれない。銅鏡があるんだから当然この時代にも銅細工職人はいるだろうし。
なんて、今更自分がいかに技術の高さの求められるものを作ろうとしているのかに思い当たってたじろぎ掛けた俺だったが、
「あら、そんな簡単に降参しちゃうの?」
…また他人を無駄に挑発しやがって、このハッタリ女王が…。
げんなりとした気分の俺とは対照的に、しかしこの挑発が「火の点きやすい」赤金には充分功を奏したらしい。
「誰が無理だっつった」
「さっすが国一番の焼物師♪」
…俺に以外にも、いいようにこの女の手のひらの上で転がされる人生を送る羽目になる男がいたとは…同情するぞ、赤金…。




