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Iam estis  作者: Muffin
赤金
34/85

Udo

「あなたがウワサのウド君ね、彼から話は聞いてるわ」

「…あなたは…?」

 宮門を出ると、そこには道案内にと呼び出されたウドが見るからに使命感に燃えまくったやる気満々状態で待っていた。しかも菜の花の一件で白彦がどれだけのモヤシかを理解したらしく、必要があればいつでも自分が白彦を背負って運ぶんだ、と言う気なんだろう、背負子(しょいこ)まで背負って来てずいぶんな意気込みようだ。

 そんなウドは、

「私は倭代。日女巫女様付きの婢よ」

「えっ?! す、すんません…っ!!」

 倭代が女王本人だなんてのはともかくとして、普通ならその木綿製の、庶民からすればとんでもなく高品質な素材の衣装や、そもそも白彦と一緒に宮門を出て来た時点でその程度の予想は付きそうなものだが――そこが超の付く一般庶民のマトモな感覚なのか、それともバカが付くほど素直で物事を深く考えないウドならではの天然っぷりなのかはわからないが、言われて初めて自分よりずっと格上の存在だと知ったウドは慌てて地べたに屈み込んで平服したが、

「あ、いいのいいの。そー言うの私にはいらないから、あなたの家の隣に住んでる子くらいの感覚で普通に接してくれる?」

「で、でもそれは…」

「その方がこっちも楽だから」

「だけど…」

「あーもう。じゃあ命令! 敬語使うとこまでは許してあげるから…それならいいでしょ」

 それでもぐちゃぐちゃ抵抗を示すウドに、倭代は相変わらずの横暴ぶりをこんなところでも爆発させていた。

 …ウドも気の毒に…酒の席での無礼講が実際には全然無礼講でないのと同じで、こう言うのって自分が言ったくせにいざなんかあると突然手のひら返されたりして被害被るのは結局立場の弱い方って決まってるんだよな。そりゃウドの方からしてみれば最初からやりたくないのが本音なのは疑いようもない。大体こんな身分社会で…仮に本人同士は納得づくだったとしても、他人に聞かれてあらぬ噂でも立てられた日にはそれだけで一瞬にして村八分だ。世の中にはできることとできないことってもんがあるんだよ。

 なんて俺はウドに対して同情の念を隠し切れずにいたのだが、その時だった。

「痛っ」

 スカートの裾を払った倭代が突然声を上げて俺もウドも注意を持って行かれた。

 見れば倭代が指先を舐めていて、

「針付いたままだったわ~」

「…。」

 なんだそりゃ?

「これ、縫殿(ぬいどの)に潜り込んで勝手に拝借して来たんだけど、どうやらまだ縫いかけだったみたい」

「お前な…」

 いくら大元は自分の持ち物っつったって、仮にも女王が宮殿の備品をちょろまかすとか、一体何を考えているんだか。

「自業自得だ、バカ」

 念のため、とつい医者時代の癖が出て針を刺した指を強引に引き寄せて確認したが、確かにこれなら「舐めときゃ治る」レベルだ、心配はない。この時代の針なんて獣か魚あたりの骨を削った程度の物だろうから尖ってるったって大したもんじゃないだろうとばかり思い込んでいたが、どうやら想像していたよりはずっと鋭いモノだったらしい。チクッ、で済んだから良かったようなものの、刺し方次第では結構深くも刺さりそうだ。

 案外この時代の文化水準もそうバカにしたもんでもないってことか。

 なんて改めて思い知らされていると、ふとポカンとしたウドに気が付いた。

「どうかしたか?」

「あ、いえ…っ」

 その呆気に取られた顔の意味が理解できずにいた俺だったが、

「何よ~、言いたいことがあるなら言いなさいよ~」

「またお前は…」

 それを世間一般では立派なパワハラっつーんだよ。同じ言動でも相手次第でどうとでも意味は変わる。そこを考慮できないのはそいつの人間としての本質の問題だから基本的にすべてのケースで配慮不足になる。結果あらゆるハラスメント行為を日常的にやりまくる人間ってことになる…ただ、本人はまったく自覚していないのがこの問題の最大の問題点だから改善する可能性が極めて低いのが残念至極なんだが。

 すべての言動はTPOを考えてするべきだが、発言の相手が自分に対して正面切って怒らせるような発言のできない立場の相手の場合は特に常に配慮して発言するのが人間としての最低限のマナーってもんだろう。言った本人はただのジョークや軽口としか思っていなくても、それを不快だと主張できない相手にとっては立派な加害行為になる。しかも、往々にして立場の強い人間ほどそのあたりの配慮感覚が致命的に欠落してるのが現実だ。

 だから身分だの格差だのなんてのは百害あって一利なしってなもんなんだよな。


   ところがだった。


「宮女様が針で指刺すとか、あるんだなと思って…」

「。」


 …。


「―――――――――――――――――――――――――――― は?」

「―――――――――――――――――――――――――――― は?」

 あまりに思いがけないことを言われて俺はもちろん、あの倭代でさえ完全に固まった。見事にハモってド間抜けな顔を向けた俺達に、

「いや、宮女様って言ったらなんかとにかくすげー人達だと思ってたから…なのに針で指刺すとかなんかやってることウチの婆ちゃんと同じじゃんっつか…」

 ずいぶん子供っぽい顔で笑うんだな、と思い知らされるような笑顔を思わず浮かべてしまったウドは、そこまで言ってそれが身分的に許されない蛮行である事実に気付いたらしい。

「す、すんません!! 婆ちゃんと同じなんて…いや、俺…その…っ」

「いいのよ」

 慌てて発言を撤回しようとしたウドに倭代はチャンスを決して逃さなかった。

「倭代、様…?」

「同じよ、私もあなたも」

 まるでアイドルがファンサービスでもしているかのように手を両手で握られ顔を近付けられて、戸惑うウドの真正面から倭代は続けた。

「どんなに偉そうにしてる大人(たいじん) ( 注 : 身分の高い人物のこと ) たちだって空腹になれば盛大にお腹も鳴るし、足を滑らせればすっ転ぶ。お酒飲みすぎれば翌朝には二日酔いで頭がんがんだし、足の小指をぶつければ恥も外聞もなくしゃがみ込んで悶え苦しむ。身分なんか違ってても所詮みんな同じ人間なのよ」

 …そうだ。ウドにとって権力者達は見えないところでふんぞり返っているだけの雲の上の存在だから、その相手が自分達と何ら変わらない人間だと言う当たり前のことがわからないんだ。天上界の仙人でもあるまいし、みたいなその御大層な理想像で塗り固められているその妄想から突き崩さなきゃ、幻想フィルターのかかった彼等の目にはきっと何も見えては来ない。

「ま、マジっすか…?」

「マジマジ♪」

 ――もしかして、倭代はこの時代の格差社会対策も考えているのか…? そのために自分からわざわざ宮殿を抜け出して来たんだろうか?

 なんて思いを馳せていた時だった。

「大体ねぇ…あなたの名前こそお貴族様にも多い名前なのよ、ウド?」

「。」


 …。


「―――――――――――――――――――――――――――― へ?」

「―――――――――――――――――――――――――――― へ?」

 今度は倭代の意味不明発言に俺とウドがハモっちまった。

 が、オイオイオイオイ、今度はこいつ、一体何を言い出し――…

「例えば西フランク王国(たいりく)にはかつていたのよ、Eudes(ウード)って名前の王様が」


   注 : 九世紀の話なので、厳密にはこの時代のずっと後のお話です。

     また、ドイツ語圏の貴族に多いオットーも略形はUdo(ウード)になります。


 そっちか! っつか、まさかここでヨーロッパの人名出して来るか!?

 でも、大陸なんて言われても中国の存在でさえ知っているのかどうかも怪しいウドのことだ。しかも、言われたことを素直にそのまま信じ込むのもウドの専売特許。

「ま、マジっすか…」

「マジマジ♪」

 ただ単に遠い異国の話程度の感覚で受け入れて呆然となり、言葉もないウドに、だが倭代は畳みかけるように続けたんだ。

「Udoってね、古代ドイツ(いこく)では豊かさとか財産とか言う意味なのよ」

「ま、マジっすか…?!」

 もちろん、あの老婆が古代ドイツ語なんて知っていたはずはないけれど。

「――お婆さんにとって、あなたはホントに宝物だったのね」






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