革靴?!
なんて、行き当たりばったり女王・倭代と仕事の早い白金のおかげで早々に今度は山登りする羽目になっちまった…勘弁してくれ。
スズは今回ももちろん付いて来ると言い張ったが、まだ体力的に回復もしてないし、今度は山登りだとわかり切ってる道のりだ。白金曰く「白彦でもたどり着けるかどうか」な山道をスズみたいな幼女を連れて行けるほど白彦は体力がない。
「今回は宮殿で待ってるんだ」
「でも…!」
「でももへったくれもない。途中で歩けなくなられたら俺の方が困るんだ」
「…。」
そこを言われると、と言うのがスズの本音だ。確かに前回も散々足を引っ張った前科があるだけにこれを言われると弱い。そもそもスズは道案内ができるわけでも俺が歩けなくなった時にフォローができるわけでもなんでもない。ボディガードさえ務まらないただの傍まわりの世話係にすぎないスズが付いて来るのにデメリットこそあれメリットなんて何もないのが明白な事実。
それがわかってはいても白彦の傍を離れることなんてありえない、白彦の行くところなら例え火の中水の中、と言う大前提しか頭にないスズにとって、現実はあまりにも非情だった。
「スズのおかげで道案内はウドに頼めたし、スズはやることは既にやったんだ。後はここで俺の留守を守ってくれ」
「ですが…」
それでもなお喰い下がろうとするスズだったが、かと言って俺に付いて来るのを正当化できるような理由も言い訳も思い浮かぶはずもなく。
とその時だった。
「心配しなくて大丈夫よ、私が代わりに付いて行くから」
「。」
ふと突然思わぬ方から声がして振り返ると、
「?!」
そこにありえない人物が立っていた。
「あなたは…?」
見慣れない婢にスズは単純に訝しんでいたが、見慣れないのも当然だ。俺と違ってスズは帳の中には入れないし、そんなスズがこいつの顔を実際に見たことがあるのは俺の知る限り一度きりだ。だが、あの時はいつもの厚化粧をしていたから素顔を見たことは一度もない。女は化けるとはよく言うが、あれだけの厚化粧が剥がれればさすがに想定でもしてない限り一度見たきりの人物の顔なんか判別できるはずもない。声こそ知ってはいても、そもそもこんな場所にスッピンで現れるなんて想像の外だと候補にも挙がって来ないだろうし。
「い、い・い・い・い・い・い・い…っ」
かく言う俺もあまりに予想外のその人物の登場に言語回路がマトモに動かない。口を付いて出かけた名前がどもって言えずにいる俺にそいつは唇に人差し指を添えてウィンクして見せると、
「日女巫女様付きの婢で倭代って言うの、よろしくね」
「倭代――ッ?!」
何でお前がここにいる――――――――――――ッッッ?!
なのにどこから調達したんだか、完全に婢姿の倭代はすっかり『婢の倭代』を演じ切っていて、
「あなたの代わりに白彦様に付いて行くよう日女巫女様に申し付かったの」
「日女巫女様が…?!」
スズも完全に騙されてまさか目の前にいるのが日女巫女本人だとは夢にも思わず、だが日女巫女本人の命令とあっては従わないわけにもいかず、不承不承引き下がるしかない。当然の話だがスズは白彦の傍でこそ筆頭侍従だがそれでも日女巫女直属の婢達よりは格下だ。いかに納得の行かない命令であろうとも相手が日女巫女に直接仕えている婢であるなら従うしかない。それが身分社会と言うものだ。
だが。
「オイ、何の真似だよ、倭代お前?!」
「うん。だってなんかおもしろそうだったから」
「面白そうって、お前な…」
他に聞かれないようにヒソヒソと小声で話しかけてみればこの通り、相変わらず何も考えてない返答が…っつか、前回のお忍び訪問以来白金&黄金の見張りは強化されたはずだし、一体どうやってあのふたりの包囲網をすり抜けて来たんだ?!
「あー、あれ結構大変だったのよ~。昼寝するふりして部屋からふたりを追い払うまではうまく行ったんだけど、お化粧落とすのホント大変で…」
「そんな話は聞いてない!」
「早いとこ石鹸作ってよ」
「だから人の話を少しは聞け!!」
俺はそんな目的のためにわざわざ苦労して石鹸を作ろうとしてるわけじゃない!
まったく、相も変わらずマイペースだな、お前は!
じゃない!
「何やってんだ! 仮にもお前、女王だろ?!」
自分が動けないから俺に協力求めたんだろ?! なのにこんな無茶やらかして…バレたら一体どうするつもりなんだ!!
だが。
「だって退屈なんだもの」
「だってじゃない!」
「それにあの白金と黄金のお兄ちゃんよ? これはぜひこの目で見てみたいじゃないの♪」
「それは…」
まあ、確かに俺も興味はあるが――…じゃない!
白彦ならいざ知らず、正体がバレなくたって王宮の外になんか出て万が一にも女王が暗殺なんかされてみろ、一大事じゃ済まないだろう!
「だーかーらぁ、卑弥呼は長生きしたって書物にもちゃんと残ってるんだってば。暗殺なんかされないんだからだ~いじょ~ぶ、だ~いじょぶ♪」
「おーまーえーはああああ!!」
相変わらずの能天気さ加減だな! その確信が一体どこから来るのかホント俺には理解不能だぞ!
しかし、どうやら倭代は本気で「ハイキング」を決め込んでいるらしく、
「あんまりうるさく言うとあげないわよ、これ」
「…へ?」
と、倭代がどこからともなく摘まみ上げて見せたのは紛れもない革靴だった。縫い目も荒くて隙間だらけでかなり適当感溢れてるシロモノではあるが、間違いようもなく革製の靴――…
「倭代お前、そんなもんどこから…?!」
この時代、木靴しかなかったんじゃなかったのか?!
「あんまり暇だったから自分で作っちゃった」
「靴を?!」
…こいつ、見かけによらず結構器用なんだな…いや、かなり素朴感溢れてるが…それでも一応どこからどう見ても靴にしか見えない程度には形もしっかりしてる。
俺がシャコシャコ遮光器を作ってる間に、こいつは靴を作ってたのか…靴ってことは、いつか抜け出してやろうと計画していたってことだ。しかもこの短期間に二足も作ったってことは、かなり早い段階で計画を練っていたはずで。
だが、考古学者なんだから木靴の存在くらいは知っていたはずだ。なら木靴を使えばいいだけの話なのに、なんでわざわざ革靴を…?
「木靴じゃ靴ズレ痛そうだったから」
「…。」
確かにな! 痛かったさ!!
「その点革靴なら足裏の自由も効くから歩きやすいし、石器時代のアイスマンだって革靴は履いてたしね」
「アイスマン?」
って、そう言えばそんなのもいたな、アルプスで見付かった冷凍ミイラだっけか。
「だったら素人でも頑張ればなんとかなるんじゃないかと思って…スリッパなら作ったことあるし、革なら敷物の鹿革があったし」
「敷物切り裂いたのかよ…」
…女王陛下御乱心、とか、さぞかし驚いただろうな、白金も黄金も…。
何だかだまくらかされてこの場にいないあのふたりにじわじわと同情の念が湧いて来た。考えてみりゃこの女の無茶苦茶ぶりに一番付き合わされてるのは俺よりむしろあのふたりなのかもしれない。そう思った途端、今更あのふたりに同情と言うか、被害者の会的な仲間意識が湧いて来た。
「ま、まだ試してもいないから履き心地の方は定かではないけどね」
「…その未完成品履いてさっそく登山する気か…?」
靴ズレも確かに怖いが、出先でそれが壊れて靴そのものがない状態で歩く羽目になる方が俺にはよっぽど怖いんだが…。
「ちなみに両方とも私のサイズで作ってあるから、あなたは藁か何か入れてサイズ調整してね」
「マジで適当だな、お前!」




