八塩折之酒
医療行為をやるのに絶対に欠かせないものがある。
「(ところで誰か、土器職人を紹介してくれないか?)」
「(土器職人?)」
今回はたまたまその系統の知識のあるウドと再会できたおかげで想像以上に早く菜の花畑を見付けることができたが、当てもなく探し回るのは正直ただの無謀行為だ。必要なモノ、見付けるべきモノがはっきりしているのならそれを知っているとわかっている人間を当たるか、倭代の権力で紹介して貰う方が絶対に早い。
「(今度は一体何でまた?)」
だが、俺の目的を知らない倭代は当然のように首をかしげるばかりだ。まあ、普通の思考回路なら医療行為と土器職人なんてまず繋がらないのも当たり前だけどな。
「(できるかどうかはわからないが――…蒸留装置を作りたい)」
「(…蒸留?)」
そう。医療行為を行うにあたり、どうしても欠かせないものがある。
殺菌だ。
マトモな手術器具のないこの世界では病気の類はほとんどの場合当人の免疫能力に任せるしか方法はない。免疫能力を上げる以外の治療らしい治療ができない以上は医食同源、栄養価が高くバランスの良い食事と清潔な水を調達できるようにするくらいしか俺にできることはないし、水は灌漑工事を倭代が既に考えている。食事も油さえあれば大分食事内容も変わって来るから見通しはある程度立っている。
だが、この世界で恐ろしいのは怪我の方だ。風呂どころか手洗いの習慣さえない衛生状態の悪いこの環境下では、ちょっとの怪我が破傷風なんかを引き超す危険性がかなり高い。それでなくても生活空間で安全の保障もされていない上、基本肉体労働ばかりのこの時代、色んな意味で21世紀より怪我は圧倒的にしやすい状況にあると言うのに。
日常生活の衛生だけなら石鹸でも充分だろうが、医療行為となれば感染を防ぐためにもより高度な殺菌が必要になる。
そこで考えられる主な殺菌方法はみっつだ。
まずは洗剤などの界面活性能力を使う方法と熱湯での煮沸消毒。だが煮沸消毒は人体には使えない。となればみっつ目、アルコール消毒が必要になる。
さすがにエタノールそのものはないが、幸いこの時代でも酒だけはある。とは言え酒と言っても21世紀の人間が真っ先に考える日本酒みたいな清酒ではない濁酒だから不純物だらけだし、そもそもアルコール度数が低すぎてとてもじゃないがそのままじゃ医療行為には使えない。
だったらスピリッツを作ればいい。要するに、酒の蒸留だ。
素人の薄っぺらい知識だけでどこまで不純物を濾過できるかはわからないが、蒸留自体は大した技術じゃない。原理はわかってるんだから、それができる形の耐熱容器さえ作れれば濁酒からでもある程度高アルコール濃度の焼酎だって作れるはずだ。
「(…なるほど。焼酎ね…)」
消毒用アルコールが手に入るだけでできる治療のバリエーションも広がる。うまくすればある程度なら手術だってできるかもしれない。
この時代に焼酎が存在しないことはわかっているが、それでもアルコールさえ手に入れば――…
「(そうでもないわよ?)」
「。」
きょとんと倭代に言われて現実に引き戻された。
でも、そうでもない、って…いやいやいやいや。さすがに蒸留酒はまだこの時代世界中探したってないだろう。
だが。
「(お酒が目的ではなかったけど蒸留技術自体はメソポタミアの時代からあったし)」
「(…マジかよ…)」
メソポタミアって、世界四大文明の筆頭じゃないか。蒸留って、なんか錬金術師とかそう言うイメージだったんだが…ああ言うサイフォンみたいなのとか、あの手の化学装置自体がいかにも錬金術っぽいんだよな。いや、あくまでも俺の勝手なイメージだけど。
だが、それより何よりメソポタミアの時代に蒸留技術があったのなら当然それは土器で作られた蒸留器のはずだ。つまり、ガラスなんかなくても土器で蒸留が充分可能なことを証明している。
よっしゃあああああっ!
こっちは蒸留器の仕組みを既に理解してるんだから、できると証明されているなら後は試行錯誤、土器作りの職人の腕さえ借りられれば俺の知識だけでも確実に土器で蒸留器を作り出すことはできるはずだ。
なんて思わずガッツポーズをしてしまった俺に、
「(って言うか、私も今思い出したんだけど)」
「?」
ふと気が付くと、にやり、と実に意地の悪そうな表情を浮かべた倭代がこっちを見ていた。
「(アルコールは蒸発しちゃうから物的証拠は残ってないんだけどね)」
「(…なんだよ?)」
あ、また出たかも。こいつがこう言う顔をする時は大抵碌な話が待ってない。何かまた碌でもないことでも言い出すんじゃ…
「(あるのよね、日本には蒸留酒の出て来る神話が)」
「。」
…。
「(――――――へ?)」
しんわ、って――…
「(ヤマタノオロチって、聞いたことない?)」
「(YAMATA NO OROCHI...)」
詳しくは知らないが、何かおぼろげに聞いたことはある。何とかって英雄が八つの頭の怪物に喰われそうになったお姫様を助けるって言う、良くある伝説だよな――って、あれ? 八俣ってことは股が八つあるんだから九個の頭だったっけか?
「(そこはどうでもいいんだけど)」
「(確かに)」
所詮神話だしな。
って、神話ってことはつまり有史以前の話ってことで、有史以前ってのはつまり今のことなんじゃないのか?
あ、なんか嫌な予感がして来た。
そして、この手の予感ってのは大体当たるんだ…困ったことに。
「(そこに出て来るのよ、そんな怪物でも酔っ払わせちゃうほど強烈な八塩折之酒、って言うのが)」
「(――待て。)」
倭代が何を言おうとしているのか何となくわかってしまった自分が怖い。
「(通説では8回醸したお酒って言われてるんだけどね)」
「(だから待て。)」
待て待て待て待て。
「(まさか蒸留酒のことだったとはねぇ…濁酒しかないこの時代に8回も蒸留した焼酎壺目いっぱい出て来たんじゃ、そりゃ大蛇だって酔っ払っちゃうわよねぇ)」
「(それは違う! 絶対に違う!!)」
そして、倭代の容赦のない最終宣告。
「(あなた、神話まで作ってたのね)」
違うんだあああああ!!!!!




