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Iam estis  作者: Muffin
弥生クッキング
25/85

菜の花を探せ?!

「…モヤシすぎだろ、白彦お前…」

 王宮を出てちょっと歩いただけなのに既に息が切れている。恐らくこの身体のせいで生まれた時から王宮の中で蝶よ花よとでも育てられたのかマトモに外を出歩いた経験もないんだろうが…この身体、マジで体力も筋力もなさすぎる。とてもじゃないが人生で最も気力体力共に充実しているはずの10代男子の身体じゃない。

「…何かおっしゃられましたか、白彦様?」

「いや、何でもない」

 想像以上のこの身体のモヤシっ子ぶりに、思わず口を突いて出た愚痴を隣を歩くスズに聞かれて慌てて否定せざるをえなかった。

 危ない危ない。今は自分の身体である白彦に文句を言うなんて、スズが聞いたら不審がられるに決まっている。

 しかし、それにしたって改めて外の日差しの強さにアルビノの身体の不自由さを思い知らされた。挙句の果てにその上体力までないなんてダメ押しすぎるだろ。

 まあ、今はそれでもまだまだ涼しいからベールを被って歩いていても大した負担でもないはずだが、メラニン色素のないこの身体ではオゾンホールのないこの時代でも直射日光の刺激が皮膚には強すぎるし、皮膚癌に罹る危険性も高い。この温暖湿潤な日本の真夏の炎天下、長袖にベールまで被って歩いていたら確実に熱中症になるだろう…これからあの女に酷使される人生が待っているのがわかっている以上、涼しい今のうちに何か対策を考えておかないと本気で倒れる。


   っつか。


「―― 何で俺がこんなことやらなきゃならないんだ…」

 余計なことを言わなきゃ良かった、と今更ながらに後悔が押し寄せて来た。

 そりゃまあ食事は人生における最大の楽しみのひとつだからそこが充実するだけで人生や幸福感にとって多大なメリットに繋がるのも事実だし、そもそも健康な身体は充分な栄養素を摂取して初めて成立するものだから、普段の食事内容が充実することはそのまま精神の充実や健康、免疫能力の向上に繋がる。そこを促進させて行くことは医者である俺からしても歓迎すべき生活条件のひとつではあるんだが、それにしたってまさか、

「(じゃ、菜の花探して来て)」

「(…菜の花?)」

 突然倭代にそんなことを言われるとは思いもしなかったから言われた時は戸惑った。一体今度は何を言い出すのか、と思ったが、

「(料理するのに油なしでどうやるのよ?)」

「(まあ確かにその通りだが――って、まさか俺が探して来るのか?!)」

「(言い出しっぺでしょ)」

「(待て待て待て待て)」

 王宮からマトモに出たこともないのに、一体どこをどう探せって言うんだ。適当に歩いてりゃたどり着くってもんでもないだろ。そもそもこの時代、菜の花なんか日本にあるのか? 菜の花が在来種なのかどうかも俺は知らないぞ?!

「(ああ、それは大丈夫。古事記では"吉備の菘菜(あおな)"、万葉集では"佐野の茎立(くくたち)"って名前で出て来てるんだから、日本には古代からあるはずよ)」

「(ンなこと言ったって、古事記って確か飛鳥時代かなんかの書物だろ?!)」

 その前の弥生時代にあった保証にはならないぞ、それ!


   なのに。


「(ハズレ、その次の奈良時代)」

「(尚悪いわ!!!)」

 何なんだ、あの女は…無茶苦茶にもほどがある。


   だが。


「(だから(・・・)でしょ。あなたでなきゃそれが菜の花なのかどうか判断できないもの)」

「。」

「(菜の花が搾油用に使われるようになるのは早くても戦国時代から。野菜として食べてるこの時代の人間に「菘菜探して来て」なんて言ってもどの菘菜かなんて区別できると思う?)」

「(それは…)」

 いや、それじゃさすがに無理だろう。恐らくこの時代の人間にとっては食べられる野草のほとんどがアオナだ。山菜片っ端から集めて来られてもその中に菜の花が混じってる可能性なんて恐らく果てしなくゼロだし、仮にそれっぽいもん持って来たとしても大根も白菜も蕪もアブラナ科だからその区別なんて引っこ抜いてみなきゃわからない。

 って、いやいやいやいやっ、だからって場所どころかあるかどうかもわからない菜の花訪ねて三千里とか、いくらなんでもそれはさすがに無理だろ。

「(まあこの時代でも胡麻や荏胡麻はあるんだけどね)」

「(じゃあそれでいいだろ!)」

 荏胡麻油も胡麻油も21世紀でも十分立派な食用油なんだし!

「(何言ってんのよ。荏胡麻や胡麻なんて超高級品で非効率的だし、菜種油が一番効率的で品質もいいじゃない)」

「(そりゃまあ21世紀でも食用油としては主流と言っていいくらいだけどな!)」

 だけどそれ探して来る方の身にもなってから言えよ! いくら何でもそんな都合良く王宮からテキトーに歩いて徒歩圏内になんて生えてると思うか?!

「(そんなの、その辺の人に聞けばいいだけの話でしょ)」

「(だ・か・ら! 菜の花が何なのか知らない連中に聞いてすんなり「あっちです」とか教えて貰えると本気で思ってるのか、お前は!?)」

 こいつの無茶苦茶ぶりはだんだん理解して来てはいるが、それにしたってこれはさすがに無茶が過ぎる。人生そう甘くないことを少しは学ぶべきだろう。これだから知識だけの大学生は…


   ところがだった。


「(そんなの簡単よ。黄色い小さな花が大量に咲いてる場所聞けばいいだけの話なんだから)」

「(……………………は?)」

 何を言われたのかわからなかった。いや、確かに菜の花と言えば一面の黄色い花畑、と言うイメージはあるが、それはそもそも菜の花畑()と言う人為的な「畑」があって初めて成立するもので…


   だが。


「(何のためにひまわりじゃなくて菜種って話になったと思ってんのよ)」

「(知るか)」

 確かにヒマワリ油もよく聞くよな。実が大きい分ヒマワリ油の方が効率的な気もするし、そもそもあの花だ、特徴がありすぎてあれなら言葉で説明しても誤解されようもなく通じて知ってる奴に会えさえすればすぐに教えて貰えそ…

「(って、ひまわりはこの時代まだ日本には輸入されてないからだけど)」

「(そこっ! 一番肝心な点だろ!!)」

 危うく騙されるところだった。人が史学者じゃないと思って騙したい放題だな、お前! いつか覚えてろよ!

 だが、倭代はそれでもよく考えていた。

「(菜の花ならちょうど時期だから目立つじゃない)」

「。」

 確かに、あの真っ黄色な花なら咲いていさえすれば嫌でも目立つ。とは言えそれは今この瞬間に咲いている(・・・・・)ことが絶対条件で、シーズンを外したらその途端誰の目にも付かないただの雑草になってしまう。

 ()だから探せるんだ、この春先の今だけが。

「(しかも菜の花なら繁殖力強いからほっといてもどんどん増えるでしょ)」

 それは、たった一粒の種でも飛んで来さえすれば人の手を加えなくても時間が勝手にあの一面の光り輝くような菜の花畑を広げてくれることを意味している。人の手の入ってさえいない場所であれば勝手に広い菜の花畑になっている可能性が高いと言う意味でもある。

「(だったら、菜種なら素人でも充分栽培できるってことにはならない?)」

「(倭代、お前…)」

 そこまで考えてるのか、お前は。ただ単に野生で咲いている菜の花を利用しようなんて話じゃなくて、意図的に菜の花畑を作って恒常的に大量の油を手に入れるなんてところまで考えての計画なのか、これは。

 確かに食事に油が追加されるのは栄養面で考えてもメリットは大きい。特に冬場、油さえあれば乾燥と寒さの厳しい季節にカロリーが手っ取り早く摂取できるから原始的なこの時代の窓ガラスさえない吹きっ晒しも同然な住居でも寒さに耐えられる可能性は確実に上がるだろう。

「(――お前は――本当にこの世界で生きて行く覚悟ができてるんだな)」

「(今更何言ってんの?)」

 お前はその、持てる限りの知識のすべてをこの国の発展のために使うともう本当に決めているんだな。

 倭代は既に全力でこの世界で生きて行く覚悟ができてるんだろうが――でも俺は、それでもまだ迷っているんだ。


 俺は、俺達は本当にこのまま過去に干渉してしまってもいいんだろうか?

 俺は――倭代を止めるべきなんじゃないのか?

 もしかしたら俺は、倭代の行動を止めるために(・・・・・・)ここに飛ばされて来たんじゃないのか? と。






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