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Iam estis  作者: Muffin
弥生クッキング
24/85

コーヒー?!

「…ところで聞きたいことがあるんだが」

 倭代が食事を終え、毎食のことと言わんばかりに当たり前のように片付けにやって来た婢に黄金が膳を渡すと、それと入れ替わるようにして別の婢が何かものすごく嗅ぎ慣れた非常に香ばしい香りの飲み物を別の膳に載せて持って来たせいで漂って来たそれに俺の中の全思考が固まった。

 だが、当の倭代はまるで思い当たる節などありませんとでも言わんばかりのすっ惚け顔で、

「何?」

「何? じゃない! 何だそれは?!」

 その膳の上にあったのは素焼きのマグカップと、小さく丸めたものを平たくして焼いたモノをいくつか載せた高坏(たかつき)。見た目は確かに実に質素な古代然としたトレイだが、しかしそれは誰がどこをどう見ても、

「何って、見ればわかるでしょ。食後のデザート」

「(だから何で弥生時代にコーヒーとクッキーがあるんだよ?!?!?!)」

 ありえないものがいきなり目の前に登場して付いて行けなかった。

 コーヒーにクッキー? 弥生時代の日本で?! コーヒーベルトは赤道付近に限られているんだからこの時代の日本にコーヒーが自生なんてしてるわけはないし、かと言ってコーヒー豆を輸入できるほどの造船技術や航海技術がこの時代にあったとはとてもとても思えない。そもそもコーヒーの実自体がこの時代、原産地と言えども飲料品どころか食料として認知されていたかどうかさえ怪しい。

 なのに、なんでそんな完璧な嗜好飲料としてのコーヒーが今この俺の目の前に実在してるんだ!


   だが。


「(何でって、作らせたからに決まってるでしょ)」

「(またやらかしたのかよ、お前は?!)」

 よりにもよって弥生時代にコーヒー…ありえなさ過ぎて眩暈がして来る。もう今更だがそれにしたってこの女、一体どれだけ歴史を改変しまくれば気が済むのか。

 未来の教科書に、


  『 古代の日本では食後のデザートにコーヒーとクッキーを食べていました 』


 なんて書かれるのかと思うと頭が…いや。さすがにコーヒーもクッキーも食べてしまえば証拠までは残らないか。いや、でも21世紀の考古学ってのは録音音源なんか残ってるはずもない発音でさえ解明してるらしいから、もしかしたらあのマグカップの破片のひとつが見付かるだけでもそこに沈着したコーヒー汚れで簡単に解析できるのかも…。

 何だか目の前が真っ暗になって来る。


   なのに。


「(何よ、やらかしたって…ずいぶんな言いようね)」

「(そのまんまだろ!)」

 少しは自重してくれよ! もう少し歴史的にあり得る範囲内の嗜好品で我慢するとか…


   ところがだ。


「(別にいいじゃない。コーヒーくらい日本には縄文時代からあったんだから)」

「。」


 …。


「――…へ?」

 コーヒーが――…縄文時代の日本に既にあった…?

「はああああああっ?!?!?!?!」

 マジかよ?! っつか、弥生時代どころか縄文時代?! コーヒーの木も自生してないのにどうやって!?

 突然素っ頓狂な声を上げた俺に周囲の婢達はびっくりして、特にデザートを運んで来た婢は膳を取り落しかけもしたが、そこへすかさず手を伸ばした白金(しろがね)のおかげでコーヒーもクッキーも惨状をさらさずに済んだが、…良く間に合ったな、あのタイミングで。

 いかにもなキャリアウーマン然とした黄金と違って、その姉の白金はものすごくおっとりと言うかゆったりとした印象の強い女だ。その名の通りの長いプラチナブロンドに果てしなく透明に近いグレイの瞳がいつも絶えずにこにこと微笑んでいて、その立ち居振る舞いは黄金以上に天女そのものと言っていい。ちなみに俺が初めてここに呼び出された時にカーテンの向こう側で倭代の両脇を固めている気配を感じたあのふたりも実はこのふたりだったそうだ。

 その片割れの白金は、いつものようにその聖母のように穏やかな表情を一切崩すことなく見事なまでにコーヒーのマグと、それでなくても倒れやすい高坏の載った(トレイ)を片手でバランスまで取って受け止め、相変わらずまったく何事もなかったかのように天女の微笑を一切崩すことなく倭代に差し出すと、

「ナイス・キャッチ、白金♪」

「日女巫女様のお気に入りを台無しにするわけには参りませんもの」

「ありがと」

 なんてほのぼのしてる場合じゃない! 縄文時代にコーヒー? 何だそれは?!

「だーかーらぁ、えーと…What s...(英語で何て言ったっけ? 笠付いた細長くてかわいい木の実。秋になると良くリスとかが集めてる… Donguri?)」

「。」


   …どんぐり…?


「(ってもしかして、Acorn のことか?)」

「(そう言うの? そのどんぐり(Acorn)焙煎して飲んでたのよ、縄文人は)」

「(マジかよ…)」

 知らなかった…縄文人が胡桃を主食にしていた、って話は三内丸山遺跡が話題になった頃聞いたことはあったが、縄文人はドングリなんかも喰ってたのか。

 …っつか、ドングリなんて外見からして既にむちゃくちゃまずそうだが…。

 なんて、想像しただけでもタンニンが渋すぎて喰えたもんじゃない的なイメージが湧いてつい渋面を作ってしまった俺だったが、

「(そうでもないわよ)」

 パキ、と見た目より更に固そうな音を立ててクッキーを噛み割った倭代は、

「(もちろんしっかりあく抜きしないとに人間には食べられたもんじゃないけど、ちゃんとあく抜きすればほら、この通り)」

「。」


 …。


「――へ?」

 このとおり、って――…

「(まさかそれ、ドングリなのか…?)」

 そりゃドングリは木の実だから挽けば立派な食用粉にはなるだろうが、

「(縄文時代から食べられて来たどんぐりクッキー。食べてみる?)」

「おわっ?!」

 いきなり問題の縄文クッキーを放り投げられて、予想外のその行動に反射的に受け止めてしまったが――…これがドングリ粉で作ったクッキー…。

「(ま、素朴は素朴だけどちゃんと蜂蜜で甘味も付けてあるから、そこそこ行けるわよ)」

 何となくこれを口にするのはなかなか度胸が要る気もするが、俺とほぼ変わらない味覚を持っているはずの倭代が普通に喰っているところを見る限りそこまで喰えないシロモノではないのかもしれない。

 なんて恐々口にしてみると、思ったよりは普通に食べられて驚いた。まあ確かに素朴と表現すればそこまでかもしれないが、危惧していたよりはずっと旨い。欲を言えばもう少し油分を加えれば更に食べやすくなるかもしれないが。

「(あ、それいいアイデア! ラードなら猪からでも採れるわよね)」

 ラードは沖縄のちんすこうにも使われてるくらいだから、バターの代わりに焼き菓子に使うと言うアイデアも悪くはないかもしれない。まあ、豚と猪じゃ圧倒的に猪の方が獣臭いから通常のラードとまったく同じ使い方ができるかどうかはまた別問題なわけだが――…じゃない。

「(じゃあ、そのコーヒーもドングリなのか?)」

 言われてみれば確かドイツにあったよな、ドングリコーヒー。プロイセンのが有名すぎて俺はてっきりドイツ人の発明品かと思い込んでいたが、日本人は縄文時代から焙煎して飲んでたのか。

「(んー、まあ確かに縄文人もどんぐりコーヒーは飲んでたみたいなんだけど)」

「?」

「(今はシーズンだからたんぽぽの根っこで作らせてみたの)」

「(タンポポコーヒー?)」

 ああ、そう言えばあったな、タンポポコーヒーってのも。

 タンポポにはクロロゲン酸化合物が含まれてるからしっかり焙煎すれば味もかなりコーヒーに近くなるし、妊婦とか不眠症とかのカフェインが摂取できない患者向けに病院でも出してたっけ。

「(でも、本音を言ったら飲みたいのはカフェインであってコーヒーじゃないのよねぇ…)」

「(言い方…まるで中毒患者だぞ、お前…)」

「(とっとと中国との貿易始めて、お茶輸入したいわよねぇ…)」

「(ホント歴史改変する気満々だな、お前!!)」


 お茶って確か、日本には遣唐使が持って来たのが初めじゃなかったか?!






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