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Iam estis  作者: Muffin
弥生クッキング
23/85

箸?!

「とは言え、さすがにイカ刺しは食べ飽きたわよね…」 

 げんなり口調の倭代の声が聞こえて来て我に返った。

 い、いかん。弥生時代を正直文明のブの字もないような原始時代と勝手に舐め切っていたが、どうやら認識を改めなきゃならなくなりそうだ。確かに考えてみれば現代人の俺でもそこまでの負担を感じずに日常生活が送れているのは少なくとも宮殿内の設備だけでもそれなりに文明化している証拠だ。今は弥生時代も末期も末期、冷静に考えれば石器時代が終わって大枠では21世紀も属しているとされる鉄器時代に入ろうとしてる正にその時代なんだから、人類学的に言えばこの時代も21世紀も同じ枠組みの水準にあると言えなくもない。

 なんて、改めてある意味ものすごい転換期に飛ばされたんだな、と何となく思いを馳せてしまったが、倭代はまだ豪華イカ刺し御膳の話を続けていた。

「それに、今はシーズンだからたくさん採れてるけど、もう2~3ヶ月もしたら旬も終わっちゃうし」

「っつか、一生このイカ尽くし生活続けるつもりか、お前…」

 いくら旬の間だけだと言われてもさすがに来年も再来年もこの食事になるのは俺はパスだぞ。いくらインクのためとは言え。

 筆記用具があれば助かる、と言うのは確かに事実だが、さすがにそれは考えるだけでぐったりして来る。後2~3ヶ月もこのイカ刺し生活が続くなんて想像しただけでも既にギブアップ状態なのに、それが来年も再来年も…いや。俺には絶対に無理だ。

「そうよねぇ…こんな乱獲続けてたらイカも絶滅しちゃうかもしれないし」

「そこまで壮大な話は俺はしてないからな?」

 たかが1000人程度の人間が必死に喰ったくらいで絶滅するほどヤワな生物ではさすがにないだろ、イカは。海の霊長とまで言われる程の知性の持ち主だぞ。

「(やっぱり素直に墨作るしかないかぁ)」

「(作るってお前、そんな簡単に…)」

 墨ひとつ作るのに一体どれだけの技術と材料が必要だと思ってるんだ。煤と水があればできるってもんじゃないだろ。

「(そんなのわかってるわよ。簡単じゃないからとりあえずイカ墨使おうと思ったんじゃないの)」

 確かに、インクさえあれば竹簡でも木簡でも布でも何なら石にだってとりあえず文字を書くことはできる。だが、書いた文字を後から読むのに充分な色彩濃度と、書き付けたモノに浸み込みやすい程度に細かな粒子ながら乾いても剥がれない適度な粘りも必要となると、たかがインクされどインク。ヨーロッパで活版印刷技術がグーテンベルクが出て来るまでなかなか実用化されなかったのには実は活字よりインクの問題が少なからず原因になっていたと言ってもいい。その点中国には墨があったからこそ木版印刷技術が圧倒的に早い段階で実用化されていたんだ。

 ただ、中国は皮肉なことに文字数の限られた表音文字ではなくほぼ無限にある表意文字の文化圏だったから活字と言う文化には不向きだっただけで。

「(ま、気長にやるしかないわよね)」

「(そりゃそうだ)」

 そうやって俺だって必死に遮光器作ってるんだ。お前だけがホイホイ何でも簡単に作れて堪るか。


   だが。


「となると、またしばらく毎食イカ刺しかぁ…」

「…。」

 行儀悪く箸でイカをつまみ上げながら少なからずうんざり口調で新鮮なイカの切り身を見上げる倭代に、―― いや。それはそれで確かにパスなんだが…と言うか、そもそも俺、それ言いに来たんだったよな。


 っつか。


「(――お前、なんで箸なんか使ってんだ?)」

 箸、と呼ぶのとは多少違う気もするが、竹を折り曲げてその両端で食べ物をつまめるようにした菜箸サイズのピンセットのようなものを使っている倭代に、何やら不当な扱いを受けたかのような気分になって来た。

 そもそもこの時代、匙はあっても箸はない。箸があれば、と食事のたびに汚れた指先を見て思っていたが、そんな俺の気苦労も知らず、なんでお前は当たり前に箸なんか使ってるんだ!


   なのに。


「(何でって、食事してるからに決まってるでしょ)」

「(そうじゃなくて! 箸なんかこの時代まだないだろ!)」

 なのに何でお前が使ってるんだ!

 ところが、いつものようにと言うべきかまたしても倭代の口からは思わぬ言葉が返って来たのだ。

「(見ての通り、あるから使ってるだけだけど)」

「(だから何であるんだよ?!)」

 ずるいぞ、俺にも寄こせ! 的な僻み根性ももちろん働いてはいたが、それにしたって何で…作りも結構洗練されていてどう見てもド素人の倭代がその場しのぎで手作りしたようには見えないし、と言うか、もし俺や倭代が作ったのであれば単純に細い竹か木の棒を2本削って作っただろう。なぜわざわざそんな不自然な形に作ったのかからわからない。


   すると。


「(折れ箸よ)」

「―― OREBASHI?」

 聞いたこともない。

「(祭祀用の取り箸でね、神様に捧げる食べ物を人の手で触れること自体が不遜だって考え方から、日本にも相当古い時代からあるにはあったんじゃないかって言われてはいたのよ、お箸)」

「(…マジかよ…)」

「(まあ、使ってたとしても竹みたいな有機物製だと腐っちゃって証拠がなかなか残らないから実際のところは良くわからなかったんだけど、ホントにあったみたいね)」

 なるほど。確かに箸は細い ( 小さい ) し、使い捨てとまでは言わずともある程度使えばどうしても劣化して捨てることになる上、そのほとんどは竹製や木製だろうから2000年近くも経てば形跡も残らなくても何の不思議もないってことか。

「(ま、私は神籬の儀をパスしてもはや神様みたいなもんだし、お箸付けて貰ってもまあ当然と言うか♪)」

「…。」

 こいつもこれさえなければな…ぐったり。

 なんか、これ以上議論しても単純に時間の無駄な気がして来た。そもそも箸なんて遮光器と比べれば圧倒的に単純な構造だし、冷静に考えれば自分で作ればいいだけの話じゃないか。幸か不幸か遮光器作りで石器で竹や木材を削るのにも慣れて来てるし、技術的に考えても基本的には単純に細く削るだけなんだから、使い心地さえ問わなければ俺でも簡単に作れるだろう。


   それに。


 そうだ。

「(せめて火を通すようにさせないか? 生食はアニサキスの危険が高すぎる)」

 そもそも俺はその話をしに来たんだった。

「(そう言えばイカにはそんな寄生虫もいたんだっけ?)」

 この時代の医療技術じゃ治療のしようもない。ほっといても治ると言えば治る中毒ではあるが、決して楽な症状ではないし1週間程度は苦しむことになる。最悪アナフィラキシー・ショックを起こすケースだってあるし、防げるものなら防ぐに越したことはない。

 そして、この時代に冷凍技術が存在しない以上は火を通すしか予防策もない。


   そうだ。


「(箸さえあれば加熱調理もできるし、熱いままでも食べられるだろう? だったらイカも色々に調理して消費できるんじゃないか?)」

 毎日毎日イカ刺しばっかりだから飽きても来るが、箸さえあれば煮付けにしたり焼いたりと少しはバリエーションも増やせてもうちょっと気分的にも違うだろう。

「(調理か…)」

 21世紀とまったく同じ大豆や米、小麦製の洗練された醤油や味噌はないが、こんな時代でも一応どんぐり味噌や魚醤(うおびしお)肉醤(ししびしお)なんかはある。これらの調味料で代用すれば充分色々な調理もできるだろうし、食事中、添えられた調味料を素材に付けるだけの食事法が味付けも含めた「調理されたもの」になるだけで食事の豊かさも随分と違うはずだ。

 正直期待もしていなかったがこの時代、手に入る食材の種類だけなら実は21世紀にも負けてはいない。そのほとんどを単純に手掴みで食べているからバリエーションがないだけで、もし21世紀と同じように煮たり焼いたり蒸したりと調理さえできれば、やり方次第では西洋料理だって作れるんじゃないのか?






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