倭国大乱
「(どっちにしても、やらざるを得ないのよ)」
いくらなんでも土木作業なんてド素人の浅知恵だけでできる作業じゃない。倭代の言うとおり「水を制する者は国を制す」なんて言われるくらいなんだ、逆に言えばそれだけ治水作業がとてつもなく難しいことなんだってことは、それこそ神話の時代からの常識だってことだ。
なのに。
「(やるしかないって、いくら何でもできることとできないことがだな…)」
「(戦争を収めるためなんだから、できなくてもやるしかないの)」
「。」
突然、大真面目な顔で言われて言葉が止まった。
って――戦争?
「(倭国大乱って言ってね、もうここ70年くらい戦争がひっきりなしに続いてるのよ、この国では)」
「Wakoku Tairan...」
ああ、歴史の授業で聞いたことはある。そうだ、卑弥呼は日本中が混乱していたその時代、救世主のように現れて彼女の治世の間だけとは言え見事に混乱の時代を終わらせた女王だった。
だからこそほとんど記録も残ってない、下手すれば実在したのかしなかったのかさえわからない、それも怪しさ爆発状態の巫女女王なんて女が21世紀になっても何かと話題に上がる古代の一大ロマンのひとつになってるわけで…
「(そんな政治的な問題を土木工事で解決しようってのか?)」
そりゃもちろん武力で制圧なんて手段だけは俺だって反対だが、それでももっと外交とかで解決する方が手っ取り早いと思うんだが…と言うか、治水事業と大乱終結とどう繋がるのかわからない。水が安全かつ安定して手に入るのは医学的にも確かに人類にとって必要不可欠な条件のひとつではあるが、それはあくまでも日常生活の維持のためであって、治水工事が完成したからってそんなことが戦争で有利になる条件にはならないだろう。土木作業を進めることで倭代は一体何をしようと言うのか。
だが。
「(そもそもこの時代、何で戦争が起こってるか知ってる?)」
「(そりゃまあ定住生活が始まって食料調達事情が安定した結果人口が増えたからだろ?)」
人間、寄ると触るとケンカするってのは今も昔も変わらない。残念だが人間が増えればそれだけ利害関係も増えるから、結果暴力で解決なんて短絡的な人間の数も増えるのが人類の悲しい性だ。社会の最小単位である家族の間でさえ諍いは簡単に起こるんだ、見ず知らずの、何の義理もない奴が相手なら当然気遣いなんかも疎かになりがちになるのが残念ながら人間って生き物の現実だ。
だが、そんな俺に対して倭代は思わぬことを言い出した。
「(逆よ)」
「(…逆?)」
「(定住で人口が増えたってとこまでは正しいんだけどね、実際には激増する食料需要にこの時代の農耕技術は追い付けてなかったの)」
「…。」
――ああ、なるほど。確かに豊かになったと言ってもその分消費が増えたんじゃ結局プラマイはゼロだ。ゼロで済めばまだいいが、消費、すなわち人口の増加速度をカバーできるほどのスピードで技術も革新して行くなんてのはこの時代じゃさすがに望めない。増えた人数分だけ耕作地を増やすくらいしか方法はないが、鉄器さえマトモに調達できない程度の開墾技術しかないこの時代、広げようにも広げられる土地自体が限られてる。仮に無制限で広げられたとしても、今度は隣の集落との境界線問題なんかが発生して来るだろうしな。
「(それで、トラブル続出したってことか)」
領土問題なんて、戦争の最たる理由のひとつだ。ここは俺の土地、なんてのは垣根から伸びた枝ひとつで裁判沙汰になるくらいの日常茶飯事な話だし、人間に限らず縄張り争いってのは生物の根源的な欲求のひとつなんだろう。
「(まあそれもあるんだけど、実はそれだけじゃなくてね)」
「?」
ところが、倭代はそれよりもっと深刻な問題があるとでも言いたげな口ぶりで続けた。
「(この頃の地球って世界中で寒冷化が進んでた頃でね、農作物がそもそも採れない状況にあるのよ。つまりお互いに作物を奪い合わなきゃ生きて行けないほど深刻なご時世なわけ)」
「え…?」
寒冷化?
「(食べる物がないんだから国民を食べさせるためには他所から奪い取って来るしかない。でも、その他所だってやっぱり食料は足りてないのよ)」
その年の収穫量なんて基本的には気象条件次第だ。何もしなくても豊作の年は大量に採れるし、凶作の年には何をしたってどうにもならない。そして、天気ばかりは人の力ではどうしようもない。
「(――なのに、人口だけは増え続ける…)」
悪夢だ。
喰うものがないから争う。争うから働き手を失って結果肝心の農耕作業に割ける人手が減る。人手が減るからそれでなくてもギリギリの食料供給量が更に減る。食料が調達できないから他所から奪って来ざるを得なくなり、その争いのために更に働き手が減る。働き手が減るから人口を増やそうとする。人口が増えれば当然食料の需要が増えるが、肝心の調達事情は悪化しかしてないから結果他所から奪って来るしかなくなる。
正に完全な悪循環。
「(だったら解決策はひとつしかないでしょ)」
だったら国中の人間を喰わすのに充分な量の食料を、他所から奪って来るんじゃなくてまずは自分達の中で完全調達するしかない ――それも、翌年の不安を持たずに済む程度に充分な量を安定的に。
食料さえ充分に手に入れば戦争なんて疎かなことはせずに済む。戦争さえなければ若者は食料調達作業だけに集中できるし、結果的に食料調達事情は更に好転して増え続ける人口も支えられる可能性が飛躍的に高まる。
「(もし、消費するだけで他人の恨み以外何も生み出さない軍隊を養うなんてバカな経費を全部生活やインフラに振ることができたなら、一体どれだけの人たちが楽で健康的で幸せな毎日を安心して送れると思う?)」
そのためには、まずは何より安定した収穫量が必要だ。それも、国中の人間全員を養うのに充分な量の。
農作物は基本的には土と水と太陽さえあれば手に入る。太陽が人間の力ではどうにもならない以上、土地と水をどうにかするしかない。土地を耕し、そこに必要なだけの水を安定的に供給できるようにする。
「(――そのための治水工事)」
「(そ)」
俺は戦争にはいかなる理由があろうと反対だ。他にいくらでもやむを得ない事情で助けなきゃ生きられない人達がいるのに、なんでわざわざ怪我人を増やす必要がある。社会の中で生きると言う、個人的な負担を圧しても助け合いを本質とする進化を選んだ人類が殺し合うなんて、どんな事情があろうと間違ってる。
もちろん、だからと言って過去を変えることが正しいとは思わない。思わないが、だがそれで人がひとりでも死なずに済む社会が作れるのなら――…
「(残念ながら私たちは土木工事のプロじゃないし、専門知識すら何ひとつ持たない完全なド素人だけど)」
目の前にいる人間が、誰も戦争なんて完全にただの無意味でしかないもののためなんかに死なずに済むのであるなら。
「(それでも私たちは、少なくとも成功例が実在することだけは知ってる)」
この、何の医療技術も医療器具も存在しないこの世界で、それでも俺が医者としてできることがあるとすれば。
「(実現できる可能性が100%だとわかってるゴールを目指すだけなら、できるかどうかもわからないものをゼロから考え出すよりはよっぽど簡単なはず)」
やっていいことなのかどうかわからない。やるべきじゃないのかもしれない。
「(後はトライアル&エラー。幸い私には1000人もの、21世紀でもそこそこの規模と言えるだけの数の従業員たちがいるんだもの)」
――でも。
「(為せば成る。為さねば成らぬ、何事も、ってね)」
目の前の患者を見捨てることだけは、どう逆立ちしたって俺には結局できないんだから。




