貸し?!
「(ひとつ、貸しだからね)」
文句を言うに言えず平服する権力者達を意にも介さず、当たり前のように謁見場を後にする倭代に付いて渡り廊下に出ると案の定倭代の恩着せがましい言葉が飛んで来た。
「(わかってる)」
「(魔鏡ネタはもっと効果的なシーンで使いたかったとっておきだったのに、まさかこんなに早く使うことになるとは思いもしなかったわ)」
「(悪かったって)」
こいつもこれさえなきゃ素直に感謝もできるんだがな…いちいち恩着せがましいと言うか偉そうと言うか…って実際現状女王って偉い存在なわけだが、それにしたって…。
はあっ
溜息しか出て来ない。
でも確かに今回の一件はすべて俺の責任だし、その尻拭いを完璧にして貰ったのも事実だから倭代にデカい借りを作ったことは否定のしようもない。一体どんな規模でこの借金の片を付けさせられるのか、考えるだけでも頭が痛い。
いや、それよりも。
「(それはそうと、この短時間で良く魔鏡なんて手配できたな?)」
気になっていたのはその点だ。それでなくても鏡そのもの自体が超の付く貴重品なこの時代、その中でも特別な品である魔鏡を手に入れるなんてのはどう考えたってそう簡単な話じゃないはずだ。製造の段階で偶然魔鏡になったものが紛れ込んでいたのをたまたま見付けていたのか、それともこう言う場面を想定してわざわざ魔鏡の製造法を教えて特注していたのか…どちらにしてもこれは敵ながらあっぱれと言うか…いや、敵じゃあないんだが、悔しいが称賛には値する。
ところがだ。
「(何言ってるの? 銅鏡は基本的にはすべて魔鏡よ?)」
「。」
…。
「――へ?」
銅鏡は――すべて魔鏡?
「(は?!)」
全部?!
魔鏡を一体どうやって作るのかは知らないが、ただの鏡が簡単に魔鏡になんかなるわけがない。何かそれなりの科学的根拠のある技術があって初めて成立する特別な物体のはずだから、その予想外の倭代の爆弾発言に一瞬にして思考が固まってしまった。
だが、
「(魔鏡って言うのは裏面の凸凹した鏡の表面を磨くことでできる厚みの違いからできるものだもの。銅鏡は裏面に凹凸のあるデザインが付いてるのが普通だから、映る映像のクォリティさえ問わなければ結果的にすべての銅鏡は魔鏡になって当然なのよ)」
「(マジかよ…)」
知らなかった。魔鏡って現象を当時の人間が理解して作っていたかどうかはともかくとして、意図してか意図せずにか弥生時代には既に魔鏡を作る技術が実在していたとは…しかも、結果的にとは言え事実上 鏡 = 魔鏡 だったのなら、鏡と言う存在自体が不思議な力を秘めた物体だと言う感覚が芽生えたのも無理もない話なのかもしれない。
21世紀の人間からすれば宝石 ( 勾玉 ) や剣みたいな貴重品はともかく、何で鏡なんて誰でも持ってるような本当に何でもない日用品が神聖視されていたのか理由がどうにも理解しがたかったが、こう言う奇跡を見せ付けられたことがあった奴なら神具としての恐れを抱いたとしても無理もないのかもしれない。
「。」
ふとその瞬間、何かが繋がったような気がして。
「…。」
いや、見せ付けられたことがある奴も何も。
「(――お前が犯人だったんじゃないか…)」
「(犯人って、何よいきなり、人聞きの悪い)」
人聞きも何も倭代! お前が! たった今! ここで! 銅鏡を神聖なものとして弥生時代の日本人に印象付けたってことなんじゃないのか、これ?!
もしかして、歴史的常識のひとつが実は今この瞬間に生まれたんじゃ…。
たりーん…。
背筋を冷や汗が流れて来た…俺は今、この目で歴史が改変されたその瞬間を目撃したのかもしれないと思ったら…オイオイオイオイ、マジかよ…。
なのに。
「(ああ、なるほど。それは充分ありうる話よね。そっかそっか、私がやったのかぁ。なるほどねぇ…)」
ふむふむ、なんて当の倭代本人は言われて初めて気が付いたと言わんばかりに得心の入ったような顔をして――ってお前っ、わかってるのか、自分がたった今何をしでかしたのか?! 日本の歴史がたった今、お前の思い付きのせいで変わっちまったのかもしれないんだぞ?!
だが。
「(あーもう、またその話? だから歴史は変わらないって言ってるじゃない。仮に今この瞬間に銅鏡が神聖なものになったのだとしても、それは既に歴史上では固定された出来事であって、事実皇室の三種の神器には既に神器のひとつとして八咫鏡が含まれてるでしょーが)」
「(た、確かに…)」
そう言えば…鏡が神聖なモノとされたのは俺達のいた世界の21世紀で既に確定されている事実だ。仮に倭代が今回鏡を使わなかったとしても、それでも他の誰かが鏡を使ってなんらかの印象操作をしたことは疑うべくもない。
疑うべくもないが、だが銅鏡と言えば卑弥呼と言うのは俺だって知ってる日本史上の常識だ。そして、銅鏡が歴史上宗教的な意味を持って出て来るのは卑弥呼の時代前後の極めて限られた期間に限られてるのも事実。どう考えても「ただの高価な置物」にすぎなかった鏡の地位を「神器」にまで祭り上げたのは卑弥呼、しかも倭代になってからの日女巫女としか思えないのは俺だけじゃないはずだ…。
何やら目の前が真っ暗になって来た気分だ。また意図せずに過去を改変してしまった…しかも、今回の出来事の発端は他の誰でもない俺…。
ずずーん…。
とてつもないことをしでかしたのは倭代よりももしかして俺の方なんじゃないかと言う絶望感にぶっ倒れそうになったものの、いや、倒れている場合じゃない。
「(しかし、あんな大見得切って良かったのか?)」
さすがにあれはやりすぎたんじゃないかと今更ながらに不安が湧き上がって来た。
もちろん今回に限って言えばこれ以上はない成功を収めたのは否定のしようもないが、しかしこの秋の豊作を予言すると言うのはやりすぎだ。農作物の出来不出来は激しく天候に左右される。そんな不確定要素をこんな大きな賭けに使うのはあまりにも危険すぎやしないか?
ところがだ。
「(何言ってるのよ、だから今から準備が必要なんでしょ)」
「(…準備?)」
って、何の?
「(言っとくけどあなたのせいでこんなことになったんだからね、責任はきっちり取ってもらうわよ?)」
「(え?)」
って、待て待て待て待て、お前まさか…。
「(さあ、これから忙しくなるわよ。水を制する者は国を制す、当面の目標は治水事業かしらね)」
「(治水事業って…)」
オイオイオイオイ、それ一体誰がやるんだ? そもそも灌漑工事なんて、この時代の日本にそんな高等技術があるわけが…
「(何言ってんのよ、そのために度量衡から始めたんじゃないの)」
「(お前っ、本気で言ってるのか、それ?!)」
そこに繋がるか?! 虹彩の直径の話から?!
「(とりあえず早いとこ1cm確定してね。そこがなきゃ測量もできないんだから)」
「(測量から始めるのか?!)」
ってもちろん、精確な測量技術がなきゃそもそも灌漑工事自体成り立たないわけなんだが、――ってオイオイオイオイ。なんかサラッと簡単に言ってるけどこの女、測量作業ってもんが一体どれだけ大変な事業だかわかって言ってるのか?
なのに。
「(言ったでしょ、この貸しはきっちり返してもうらわよってね)」
「(いくらなんでもデカすぎだろ、お前は闇金業者か!)」
十一どころの騒ぎじゃない。いくら何でもそれはぼったくりすぎだぞ、お前!!!!!




