魔鏡?!
翌日には既に、宮殿内で盛大に宴が繰り広げられた事実が表沙汰になっていた。
当然のことながら誘われもしなかった権力者達、つまりはオッサン連中にとってはおもしろくはない話だ。
とは言え。
「…。」
―― いや、誘われなくて良かったと思うぞ、正直な話。
昨夜の惨状を思い出して何だか吐き気が…いや、ホント。聖なる巫女って名前の男の夢を粉々に粉砕されただけだったからな、あの宴会は。それでなくても男ってのはどうしたって女に対してありもしない天女の如き幻想を抱きたい生き物なのに――…そんな男の永遠のロマンをあの女共は…みんなして…。
ふるふるふるふる…
い、いかん。思い出しただけで怖っ気が…もう二度と女に夢なんか抱かない。女なんてきっとみんなあんななんだ。あれだけの数が例外だなんて信じられるほど俺はさすがにおめでたくも人生経験浅くもない――今の見た目がこんなであろうとも。
それはともかく。
宮殿自体は俺以外男子禁制だが、宮殿は巨大なコンプレックスだ。最も神聖とされる神殿を中央に、正面には日女巫女と白彦の居住空間である主宮殿、それを取り巻くように周囲を調理場である庫裏なんかのある婢達の仕事場や居住館が建ち並び、更にそれを取り囲む高い垣根の出入り口の一角に謁見場を兼ねてる建物が付いていて、ここが男、とは言っても権力者限定だが男子禁制を解かれた唯一の、そして日女巫女が唯一宮殿の外と繋がることのできる場所ってことになってるらしい。
とは言え日女巫女は分厚く垂れ込めた帳の向こう側で決して男の目に姿をさらすことはないんだけどな。
そんな、外から見れば本人なんていてもいなくてもバレそうもないほど奥まった場所で散々繰り返される爺共の愚痴をひとしきり聞いた倭代はと言えば、
「――あれは今年の豊作をお約束下さった神に感謝の祈りを捧げる儀式だったのです」
この女、マジで正面切ってぶっこきやがった…!
何が『儀式』だ、ただ呑んだくれてただけだろうが! しかも言うに事欠いて神様の名前まで出しやがって、これで今年凶作だったらどう責任取るつもりなんだよ?!
当然のことながらまだ田植えも始まっていないこの時期に豊作なんて言われても何の実感も湧かない権力者達から再びブーイングの嵐が――って、そりゃそうだろ。タイミング的に何だって今この時期に豊作のお告げがあるんだとか、なんで儀式で酒だの肴だのを大量消費するんだだのいくらでも不自然な点はありすぎる。
とは言え、そもそもの原因は俺にあるわけで…口を出すに出せない立場が辛い。
だが、やはりひとしきり爺共のクレームを聞いた倭代は、
「――では、今回は特別にあなた方にもお告げを見せましょう」
…見せる?
オイオイオイオイ、お告げを見せるって倭代お前、一体何するつもりだよ?
気でも狂ったとしか思えない倭代の決断に背筋を冷や汗が走った。そりゃまあ確かに「お告げなんて信じられない」と言っている相手には証拠を突き付けるのが一番手っ取り早いし唯一ぐうの音も言わせない説得力があるのは事実だが、神様のお告げなんてもんを一体どう証明しようと言うのか。
っつか、証明なんかしようがないだろ、そもそもそんなお告げなんて実在しないんだから。
そんな俺の不安をよそに、帳の奥から複数の婢達が次々に出て来て窓に該当する開口部に布を覆い被せて行く。一体何を始めようと言うのかわからないのは俺も同じだが、室内を真っ暗にされて動揺の隠せない男達は何が起こるのかとざわつき始めた。
そんな中、帳の奥から静々と出て来たのはいつか見たことのある銅鏡を恭しく捧げ持った黄金だった。
こうして改めて見ると確かに黒目黒髪の黄色人種ばかりの中で、暗闇にも金色に光り輝く長い髪と豪奢に着飾った美しい黄金の姿は何とも圧倒的と言うか心的インパクトの強いものだった。日女巫女の神聖性を強調するために代理人に敢えて白彦を選んでいる理由がこれを見れば良く理解できる気がする。
――まあ、そこは何も白彦でなくても黄金がいればそれで十分な気もするが…こう言う時代だし、きっと女では出て来られないシーンなんかも多くて男でなければならない必要があるのかもしれない。
と。
あれは――確かスミレと言ったか、昨夜の飲み会で見かけた婢が真っ暗にされた室内の一か所から僅かに光が差し込むように隙間を作ったせいで瞬間的に飛び込んで来た光刺激に思わず目を閉じてしまった俺の耳に、しかし次の瞬間、周囲の男達が突然驚愕にどよめく声を上げたのが聞こえて来た。
何が起こったのかと恐々瞼を開くと、その前にふと何かただならぬ気配で俺に睨んでいる、この場にはそぐわないほど若い男がいるのに気が付いて気を取られた。
誰だ?
男に見覚えはないし、ましてや何で睨まれてるのかもわからないがそいつからは明らかな敵意を向けられてることだけはわかって戸惑った。神籬の儀以降宮殿をほぼ出ていない俺が一体何をしてあんな嫌われようをしているのか、身に覚えなどあるはずがない。それとも白彦が生きていた頃にあいつと何かあったのか。
と。
「――見えますね?」
突然響いた倭代の声に我に返り、そして男達がどよめいている理由が初めてわかった。
「これは…」
壁に映し出されていたのは、僅かな隙間から差し込む陽光に照らされた黄金の捧げ持つ銅鏡の反射光だった。
反射光? いや、ただの反射じゃない。これは…
「――魔鏡…?」
どうやって…?!
そこにはうっすらと、だが明らかに何かの形が映し出されていた。そう、いわゆる魔鏡だ。一見真っ平に見える鏡の非常にわずかな凹凸を利用した光学現象だ。
魔鏡と言うものが実在していることだけは知ってる。知ってはいるが実際に見たことはなかったから正直度肝を抜かれたし、そもそもこの短時間で倭代が一体どうやってこんな手の込んだ仕掛けを仕込んだのか驚きしかなかった。大体にして仮に倭代が魔鏡の作り方を知っていたとしても、銅鏡なんてそう簡単に作れるものじゃないのは考古学や鋳造技術ド素人の俺だってわかる。しかも21世紀ならまだしも今は鉄だって作るのが何とかレベルの技術しかないんだ、倭代が一体どんなトリックを使ったのか見当も付かなかった。
「神の御言葉の聞こえないあなた方には見えないでしょうが、私にははっきりとこの中に豊作の兆が見えるのです」
そして、神懸かっているかのような芝居がかった壮麗な口調で倭代が続けるとスミレが光の差し込む隙間を作っていた手を下ろし、再び室内に漏れ入る程度の僅かな光のみを残す暗闇が広がって男達が言葉を失うのがわかった。
当たり前だ。神職である白彦の部屋にさえない鏡なんてそれこそ徒人の彼らにとってはそうそう見る機会もない神具に違いないが、それでも表面がツルツルした真っ平らなものと言うことだけは知っているはずだ。なのに、そこから映されたものには不明瞭ながらも確かに何かの影が映されていた。つまりそれは、ありえない現実を目の前に、倭代は神籬の儀に引き続き、再び奇跡を具現して見せたってことだ。
『 私たちの立場の後ろ盾は神籬の儀よ。あの儀式を通して神に選ばれたことを自力で証明したことが私たちの正当性を絶対化してる唯一無二の証 』
倭代は、一度ならず二度までも奇跡を実際に起こして見せることで男達に自分の権威と正当性を文字通り証明して見せたんだ。それが例えただのトリックだろうと、トリックだとバレさえしなければそれは神の御業。そして、奇跡を起こすことは神権政治にとっては絶対不可欠の条件だ。
「黄金、鏡をこちらへ」
ただのハッタリだ。
だが、ハッタリでも何でも神に仕える巫女に目の前で奇跡を起こされれば非科学的なモノが普通に信じられているこの時代、ただの人間でしかない者達は信じるしかない。
倭代は、それがわかっていてこのハッタリをかましたんだ。そして今はそのハッタリこそが倭代の日女巫女としての――女王としての正当性をただひとつ保証してくれる武器になる。
その瞬間。
シャッと言う鋭い音と共に一段高くなった場所に座る日女巫女と謁見者達を遮る帳の向こう側で一気に陽を遮る布が取り払われる音がして、突然背後から差し込んだ鋭い光に部屋を二分するシルクの帳の奥から豪勢に着飾り、芝居がかって両手を上げた倭代の輪郭がうっすらと映し出されると、
「秋の恵みを嘉された神に感謝の宴を…!」
その場にいた男達のすべてが目の前で具現された奇跡にひれ伏すしかなくなったのが見えた。




