¿Por que no te callas?
「――宮殿の倉庫から勝手に備蓄品を下賜するように指示したそうね」
「…。」
予想はしてはいたが、それからいくらも待つことなく俺は倭代に呼び出された。まあ当然だよな、何の権限もないのに勝手に女王の私財を赤の他人にやるなんてことを決めたんだから。言ってみれば俺のやったことは国家財産の横領にも等しい犯罪だ。
いくらあれがあの時の俺にできたせめてもの慈悲だったにしても、せめて、白彦の権限や資産状況がどうなってるのかくらいは考えてからするべきことだった。
だが。
「罰でも何でも甘んじて受ける」
それで死罪だってんならもうそれだって構わない。
気分的には完全に投げやり状態だった。
それはそうだ。目の前にいたいつ死んでもおかしくないとわかり切ってる患者を俺は見捨てたんだ。俺が俺である唯一のアイデンティティは患者を救うことだったはずだ。それを――この時代の技術では仕方のなかったこととは言え、俺は死ぬのがわかっている相手に何の手も打たず見捨てた。結果的に自分自身のアイデンティティを否定したんだ。
しかも、どうせいるのは1800年も前のこの世界。これからずっとこんな、患者を見捨て続けなきゃならないような生き地獄を生きて行かなきゃいけないのなら、いっそのこととっとと消えてなくなった方が楽かもしれない。
そんな俺に、しかし倭代は
「そんなこと言ってるんじゃないの。何でいきなりあんなことしたのって聞いてるのよ」
「…。」
倭代に言ったところで事態は何も変わらない。すべては俺が勝手にやったことだし、自分のやったことに後悔はない。
だが。
「(――TIAを起こしてた)」
「。」
なぜだろう? 倭代に言っても何の解決にもならないとわかっているのに、なぜか口が勝手に事実を話し出していた。
「…TIA?」
「(Transient ischemic attack(一過性脳虚血発作)、stroke(脳卒中)の前触れ発作だ)」
「…stroke?」
バレーアームサインが出ていた。座り込んでいたのも、左に麻痺が出てうまく歩けなくなっていたからかもしれない。
「(それも一度や二度じゃない。あれじゃいつ死んでもおかしくない)」
だが、この時代の医療技術じゃもう手の施しようがない。21世紀の医療機器があれば俺でも助けられたかもしれないが、薬もない、手術器具もないこの世界であの老婆を助けることは誰にもできない。
そんな俺の、何の答にもなっていないであろう回答に倭代はしばしゆっくりと考えて、
「(TIA だの stroke だの医学用語は私にはわからないけど、要するにもう助けようのない患者さんを見付けちゃったってことなのね?)」
「。」
助けようのない患者。
「(――ああ)」
倭代にはっきりそう言われて現実を改めて思い知らされた。
助けられるのに。知識も、助けるための技術も助けた経験もあるのに助けられない。ただ黙って見捨てるしかない、そんな現実をどう受け止めていいのかわからない。21世紀の環境さえあれば助けられたかもしれないんだ。身体に多少の麻痺が残ったとしても認知機能ははっきりしてたし、車椅子生活になったとしてもちゃんとした介護さえ受ければまだまだ充分生きられたはずなんだ。
なのに。
「(それで、最期の手向けに楽しい思い出を、ってこと?)」
「(他にこの俺に一体何ができるんだ!)」
倭代は関係ない。関係ないのに、何も悪くないのに何もできなかった自分への怒りに任せて気付けば俺は怒鳴っていた。
きっとあれがあの老婆の運命で、俺なんかいてもいなくても何も変わらなかった。遅かれ早かれいつかは脳卒中を起こして、それでぽっくり逝くのは決まっていたことなんだ。
だけど、だったらせめてまだ元気なうちに楽しい思い出のひとつくらい作らせてやりたいじゃないか。彼女が何を一番望んでいたのかなんてことはわからないが、親しい友人や親戚一同と死ぬ前にせめて一度だけでも豪勢に一晩中語り明かして、せめて一晩だけでも楽しい思い出を作らせてやれたなら…それが俺の勝手な自己満足だとわかってはいても、俺には他に何も思い浮かばなかったんだ。
だが。
「――わかりました。今回の件は不問にします」
「日女巫女様?!」
会話が英語だったせいで何をどう話しているのか内容がさっぱりわからず口も出せずにいた、おそらく黄金だろう婢が帳の向こう側で意見をしようとする雰囲気が伝わって来たが、
「その代わり、次回からはきちんと事前に報告すること」
「あ…ああ、もちろん」
「白彦! ああとは何ですか、ああとは!」
思わず素の出た言葉遣いになった俺に叱咤の声が飛ぶが、しかし当の日女巫女様本人が「いいのよ、白彦は」なんて調子じゃ続けるに続けられない。
「それにしても、まさかあなたがねぇ…」
この場では唯一の俺側の婢であるスズがひとりでハラハラと、他は揃って何だか納得できないと言った険悪な雰囲気の立ち込め始めたその時だった。
「うん、そうよね。たまにはみんなで飲み会なんてのも悪くはないわよね」
「。」
…。
その場にいた全員が固まった。
「―――――――――――――――― は?」
の、みかいって――…
「はい、じゃあ今夜は宮殿内の婢全員呼んで無礼講ね!」
「日女巫女様?!」
「はいはいはい、準備して! 人数多いんだからさっさと準備始めないと夜までに間に合わないわよ!」
パンパンと手を打って婢達を準備に追い立て始めた倭代にとてもとてもひとりで固まっていられる状況ではなくなっていた。
「待て待て待て待て!!」
正気か?! 仮にも一国の女王が…っつかお前巫女だろ! 巫女がそんな気安く人前に出て飲み騒ぐなんて許されるのか!? そもそも卑弥呼って、確か即位以来ずっと宮殿の奥深くに閉じ籠ってた神聖にして不可侵なる現人神的な奴じゃなかったのかよ?!
なのに、
「美女1000人に男ひとりよ。天国でしょ~」
「そんな話じゃない!!!」
「んー…まあ今いきなり言い出して1000人全員はさすがに揃わないわよねぇ…」
「だからそうじゃなくて!」
人の話を聞け!
っつか言葉遣い! 完全に素になってる!! 女王の威厳どこ行った!!!
だが。
「いいのよ、いい機会だし」
「?」
…いい、機会?
倭代に急かされてバタバタと慌ただしく準備を始め出した婢達を眺めながら、倭代の目はやっぱり未来を見つめていた。
「彼女たちとはこれから何十年も付き合って行くことになるのよ。顔や名前くらい知っておきたいじゃない」
こいつは――この世界で生きて行くことをもう腹に決めたんだろう。
なんだかんだ言って女は男より生物学的にはずっと度胸の据わった生き物だ。考えてみれば「嫁ぐ」なんてのこそそんな女ならではの度胸でもなきゃ成立しえない習慣だ。見ず知らずの、極端な話例えば政略結婚なんて話になれば敵陣の深奥ド真ん中にいきなり放り込まれてそんな孤立無援の環境下で好きでもない男の相手をさせられて一生を過ごさなきゃいけなくなるんだ。そんな人生、生物学的に適応能力の低い男にはあまりにもハードルが高すぎる。
「あなたもどんなお嫁さん候補がいるのか物色するいい機会でしょ」
「…物色って、あのな…」
だから俺はハーレムには興味がないって…
「あら。婢たちの方は誰があなたの筆おろしの座を手に入れるのか、今から結構バチバチ状態みたいよ?」
「だから言い方! お前には恥じらいってもんがないのか!!」
恐ろしい話をケロッとするな!!!
「(ああ、でも身体はそんなでも中身はいいオッサンなのよね…そー言えば性欲とかってどーなってんの?)」
「¿Por que no te callas?(黙れ)」
「(ぶっは、ふっるー! 何年前のネタよ、それ? 時代遅れなとことかホントオッサンなのね~)」
オッサンオッサン言うな! お前よりは確かに上だが大差ないだろ!




