遮光器土偶?!
まったく、あの女と付き合ってると碌な目に遭わない。
なんで俺が…なミッションを押し付けられて、さて、外を見回ってみるか、と思い立ったは良かったものの、いざ宮殿を出ようとすると、
「…。」
「あの…白彦様…?」
スズはどこまでも白彦様に付いて参ります、とあくまでも俺の傍を離れようとしないスズが、しかしいきなり出口で立ち止まった俺に疑問顔を向けて来たが、さて、どう答えたものか――…って、カッコ付けてる場合じゃないだろ、これ。
体調不良に託けてこれまでずっと宮殿の自室内で完全な引きこもり生活をしていたから気付かなかったが、外の日差しはアルビノの白彦の目には俺の予想以上に強烈だった。
参った。拒否権がなかったとは言え安易に引き受けられる依頼と引き受けられない依頼があることをもっとよく考えておくべきだった。いくら今日がやたら天気のいい日とは言え、まさか外に出るだけのことがこの身体にはここまで堪える作業だったとは…。
今思えば白彦は「この外見のせいで生贄として強制的に召し上げられた」と言うよりは、この事情を考慮して「屋外労働作業を免除された」と好意的に評価してもいいのかもしれない、なんて気もして来た。
定住することで人口が急増した弥生時代ってのは、増える食料需要と食料自給能力とのせめぎ合いだったはずだ。農作業による収穫は黎明期のこの時代じゃまだ安定して充分量を確保できていたとは思えないから決して余裕のある食糧事情だったとは言い難いだろうし、農耕が生活基盤の底辺にあるこの時代、農作業のできない人間なんておそらくはっきり言ってただのお荷物だったろう。
なのに、そんなお荷物をそれでも貴重な食料品を分け与えてまで…いや、それどころか特権階級としてわざわざ養っている理由はなんだ?
「スズ、ちょっと集めて欲しいものがあるんだが」
ただの、神籬の儀のための生贄としてだけなのか、白彦の価値ってのは?
「はい、何なりと」
他に何か、求められて生かされてるんじゃないのか、白彦は?
「じゃあ、竹と木片とそれを削れるような刃物と…」
本来白彦の職務ってのは、何なんだろう?
☆
予想してはいたが、そりゃまあ鉄製の彫刻刀なんて便利なものがそう簡単に手に入るとは思ってはいなかったが、思っていたよりは切れるとは言え石器じゃ所詮この程度か。
なんて、まさかこの俺がこんな原始的な石器で竹をこそげるような地道な工作をすることになろうとは…。
「――こんな、もんかな…?」
思い付きで初めて作ったにしてはまあまあの出来――…
「…あの、白彦、様…?」
「…。」
…不細工すぎる…。
我ながらあまりの不出来具合に、何を作ろうとしているのかも知らないスズ以上に俺がまず退く。材料が揃わないんだから色々と妥協しなきゃならないのはわかっちゃいるが、それにしたってもう少しやりようもあったんじゃ…いや、これっぽっちの材料と俺の技術じゃ今はこれが限界か。
俺は職人でも何でもないんだし、これから少しずつ色々と試してみて試行錯誤するしかない、よな。
それよりも。
「それは一体…?」
「スノーゴーグルだよ」
「すのお…はい?」
俺の作ったものが一体何なのかわからずにいるスズに、木の板の真ん中に細いスリットを削ったモノを横に二枚並べたものに竹のフレームを付けただけの実に原始的なゴーグルをかけて見せると、どう反応すればいいのか完全に悩んで固まっているのが板の隙間から見えた。
そう。ガラス製造の技術のないこの時代だと遮光眼鏡そのものは作れない。だが、イヌイットなんかが古来から使って来た積雪からの陽光反射に対応した遮光器ならこの時代の技術でも充分に作れるはずだ。
とは言え、遮光器なんて「そう言うものがある」って知識があるだけで現物を見たことさえない俺にはどう作るべきものなのかもわからないが、まあそう言うのこそ実際に使ってみて少しずつ改良を加えて行けばいいだけの話であって、まずはこれでどこまで陽光を防げるのか試してみないことには始まらない。あまり日差しの強い日でなければシルクのベールでも充分しのげるのかもしれないが、これから来る夏場や今日みたいにやたら天気の良すぎる日は、もちろんないよりはずっとマシ。だが、これじゃ少なからずストレスで充分には程遠い…そもそもベールは透過性が低くて良く見えないしな。
「眩しさを軽減してくれる装置だよ」
「…はあ」
今ひとつ何なのか理解できないらしい。
「要するに、これさえあれば俺も日中でも外に出られるんだ」
「そんなことが可能なのですか?!」
ああ、そうか。白彦が「日中は外に出られない」と言うこと自体は理解していても、なぜそれが不可能なのかと言うところまではスズは知らないのか。まあ、自分にとっては当たり前レベルの陽光が白彦にとっては違う、なんてこと自体言われなきゃわからないことだしな、下手をすれば白彦が宮殿を出ないのは単に身分や宗教上の理由だと思い込んでいたとしても不思議もないレベルのことしかスズは教えられてはいないのかもしれない。
ただ白彦の傍まわりの世話をするだけならアルビノの身体の仕組みなんて知る必要もないし、そこに宗教が絡んで来れば、それは「自分ごときが知る必要のない尊い事情」として疑問を感じることさえ自発的に禁じているくらいのことはいかにもありそうな話だ。
とりあえず、回廊に出てみよう。吹きっさらしとは言え屋根のある場所でも役に立たないようならとてもとても屋外の使用には耐えない。だが、回廊から屋外を自由に見渡せそうなら情報集めに外に出るのも十分可能なはずだ。
そんな期待を胸に回廊へ出てみると、フレームと顔面の凹凸でできる隙間からの光が眩しいのは事実だが、その隙間さえ手やベールで押さえて塞げばずいぶん楽に外が見られることは確認できた。正直ここまでの効果は期待していなかったが、これからの人生この身体と付き合っていかなきゃいけないのなら、改良に心血を注ぐだけの価値は充分にありそうだ。
それに、久々に見た広い外の世界はやっぱり開放感が違っていた。これまで当たり前に享受できていたものが突然できなくなっていたんだな、と思い知らされると同時に、外に出られる、そんな些細なことができるありがたみを頬を撫でる新鮮な春風と共に実感できて何かが肺の底から満たされて行くのを感じる。
この解放感と充足感が果たして俺自身のものなのか、生まれてからずっと屋内に閉じ込められて来たのであろう白彦の身体が感じているものなのかはわからないが――…
と。
「ぶ。」
「…ぶ?」
突然、誰かが噴き出す声が聞こえて振り返ると、またしてもフラフラ出歩き女王が回廊の向こう側の端にいた。
「何それ、あなた今度は一体何を始めたの?」
ぎゃはははは、と品のなさ爆発状態のバカ笑い女王に腸がふつふつ煮えくり返るような感覚が湧いたが、まあ、確かにこの遮光器、見た目も不細工だし自分がかっこいい恰好をしているとは間違っても思わないのも事実だから正面切って反論もできないのが口惜しい。
「仕方ないだろ。アル… It's n...(アルビノの目ってのは光に弱いから遮光眼鏡が必要なんだよ)」
「そうなの?」
キョトンと返すこいつも白彦の目の事情は知らなかったようだ。まあ、人間何かあからさまに目に見える形で違ってでもいない限り誰しも自分が標準だと思い込む生き物だから、視覚みたいな目に見えて比較できない主観的な感覚部分だと言われなきゃわからないし、極論言われてもわからないのも事実だからな。
「何しに来たんだよ?」
「ただの散策よ。宮殿内部のことくらいは把握しときたいし、今日は天気もいいしね」
「。」
――ああ、そうか。卑弥呼と言えば教科書にも載ってるレベルの引きこもり女王だ、そんな女王になった倭代にはこれから先、生涯日の光をまともに浴びることもないような人生が待ってるんだよな…外で得られるはずの解放感も、これからずっとこいつはせいぜいこの細い回廊から堪能する程度にしか味わえなくなるわけで…。
そう思うと倭代は倭代で同情の余地のある人生だと思えて来た。倭代自身は自分で納得してその運命を受け入れたようだが、それでもやっぱり、本来あったはずの21世紀で目指していた普通の学者としての人生とはまったく違う生き方を自分の意志とは無関係に強要されることになったのは倭代だって同じなんだ。
「しっかし、それにしても…」
なんて憐憫の情を抱きかけたその時だ。
「やっぱ笑える、何それ〰〰〰〰っっっっっ!!!」
「ほっとけ!!!」
いや、こんな女にはいかなる同情も必要ない! 果てしなく怪しいのはこっちだってわかってるわ!
「仕方ないだろ、ガラスなんて手に入らないんだからこの方法しかなかったんだよ!」
「。」
と、床を叩きながら腹を抱えてバカみたいにただ笑い転げていた倭代が止まるのが見えた。
「ガラス、か…」
「?」
どうやら倭代には倭代で思うところがあるようで少し考え込むようなそぶりを見せたが、いや、ガラスが作れたところでUVカット機能が付けられるわけじゃないからそれだけで単純にサングラスが作れるってわけじゃないんだが。
「(いや、でもそれ、やっぱりどっからどー見ても遮光器土偶そのもの〰〰!)」
「。」
…。
「(――SHAKŌKI DOGŪ?)」
…て、遮光器土偶?! あのやたら目と胸と腰の強調されてる、歴史のどの教科書にも巻頭カラーページに載ってるあの ≪ 縄文のヴィーナス ≫ のことか!?
「(縄文のヴィーナスって、あなたがモデルだったのね~♪)」
「(ンなワケあるか――――ッッッ!!!!!!!)」)
っつか、そもそも今は弥生時代で遮光器土偶はその前の縄文時代の遺物だろ!!!




