1cm
話を戻そう。
「(でも、そんな誰でも知ってるようなことならそこらの連中に聞けばいいだけの話なんじゃないのか?)」
倭代が何を知りたいのか、それは倭代と同じ何もわからない俺が地道に調べるよりこの、宮殿中に山ほどいる婢達に聞けば済むことだ。なんでわざわざこの俺がこっそり調べるような真似をしなければならないのか。
「(あのね、私だって常識くらいは持ってるのよ)」
「(…どうだかな)」
「(…何か言った?)」
「(何も?)」
お前がとてもじゃないが常識人の発想じゃない言動だらけ取ってると思うのは俺だけじゃないと思うぞ?
とは心からの嘘偽りのない主張だが、それを直接言葉にするほど俺もバカじゃあない。
だが、何となくしっくり来ないと言わんばかりの表情ながらも倭代は話をつづける方を選んだらしい。
「(私が知りたいのはこの世界の前提知識であってただの一般常識じゃないの)」
「(だから何が違うんだよ?)」
大体お前、この時代の専門家だろ? この世界の常識はお前なら既によく知ってるんじゃないのか?
しかし。
「(大違いよ。私たち現代の常識と違ってる部分の常識を知りたいんだから、まず比較対象になる現代の常識を知ってる人でなきゃ、私たちにとって価値のある情報かどうかの判断も付かないじゃないの)」
「(――なるほど)」
言わんとせんことはわかる。この時代の人間にとっては当たり前すぎて気付かないことこそ今の俺達にとっては何よりも貴重な情報だ。まずはそこを理解しないことには何も始まらない。
そう言う意味では、この世界で倭代と唯一常識感覚の一致している未来人の俺にとって違和感を抱くものかどうかが情報の価値判断材料として最も重要になって来る。当たり前だと思い込んでいる人間に聞いても当たり前すぎて指摘しない、なんてのは外国生活をしたことのある奴なら誰でも経験的に知っていることだ。
「(あと、それとは別にちょっとお願いがあるんだけど)」
「(…お願い?)」
と、突然声のトーンの変わった倭代に首をかしげると、倭代は絹糸を差し出して来た。
「(これで私の虹彩の直径測ってくれない?)」
「(…虹彩の直径?)」
いきなり何を言い出したのかわからない。いや、こいつが突然意味不明なことを言い出すのはいい加減慣れて来たが、それにしたって虹彩の直径なんて一体何のために必要なんだ?
「(黄金たちで測ってみようと思ったんだけど、輪郭ぼんやりしてるし私じゃイマイチ正確に測れなくて…あなたお医者さんならこう言うちまっこい作業、得意でしょ?)」
「(ちまっこいって、あのな…)」
そりゃ得意さ。患部のサイズがわからなきゃ手術もできないからな。
だけどそんなもん一体何のために――…
「(1cmが知りたいのよ)」
「。」
…。
「(――1cm?)」
って、長さの単位の?
「(前にテレビでやってたんだけど、虹彩のサイズって人間誰でも同じで大体1cmくらいなんでしょ?)」
「(まあ、確かに生涯変わらないし、個人差も少ないが…)」
赤ん坊の黒目がやたら大きく見えるのはだからだ。大人と眼球のサイズ自体は変わらないのに顔のサイズがまったく違うから瞼に隠されて白目の見える余地がほぼないせいで赤ん坊の目は黒目がちになる。
でも、だからそれが何だって言うんだ?
「(なら、倭代の身体じゃなくても1cmの長さはそれでわかるんじゃないかなって)」
「(そりゃ大体ならわかるだろうが、長さなんか知ってどうするんだよ?)」
何を目的にしてるのかさっぱりわからない。そもそもメートル法の存在しないこの世界で1cmが必要になる理由もわからないし、医者の技術を必要としてまで厳密性を求める理由も不明だ。
そんな俺の耳に届いたのは、思いもしない単語だった。
「(――度量衡を作りたいの)」
「。」
…。
「(――――――DORYŌKŌ?)」
って、確か世界史で習った――…始皇帝が統一したって言う、モノの単位基準のことだったよな、それ?
スタート地点になる場所に結び目を付け、その端を基準に手にした絹糸を倭代の目に宛がおうと近付くと「無礼な」と言わんばかりに黄金の邪魔が入りかけたが、倭代がそれを片手で制するのに任せて話を続ける。
「(1cmさえわかればメートル法ならそれで体積も重さも作り出すことができるでしょ)」
「(そりゃあな)」
単純に長さの三乗が立方体の体積で、そこに入る水の重さがグラムになるわけだから。
「(メートル法なら私たちにもなじみが深いから、この時代のまちまちな単位で言われるより耳で聞いてもずっと見当が付きやすいし、何より単純な十進法だから計算もしやすいし)」
「(まあ、そりゃそうだろうが…)」
こんなもんか…で虹彩の直径と同じ長さの部分に再び結び目を作る。俺達が一体何をしているのかさっぱり見当も付かない黄金もスズも不審げな顔をするばかりなのが視界の隅に見えたが、今は無視するしかない。
「(さすがお医者さんね、これが1cmかぁ…)」
なんて改めて感心している倭代に、目的はわかった。しかし単位基準に使うなんて目的でわざわざ医者の技術を必要とするほどの厳密性を求めるならその方法は、残念だがいいところまでは来ていたが基準単位として成立はしない。
「(残念だが虹彩はぴったり1cmじゃないし、個人差もあるぞ?)」
「(そうなの?)」
そう。日本人の虹彩の直径はおよそ11~12.5mm。センチの世界ならミリなんて誤差の範囲内だが、単位基準に使うならかなりの厳密性が求められるし、メートルやキロまで量が増えればこの誤差は命取りになる。そもそも日女巫女の虹彩がきっちり1cmである可能性自体極めて低い。
だが。
「(でも、11~12.5mmってとこまでわかってるなら、それって――…)」
さすがにミクロン単位で厳密とは言い難いが、それでもサンプルの数さえ集めれば平均値で限りなく正確な11.75cmがわかるんだから、
「(統計平均値から1cmは割り出せる!)」
「(統計平均値から1cmは割り出せる!)」
あとは単純計算。そして1cmさえわかれば倭代の言うとおり、メートル法ならそれで体積も重さも基準値を作り出すことができる。
「(倭代お前、天才だな!)」
身体が変わってしまっている現状では例えば足とか既に知っている自分の身体からおおよその長さを割り出すなんてこともできないわけだが、まさか誰でも基本同じサイズの虹彩の直径からメートル法を作り出そうなんて、普通誰も考えないだろ!
「(ほーっほっほっ、もっと褒めてくれてもよろしくてよ~)」
いや、実際には詰めは甘かったんだが、それでもこれはさすがにやられたとしか言いようがなかった。人間の身体のほとんどは個体差が大きすぎて基準値にするにはあまりにも不向きだが、虹彩の直径だけは赤ん坊から老人まで老若男女どんなサイズの人間でも医学的にほぼ統一されてる。身長がどれだけ違っていてもほぼ変わらないそこに目を付けるとは…
「(しかし虹彩のサイズなんてよく思い付いたな)」
「(あなたや黄金たちの目を見てたらカラーコンタクトの話思い出したのよ)」
「(カラーコンタクト?)」
まあ、確かに普通の日本人感覚で考えればカラーコンタクトはめてるように見えるか、これは。
「(その関係の番組の中で誰でも虹彩の大きさは変わらないってやってたの思い出して)」
「(なるほど)」
確かに、一般人は虹彩のサイズがみんな同じなんてこと普通は知らないよな。
「(じゃ、虹彩サイズのサンプル採集の方も同時進行でよろしくね、お医者様♪)」
――って――…
「(俺がやるのかよ!?)」
安易に褒めたりするんじゃなかった…。




