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Iam estis  作者: Muffin
白彦
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恋煩い?!

『もちろんそれを証明することは私にはできないけど、それを否定することだってあなたにはできないわよね?』


 ずっと考えていた。

 満足に動かない身体を引きずられるようにして一体どこからこんなにたくさんの人たちが集まって来たのかと驚かされるような大観衆に埋め尽くされた大広場に面している(きざはし)に立たされている間、隣で倭代が即位に際して何か御大層なオコトバを朗々と語っている間中、ずっと倭代に言われたあのセリフが頭の中で繰り返し繰り返し…未来が既に過去において既成の事実になっている、そんなことが果たして起こりうるのだろうか。

 従来のタイムパラドックス理論と言うのは、時間が順番通りに流れている(・・・・・・・・・・)と言う大前提に基づいている。だが、倭代の言うようにもしすべての時間帯が並行して同時に存在しているのが世界の真実だとすれば、時間帯を移動することは場所を移動するのと同じでそこには何の矛盾も生じない。三次元理論では説明できないタイムスリップと言う現象も、最初から決まっていた通りに起こっただけだとすれば史実にも何の矛盾も発生しえないし、それはすなわち、俺はこの時代に来るべくして来ただけだと言うことになる。

 要するに、これはいわゆる運命論だ。

 自分で未来を切り開くなんてことは物理的に最初から不可能な話で、人間は――と言うか、すべては最初から決まった通りに変遷しているだけだと言うこと。その先の未来にどんな人為的な力を加えようとしても、結局はその抗う行為そのものが既に決められていた行為でしかなく、どんな努力も結果から見れば無意味だと言うことになる。

 決められた運命の前ではどんな努力も結局は無意味。努力をすると言う行為そのものがこの宇宙が生まれた瞬間に既に決められた未来をたどるための決定済みの行為でしかなく、努力するしないと言う選択肢でさえ自発的なものではなく、最初から決まっていた通りに動いただけ。

「――…冗談じゃない」

 医者と言う職業柄、医療従事者や当人の生かそう、生きようと言う努力の甲斐もなく目の前で命を落として逝く人達を俺は何人も見て来た。そんな運命論を信じるなら、あの人達は最初から死ぬのが決まっていたことになる。どうせ死ぬのに苦しい思いをして必死に生きようとして、医療側(こっち)だって助けようとあんなに必死になったのに、その努力はすべて運命に決められていた通りに動いただけのものであって、最初から彼らは助からないと決まっていたんだからあの治療行為のすべてが完全に無駄な努力だったとでも?


   違う。


 助からないことが確定していた怪我人や病人を運命に抗って救うのが医療だ。自分だけでなく患者の運命をより良い方向へと変えるために足掻くのが医療だ。その努力は無駄なんかじゃないし、無駄であって堪るものか。


 即位式の後、俺は案の定ぶっ倒れた。当たり前だ、死んでないのが不思議なほど衰弱していたんだ、むしろあの身体で儀式が終わるまで堪えられたこと自体が奇跡だ。あんな過酷な儀式の直後、意識が回復し次第即位式だなんて、あれを考えた奴はそもそも神籬の後生きてあの洞穴から出て来られる奴なんかいるわけがないと最初から高を括っていたんだろう。

 まあ、普通に考えればその通りだし、おそらくあれを考えた奴は女王誕生なんて事態自体を回避するためだけにあんなありえない条件付けをしたんだろうしな。

 おかげで養生の名目でしばらくの間時間が稼げたわけだが、ベッドから動けずにいた間にできたことなんて考えることくらいで、そのせいで俺は余計ネガティブ回路のドツボに嵌ってしまっていた。

「…。」

 ダメだ。なんか別のことでも考えないと鬱病になる。

 倭代の考え方がどうあれ現実は変わらない。俺は今間違いなく弥生時代の邪馬台国にいるわけで、元に戻る手段がない以上、ここで生きて行くしかないのは厳然とした事実だ。

 ただベッドに横になっているだけだったが、それでも根幹になる情報を手に入れていたことでこの何もない部屋にいても少しは状況把握もしやすくなっていた。

 例えばここは卑弥呼即位直後、つまり2世紀日本の邪馬台国で、この建物は卑弥呼の宮殿だと言うこと。俺はその卑弥呼の傍に仕える唯一の男で、ここには他に卑弥呼に仕える(はしため)達が山ほどいると言うこと。

「白彦様、粥をお持ちしました」

「ありがとう、スズ」

 スズはそんな婢のひとりだが、基本的には女王ではなく白彦付きってことになってるらしい。まあ、こんな時代でも、いや、こんな時代だからこそ身分の差は厳しいんだろう。理由はともかく女王に近付ける唯一の男で側近と言う立場はある意味この国のどの男よりも重要なポジションを意味する。直属の侍女のひとりやふたり、付いていて当然だ。

「お加減はいかがですか?」

「おかげで大分良くなったよ。そろそろ普通の食事もできそうだ」

「では、少しずつ通常のお食事に内容を改めるよう庫裏(くり) ( = 厨房 ) にお願いしておきますね」

 だが、それはこの身体がアルビノだからであって血統や能力によるものではない。

 日本では太古からアルビノを神聖視する宗教的概念がある。実際、アルビノの動物が瑞獣として献上されたことで改元した例もあるし、白い蛇なんかは迷信とは言え神の化身として現代でも崇められてる。姫巫女は女王とは言ってもあくまでも宗教シンボルだから側付きも宗教的な存在でなければならず、そう言う意味では実績より見た目に宗教色の強いアルビノの白彦が選ばれたと言うのが実態らしい。

 そもそも「白彦」と言う名称自体どうも名前ではなさげで、卑弥呼を姫巫女と呼んでるのと同じで一種の役職名と言うか、白い男、と言うくらいの意味しかないようだ。白彦本人が死んでしまった今、彼の本名を知る人間は果たしてこの世にまだ存在するのか…スズを見ている限り白彦には親兄弟のいる気配もないし、きっと生まれてすぐこの外見のせいで瑞祥としてこの神殿に召し上げられてしまったんだろう。

 いや、それどころか最初から名前なんか付けても貰えなかったのかもしれない。実際現実的には白彦と言う通称さえあれば日常生活上は何も困らないしな。

 困らない、が――…

「せめて名前くらいわかったらな」

「…名前くらい(・・・)?」

 ぽつりと我知らず呟いていた言葉尻をマホに聞き咎められた。

「いや、大したことじゃないんだけど」

 別に聞かせるつもりはなかった。ただ、死んだことさえ誰にも知られず、それを弔ってくれる人もいない白彦が哀れだった。外見年齢から察するにせいぜい10歳かもうちょっと上か…たった10数年ぽっちのその人生を象徴する名前さえこの世に残らなかっただなんて、いくらなんでもあんまりじゃないか。


   ところが。


「あの…」

「?」

 突然、スズが動揺して落ち着きを失くしたのがわかった。何だかやけに そわそわ として、どうも予想外のショックを受けたかのような――…

「白彦様にはどなたか、思う方でもいらっしゃるのですか?」

「。」


   …。


「――へ?」


   思う、…方?


 …何がどうしてそうなった…。

「いえっ、私ごときが失礼致しました!」

 わけがわからずおそらく俺は自覚以上の疑いの眼を向けてしまったらしい。慌てて許しを乞い始めたスズはただならぬ気配で――っていや、ただ単に何でそんな話になったのか理解不能なだけなんだが…。

「え…でもお名前を知りたい方がいらっしゃるとおっしゃられたので…」

「だから何で名前が知りたいと思い人がいるなんて話になるんだ」

 ああ、いや。確かにどこかで見かけただけの相手に一目惚れして「せめて名前だけでも」なんてパターンは確かにあるか。


  ――…て。


「いやいやいやいやっ、別にそんな話はしてないぞ?!」

 俺が恋煩いでもしてると思われたってことか!?

 勘弁してくれ、俺は今恋愛どころじゃないんだ。

「それでは…白彦様には思う方はおられないのですか?」

「そんなこと、考えたこともない…」

 今の俺はこの時代に付いて行くのに精一杯で、そんなとこまで考えていられる余裕なんかあるわけがないだろう。

 何だかそこはかとないげんなり気分が沸き上がって来て頭を押さえたその腕の向こう側で、スズが心なしかほっとしたかのような表情を見せたような気がした――…って…。

「…スズ?」

「え? あ、はい! 失礼致しました!」

 ――まさかとは思うが、とは言えここは古代。平均寿命の短いこの時代、平均結婚年齢だって低いのが当然の成り行きなわけで…いや、いくらなんでもさすがにスズはまだ適齢期とは言い難いわけだが、まさか…だよな…?


   …マジかよ…。






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