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Iam estis  作者: Muffin
Iam estis
1/85

プロローグ

「あの…日女巫女ひめみこ様…」

「。」

 ふと聞こえて来たためらいがちなスズの声に俺は足を止めた。

 何だ、どこに行ったかと思えば倭代(いよ)のところに来ていたのか。ならそうと一言言って行けばいいのに、突然消えるから心配するじゃないか。

「ス…」

 声をかけかけたその時だった。

「どうしたの? 何かあった?」

「その…白彦様のことなんですが…」


   ――…俺?


 どうやら俺のことで相談事があってわざわざ倭代のところまで来たらしい。

 だとすればさすがに今出て行くのは問題か。相談相手に倭代を選んだってことは、それだけ深刻な話だったのかもしれないし、スズにとっては俺の傍を離れてここまで来るなんての自体一大決心だっただろ――…

「なあに? まさか乱暴でもされた?」


   するか!!!


 人がいないと思って言いたい放題言いやがって…倭代の性格はいい加減理解して来たが、それでもどこでどんな悪口を言われてるのか、改めて心配になって来たぞ、コラ。

 だが、さすがはスズ。そんな倭代の悪ふざけに付き合うこともなく生真面目に慌てて

「いえっ、そのようなことは決して…!」

 必死になって俺の弁護に回ってくれるスズに改めて涙が出て来た。普段敵だらけの場所にいると味方のありがたみをほんと思い知るよな。敵だらけのこの宮殿ではほんとスズ、お前だけが俺の味方だよ。スズ、お前だけは何があってもこの俺が絶対守ってやるからな…!


   ほろり。


 なんて決意も新たにしたのだが。

「そうではなくて…ちょっと…その…」

「なあに? どうしたのよ?」

「その…」

 もじもじと言い出そうにも言い出せず言い淀んでいるスズがただならぬ気配なのが気になった。

 まあ、スズは普段から自己主張の苦手なタイプではあるが、それにしたって何をそんなに気を遣っているのか…そんなに口に出しにくい話題でも持ちかけようとしているんだろうか。

 ? …口に出しにくい話題って、――何の?

「…。」

 色々と頭の中を過ったが、思い当たる節と言うほどのネタはない、――と、思うんだが…いや、スズだってあれでも一応は女、いや、立派な女。男の俺には理解しがたいことで悩んでいてもおかしくはないかもしれない。男の俺には気付いてやれないような何か――…

「…。」

 なんか、出るに出られない雰囲気になってしまったじゃないか。

 倭代と女同士の話題って、――俺、立ち聞きなんかしててもいいんだろうか…。

 さすがに気が引けると言うかまずいことをしているような気もして来て回れ右すべきか逡巡したその時だった。

「――その、白彦様が…」

「だから、白彦がどうしたの?」

 またしても自分の名前が話題に出て来てはさすがに気になって離れるに離れられない。

 俺、スズになんかしたか? 意識せずにスズの気に障るようなこととか…いや、ないと思うんだがしかしないと断言は…いやいやいや…

 ぐるぐるドツボに嵌りかけたその刹那、俺の耳に届いたのは。

「か、黴――、を、集めていらっしゃるんですぅぅぅぅぅ…」

 泣き出しそうな、と言うか、耳にも明らかに涙交じりのスズに腰が砕けた。

「……………………………黴?」

 倭代の方も何を言われたのかわけがわからずと言った体でキョトンとした声が聞こえて来て、

「そうなんです、黴なんです、黴っ! 私に内緒でこっそり集められた黴を眺められては一喜一憂していらっしゃって…っ」

「…黴、ねぇ…」

 きっかけさえ掴めれば、と言わんばかりにはじけるようにためらいの箍の外れたスズが一気にまくしたてる剣幕をさらりと受け流す倭代は、恐らくその行為の本当の目的は理解したんだろう。

 そう、明らかに理解したくせに、

「あのね、スズ」

「…っ」

 突然、スズに教え諭すような口調になった倭代に今度は何を言い出すのかと毎度おなじみな展開の予感がそこはかとなく背筋を駆け上った気がして。

「男ってのは、女にはどうにも理解しがたいものを集めて喜ぶ本質ってものがある生き物なのよ」

 誤解を招く表現をするな、倭代ッ!!!


   やっぱりか!


「でも黴なんですよっ、黴っ!」

 だが、そんなことを言われたって事情を知らないスズに納得できるはずもない。

 当然のことながら反論しかけたスズを、

「そう言う生き物なんだから諦めて、そう言う部分も受け入れてあげるのが大人の女ってもんなのよ、スズ」

「でも黴なんですよ?! 他のものであればいざ知らず、あれでは病気になってしまわれます!!」

「でも相手がそう言う趣味の人間ならしょーがないじゃない」

「でも黴なんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 完全に泣き出したスズにさすがに黙っていられなくなって、気付けば俺は飛び出していた。

「わかってるくせにわざと人を変態みたいに言うな!!!!!」

 案の定、そこには だぱーっ、と滂沱の涙を流して主張し始めたスズの顔が。

「白彦様…?!」

 だが、俺にだけはバレたくなったんだろう、いきなり現れた俺にスズの涙は一気に止まったが、今度は絶対に聞かれてはならないと思っていたことを本人に聞かれてしまったと言う事実に気が付いて恐怖に凍り付き、スズは真っ白に血の気の引いた顔になってしまった。

 わかってる。ここはフォローしてやらなきゃいけないのはわかってはいるが、しかしさすがに今回ばかりはスズに構っていられる余裕はない。

「何言ってるのよ、男なんて女からすれば所詮全員ただの変態よ」

「話題を逸らすなッ!」

「あー、はいはい」

 今はそんな話をしてるんじゃないっ、何でいつもいつもお前はわざわざ誤解を誘うような表現ばっかりするんだ!!

「スズ!」

「はははははいぃぃぃっ!」

 いや、こんな暖簾に腕押し女の相手よりまずはスズだ。と、最悪な相手に聞かれたことでこの世の終わりも同然状態になっていたスズを振り返ると、案の定スズはもうどうなっても抵抗など致しませんとでも言わんばかりに平服していた。

「違うんだ! 俺は別に黴が好きで集めてたんじゃなくてだな…っ」

「いいいいいいいえっ、私は白彦様のお付き! 白彦様がどのようなものを愛でられようとも一生お側にて付いてまいります!!」

 必死に表明しようとする決死の覚悟が痛々しい。

「ど、どのようなものを愛でられようとも…、それが例え、か、黴であろうとも…」

 だが、言っているうちにどんどん辛くなって来たらしい。

「し、白彦様の愛でられるもののお世話を、誠心誠意、務めさせて、いただ、き…っ」


   だぱ――っっっっっ


 耐え切れなくなった涙腺から再び滂沱の涙が溢れ出した。

「別にお前に黴の世話をさせるなんて言ってないぞ、俺は!」

 慌てて取り繕おうとして口を突いて出た言葉は、しかしスズには残念ながら逆効果だったらしい。

 俺の言葉にびくっ、と肩を震わせたスズは、

「スズは…スズは…白彦様の…お役、に…っ」


   だぱ――っっっっっ


「だから違うんだ!!!!!!」

「あーあ。泣ーかせた泣ーかせた~。おーんなの子を~、泣ーかせた~」

「誰のせいだ!!!」

 倭――ぃぃぃぃ、代――ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!

 だが、こんな極道女に構っている暇はない。今はとにかくスズの誤解を…っ

「スズっ、これは薬を作るためなんだ!」

 慌てて事情を説明しようとはしたものの、

「か、黴から…ですか…?」

 到底信じられるはずもない話と言わんばかりに、ひくっ、と表情を引き攣らせたスズに説明の順番を間違えたのを自覚した。確かに、前提知識のない人間に「黴から抗生物質を作る」なんて発想はどこをこねくり回しても出て来るわけもない。

「す、スズは…一生白彦様に付いてまいります…いかなる道であろうとも、白彦様の信じる道を、一生…っ」


   だぱ――っっっっっ


「だから違うんだ――――っっっ!!!!!!!」


   何がどうしてこうなった!!!!!





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