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それから三人共に、どんどん食べ進んだ。
「はー、肉はいい」と玄峰さんが漏らせば、「肉ばかりでなく菜の花も食べなさい」と博文さんが母親のように注意している。
「この粥だけあれば、一日の栄養が摂れそうだ」
「肉もいる」
「粥にも鶏が入ってるだろ」
劉伶さまの発言に「肉」とすぐさま反応する玄峰さんがおかしくて、皆で笑い合う。
『毒』なんて震えあがるような発言で緊張もしたけれど、張り詰めていた空気が緩んだ。
「しかし、麗華の作る食事はうまい」
劉伶さまは機嫌よく匙を口に運ぶ。
それほど褒められると、欣快の至りだ。私でも役立つことがあるのだと。
「ありがとうございます」
「しかも昨晩はよく眠れたしなぁ。なにをしてくれたの?」
「あっ……額の汗を拭って……」
『手を握りました』とはどうしても言いだせない。彼を安眠に誘いたくて尽瘁しただけ。といっても、朝方眠ってしまったけれど。
歯切れが悪かったからか博文さんが口を挟む。
「麗華さんは『なにも心配いりません』とおっしゃり、劉伶さまの手をしっかり握られていただけです。それで安心して眠りに落ちたのでしょう」
あぁ、知られてしまった。
きまりが悪くてうつむくと、「麗華」と聞いたことがないような艶やかな声で、劉伶さまに名前を呼ばれた。
「はい」
「ありがとう。君の手も料理も俺には救世主だ」
「そんな」
それは針小棒大というもの。
けれども、頬が緩んだ。
朝食の片付けが終わると、玄峰さんが馬で村まで送り届けてくれた。
「お昼ご飯は大丈夫でしょうか?」
帰ってきたいと言ったのは私だが、心配になる。
「まずい飯なら作れる。夕刻に迎えに来る」
「まずいって……。ありがとうございます」
玄峰さんと別れて家に戻って料理を作る。そして、すぐに超さんの家に向かった。
「こんにちは。調子はいかがですか?」
呼びかけるとお嫁さんがすぐに出てきた。
「麗華さん、わざわざありがとう。食欲が出てきたのよ。血色も戻ってきてる」
「よかった。もう一品作ってきたんです。もし食べられれば」
気虚のときに食べるといいと言われるじゃがいもと、離宮で分けてもらってきた鶏肉を細かく切って入れ、さらには高麗人参を加えて甘辛く煮たものを器に入れて持ってきた。
じゃがいもは崩れるほど軟らかく煮たし、肉も簡単に飲み込める大きさにまでしたので、おじいさんでも食べられるはず。
「助かるわ。あら、高麗人参じゃない? こんなお高いもの……」
「私もいただいたんです。だから是非」
私はまだ温かい料理を渡して、超さんの家を出た。
水毒にもじゃがいもはよかったはず。
ふとそんなことを思い出し、家にたくさん常備してあるものを持っていこうと考えた。
それからは畑仕事。えんどう豆がたくさん収穫できた。
そしてふと裏手にある竹林を見つめる。
「筍、あるかな」
収穫できる時期なはず。
筍は尿の出を促す食材で、水毒にも効果的。
筍を使ってもち米を炊こう。ゆり根も入れれば最高だ。
自分ひとりでは適当に済ませる食事も、誰かのためにと考えて作るのは楽しい。
突然依頼された料理係だったが、それを楽しんでいる自分に気がついた。
夕刻になると、今度は博文さんが迎えに来た。
どうやら玄峰さんは出かけているらしい。
「それはなんです?」
「今日収穫した野菜です。筍も見つけたんですよ」
少し探したものの見つけることができた。
「おぉ、あの歯ごたえが好きです。そんなものは私たちでは調理できないから、うれしい」
博文さんが昨日より警戒のない表情に見えるのは当て推量だろうか。
離宮に着くと、劉伶さまが出迎えてくれた。
「麗華、待ってたよ。久しぶりだね」
「朝ぶりですよ」
噴き出してしまったが、それほど私の到着を待ち望んでいたんだと思うと、頬が上気する。
また三人を料理で悦喜させたい。
「劉伶さまは調子がよくて、今日は昼間に眠りこくることもありませんでした」
なるほど。夜眠れない分、昼に睡眠を確保していたんだ。
「舌出してください」
いきなりだけどそう伝えると、素直に出してくれた。
「また歯痕が残っていますね。でも食事を楽しみながら少しずつよくなるといいですね」
「うん」
食材に気を配るのも大事なことだが、まずはおいしくいただくということが大切だ。
厨房に向かうと、食材を運んでくれた博文さんだけでなく、劉伶さままでついてきた。
「俺が麗華を迎えに行くと言ったんだけど、博文が過保護で許してくれなかったんだよ」
「当然です。劉伶さまが来られるなら、私がひとりで来ます」
あなたは毒にあたっているのよ?
「なんだ、皆優しいんだな」
「わかっているなら、おとなしくしてください」
博文さんにピシャリと叱られた劉伶さまは、先ほど出した舌をもう一度ぺろりと出していた。
「見学していい? ほら、麗華がいないときは自分たちで作らないといけないし」
「体はつらくありませんか?」
「うん。こんなに調子がいいのは久しぶりなんだ」
たしかに頬に赤みがさしているし、大丈夫かな。
「わかりました」
「うん。ね、これは?」
彼は陳皮ゆり根酒を指さす。
「陳皮とゆり根をつけたお酒です。ひと月ほど熟成してからお召し上がりください。陳皮は新陳代謝を促すので毒の排出にも役立ちますし、ゆり根は不眠に効果があります」
「へぇ、楽しみだ。こっちは?」
今度はその隣を指さす。
「こちらは高麗人参と棗のお酒です。疲労回復にいいんです。これも熟成させなければなりませんが」
「麗華さんは本当に物知りですね」
博文さんが感心しているが、村の人たちの手当てをしていて徐々に身についた知識だ。
「博文。馬が駆ける音がする」
「玄峰ですね。失礼します」
私にはなんの音も聞こえないが、博文さんもわかったらしい。
「玄峰さんはどちらに?」
「えーっと、友人のところ?」
「友人?」
三人だけでひっそりと暮らしていくのかと思っていたので、少し意外だった。
けれども友がいるのはよいことだ。
それから筍のあく抜きをしたり、いんげんを切ったりしていると、劉伶さまは「手際がいいね」と褒める。
「普通ですよ」
「麗華はあの村から出たことはないの?」
「はい。市場には行きますが、ずっとあそこで暮らしています」
他の村がどんなところなのかは知らない。
それにここから数時間北上したところにある皇帝の住む昇龍城も、噂はよく聞くが本当のところは知る由もない。
「村から出てみたいとは思わない?」
「うーん。興味がないわけではありません。でも、近隣の人たちが私を家族のように大切にしてくれますし、贅沢はできませんけど楽しく暮らしているので十分です」
本音を伝えると彼は小さくうなずいた。
それからしばらくして、博文さんが劉伶さまを呼びに来た。どうやら馬の足音は正解だったらしく、玄峰さんが話があるとか。