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「畑もありますし、村の人の薬膳料理も作っているので……」

「そっか。でも夜遅くなると、あの森の中を帰すのはちょっと。玄峰をつけたとしてもね」



たしかに私の家からここまでは、森の中をひたすら三十分ほど歩かなければならない。馬に乗ればそれほどはかからないが、当然ひとりでは乗れない。


ふと窓の外に目をやると、もう月が上がっている。

調理に集中していたから、時間が経つのも忘れていた。



「それならばここでお休みいただき、朝食を共にして一旦お帰りいただいては? 村の人たちの大切な医者を私たちだけが囲うわけにもいきません」



博文さんは医者でないのは承知しているはずだが、村に医者がいないことも話したのでそう言うのだろう。



「そうだね。どうかな、麗華さん。もちろん君の働きに見合った給金は支払うし、危害は誓って加えない。大切な食を提供してくれるんだから、そんなことは絶対に」



劉伶さまも続いた。


お金をいただけるのはありがたい。

村の人たちの体調不良を治したくて、肉を用意したくてもお金がなくてできないこともあったからそれに使いたいのだ。


それに『危害を加えない』というのも信用できる気がする。毒見を断った彼らは私のことを信頼しているようだし、それなら私も信頼したい。



「わかりました」

「よし決まり。玄峰、部屋を用意して」



あっさり了承の返事はしたものの、不安がまったくないわけではない。両親以外の人と寝食を共にしたことがないからだ。


けれども、さっきの食べっぷり。

本当にまともな食事にありつけていないと伝わってきて、役に立ちたいとも感じた。


部屋の準備に行った玄峰さんの代わりに、劉伶さまと博文さんが器の片づけを手伝ってくれた。



「麗華はなんの料理が一番得意なの?」



唐突に『麗華』と呼ばれて一瞬声が出ない。



「あぁ、ごめん。麗華じゃ駄目かな。仲良くなったらそう呼ぶものだろ? 俺は劉伶でいいよ」



わずかな時間を一緒に過ごしただけなのに、仲良くなったと認めてくれるの?



「劉伶さま、なれなれしいですよ」



博文さんがとがめるので首を横に振った。



「いえ、麗華で十分ですが……。劉伶さまは劉伶さまで」



年上の男性を呼び捨てするなんて、緊張してうまく話せなくなる。



「あはは。それじゃそうしよう」

「でも、私をどうしてそんなに信頼してくださるんですか?」

「毒見発言には驚いたからね。俺の話を聞いてとっさにそこまで気を回せるのがすごい。俺に食事を楽しませたいと思ったんだろ?」



さすがは文官だ。頭の回転が速い。


たしかに、最初に毒が入っていないことを証明すれば、びくびくしないで食事を楽しめると思った。毒を盛られてから、食事を楽しめなくなった話を聞いたから余計に。



「……はい」

「そんな優しい人に悪い人はいないよ。博文は他人の心を読むのに長けているんだが、彼も大丈夫だと感じているみたいだし」



彼らが時々視線を合わせるのは、そうした確認をしていたのかもしれない。



「そうでしたか」



信頼してもらえるのはありがたい。

厨房に器を置くと、博文さんが口を開く。



「劉伶さまは少しお休みください。片付けは私が手伝います」

「悪いね。それじゃあお願いするよ。麗華、困ったことがあれば言って。遠慮はいらない」

「ありがとうございます」



劉伶さまは「ごちそうさま」と言って戻っていった。



「博文さん、私がやりますので大丈夫です」



汚れた器に手を伸ばす彼を制する。すると彼は口を開いた。



「劉伶さまは、先ほど私たちのことを刎頸の友と言ってくれましたが、それほどの覚悟がなければ他人を信用できないところに身を置いていました。彼は誰よりも安心して心を共有できる人を欲しているんです」



なんだかそれも悲しい話だ。

少なくとも私は、身近な人に殺されるかもしれないなんて感情を抱いたことはない。



「正直、麗華さんのことを信頼していいものか迷いました。でも、劉伶さまは麗華さんは悪い人ではないと言い張るんです。市場で会った男性の話をしたからかもしれませんが」



超さんのことだ。



「それに、食べ物を薬として扱う人が毒にはしないと。それでも、毒を盛られた経験がありますので慎重にと話したのですが、麗華さんの目は濁っていたか?と私に聞くんです」



私の、目?



「たしかにあのときの男は、どこかおどおどして瞳が曇っていました。劉伶さまはそれにいち早く気づき、毒だと見破ったのでしょう。でも麗華さんの瞳はたしかに澄んでいた」



震えていたなんて言っていたけれど、嘘をつく目がわかったのかもしれない。



「そうだったんですね」



いつの間にか器を洗う手が止まっていた。



「失礼を承知で申します。劉伶さまはいろいろありましたので、刎頸の友が欲しくてたまらないのだと思います。四六時中誰かを疑って暮らすことに疲れているのでしょう。だから麗華さんのことも盲目的に信頼しようとしている」

「はい」



きっと博文さんの言う通りだ。



「私たちは劉伶さまを守りたい。だから相手が誰であろうと疑うことから始めます。玄峰がいち早く粥を口に運んだのも、そのせいかと」



そうか、玄峰さんはあんな言い方をしながらも毒見役を買って出たんだ。



「ただ、あなたが自ら毒見役をと言いだしたのには私も驚きました。そして、劉伶さまの人を見る目は正しいのかもしれないと。麗華さん、これからもよろしくお願いします。ここを頼んでもいいですか? 部屋の準備を手伝ってまいりますね」



博文さんはそう言い残して厨房を出ていった。


劉伶さまがそこまで信じているのだから決して裏切るなと、牽制されたのかもしれない。

頭の切れる文官なのだから、今の発言にいろいろな意味を込めているに違いない。


と言われても……。

毒なんて扱ったことすらないし、もちろん劉伶さまも博文さんも玄峰さんも殺めるつもりなんてない。


もしお金が手に入っても、この先の人生が後悔ばかりでは意味がない。



「かわいそうなのかも」



文官や武官として皇帝に仕えていたということは、彗明国の限りなく頂点に近いところにいた人たちだ。

おそらく、お金の苦労などもしたことがないだろう。

それなのに、私が当たり前にしているおいしい食事ができないなんて気の毒すぎる。



「頑張ろう」


劉伶さまの期待に応えられるように、そして三人に食事の楽しさを思い出させてあげたい。

そんなことを考えながら、再び器を洗いだした。



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