表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/40

5

「麗華さんはここ」



彼は寝台から少し離れたところにある椅子に私を座らせた。

大きな卓子と八脚の椅子。ここで食事を食べるのかも。


彼は私を座らせると、向かいに座る。そして、博文さんも劉伶さまの隣に座った。



「毒なんて驚かせたね。実は俺、とあることで毒を盛られてしまったんだ。まあ、なんとなくそうかなと思ったから、口に含んだだけで吐き出したんだけど」



どうして? 『なんとなくそうかなと思った』のであれば、口にしないでしょ、普通。



「夕食の(あつもの)に多分ふぐ毒あたりが仕込まれていたんだ。俺のところに運んでくれた人が小刻みに震えていてね。俺が羹に手を伸ばしたら、目が大きくなって。それでわかったんだけど」

「わかったら飲まないですよね?」



もう聞いていられなくて口を開いた。



「そうだね。でも彼、おそらく誰かに強制されていたんだよ。俺、こんなんでも昇龍城で文官を務めていたんだ。あっ、博文もそうだけど」



文官って……とんでもなく賢い人のことだ。

たしか科挙という、一生かけても合格できない人が続出するという超難関の試験を通過した者だけがなれるはず。



「ちなみに玄峰は違うから。彼は武官のほう」



それはとてもしっくりくる。

なんとなく科挙を通過したとは思えない。失礼だけど。



「劉伶さまは科挙も武挙も最高位の成績で通過しています」

「え!」



ということは劉伶さまは文官でありながら武官でもあるの? 

しかも、最高位ってとんでもない逸材なんだ。



「まあ、それはいいじゃないか。話を戻すね。それで、それなりに認められていた俺を蹴落としたい人間がいたんだろうね。食事を運んできた彼はうまくいっても死罪。失敗しても口封じに殺される。どちらにしても自分の命を懸けた行為だったってことなんだ。それでもやらなければならないと彼を追い詰めた人間がいるんだなと」



瞬時にそんなふうに考えられるのは、やはり明敏な頭脳を持っているからだろうか。とはいえ、自分の命が危ういときに、そんなに冷静に考えられるとは。



「だからと言って、劉伶さまが毒を口に含むなんて……」

「うん。実はかなり迷った。俺だって死にたいわけじゃないからね。それで、口に含んで『味が薄い』と吐き出したんだ」



そうか。そうすれば味の好みが合わなかったということで済む。料理を運んできた人の責任ではなくなる。



「でも、少しやられてしまってね。それでそれから調子が悪くて、静養に来たんだよ」



彼はよどむことなく話し終わると、一瞬博文さんと目を合わせた。

それになんの意味があるのかわからなかったが、玄峰さんが食事を持ってきたので話が途切れた。



「麗華さん、三人分しかないが?」

「はい。私はもう帰ろうかと」



玄峰さんにそう答えると、劉伶さまが小さく首を振る。



「麗華さんも食べるんだよ。まさか、作らせて追い出すなんてありえない」



そうだったの? 

でもこれは、博文さんが出したお金で買ったものだ。



「私には贅沢ですから。冷めないうちに――」

「玄峰、もう一人分持ってくるときに、麗華さんの分の器を持ってきて」



私の発言を遮る劉伶さまは、「早く」と急かす。



「でも……」

「俺、その事件があってから食事をとるのが苦痛になってね。食欲もわかないし、信頼できる博文か玄峰の作った物しか口にできなくなった。ところがまずくて」



『まずい』とはっきり言うものだから、博文さんの眉が上がる。



「劉伶さまの作った物もまずいですが?」

「あはは」



この三人は本当に信頼し合っているんだろうな。



「仲がよろいしんですね」

「そうだね。刎頸(ふんけい)の友ってやつかな?」

「刎頸?」



学がない私には意味がわからない。



「博文や玄峰になら首をはねられても後悔しないってこと」

「首!」



先ほどから生々しい発言ばかりで卒倒しそうだ。



「劉伶さま、言葉を選んでください。麗華さん、たとえですから」



博文さんにそう言われて、やっと酸素が肺に入ってきた。


そこに玄峰さんが戻ってきた。

彼から私用の器を受け取った劉伶さまは、どうするのかと思っていたら、なんと三人の器から少しずつ取り分けている。



「あぁっ、私やります」

「それじゃ麗華さんは粥を分けて。皆でやれば早い」



こんなことなら用意しておけばよかった。



「うまそうだ」



食欲がなかったという劉伶さまが目を輝かせているのを見て、ほっとした。



「でも今日の料理は、劉伶さまの水毒を解消するためのものですので、物足りないかもしれません。腎に作用したり水分を輩出したりする効果がある料理ばかりです」

「いつもそんなことを考えて作っているの?」

「いえ。ちょっと体調が悪いなと思えば、それに効きそうな食材を取るようにはしますが、いつもはここまで注意しません。食事はおいしく食べるのが一番いいと思うんです。ただ、弱っている方には、それなりの料理を用意します」



劉伶さまの質問に答えると、私の隣に座った玄峰さんが「へぇ」と感嘆の溜息を漏らしている。



「玄峰より賢そうですね」

「うるさいな、博文」



ふたりのやり取りをクスッと笑った劉伶さまは、早速匙を手にした。



「あっ、待ってください。私が毒見をします」



もちろん毒なんて入っていない。

けれど、先ほどの話を聞いたら、それを証明したほうがいい気がした。



「そんな必要はないよ。そうしたことが嫌でここに来たんだし、麗華さんは俺を殺めてもなんの得もないじゃないか」

「それはそうですが……」



得、か……。この三人、お金はたくさん持っていそうだし、三人とも殺めてそれを手に入れたいと思う可能性だってある。



「でもやはり、毒見します」



もう一度伝えて匙を手に取ると、劉伶さまが悲しげに首を振る。



「麗華さんを信頼したいんだ。もう誰かを疑ってばかりの生活は嫌なんだよ」



凛々しい眉がゆがめて小さな溜息を落とす劉伶さまを見て、心が痛い。



「面倒な奴らだな。俺が先に食う」



すると突然口を挟んだ玄峰さんが、ためらいもなく粥を口に運んだ。



「おっ? これ、普通の粥ではないな。味がしっかりとついている」

「鶏を炊いた湯で作ったんです」



と説明している間に、劉伶さまも博文さんも料理に手をつけてしまった。

結局、毒見をすると言った私が最後だ。



「これはなに?」

「それはうどです。少し苦みもありますが、血の流れを促したり解毒作用が強い野菜です」



まさか毒を盛られているとは知らなかったものの、丁度よかったのかもしれない。



「この羹もうまい。海老の団子がなかなか」



博文さんも目を細めている。

これほど褒められたことがないので、胸の奥がもぞもぞする。


それから三人はすさまじい勢いですべて食べつくした。

足りなかったかしら。



「はぁ、満足。こんなにうまい飯を食ったのは久々だよ」



劉伶さまがお腹を押さえて至福の表情を見せる。

どう見ても料理とは無縁そうな男たち三人の作った“まずい”という食事ばかりしてきたのだから、それに比べたらおいしかったのだろう。



「これで水毒ってのがよくなっていくんだったら、なんの苦労もないね。よくなったあと、麗華さんの他の料理も食べたいし」



優しく微笑み私の目を見つめる劉伶さまは、そんなふうに言う。



「麗華さん、これからもお願いします。この味を知ったらまずい食事には戻れない」



博文さんまでも頭を下げる。そして……。



「まあ、食ってやるぞ」



最初に食べ終わった玄峰さんが少し偉そうに言うと「玄峰!」と博文さんがたしなめている。



「麗華さん、玄峰の分はもう作らなくていいから」

「劉伶さま、それはないだろ。うまかったよ。お願いします」



今度は素直に首を垂れる玄峰さんは、ちょっと照れ屋なのかもしれない。



「私でよければ」



そう答えると、劉伶さまが満面の笑みを浮かべた。



「それじゃあ、部屋を準備しよう」

「部屋?」



劉伶さまがなにを言っているのか理解できず首を傾げる。



「ん? 住み込みだよね。そうじゃないと朝飯も食えない」

「す、住み込み?」



たしかにこの宮殿は立派で、部屋なんていくらでも余っているだろう。私の住むぼろ家よりずっと快適だ。でも、ここに住むなんてありえない。



「あれ、違うのか」



あからさまに肩を落とす劉伶さまを見て、少し申し訳ない気分になる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ