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「博文さま」



それから数分。

別の文官が彼を呼びに来た。



「どうやらすべて終わったようですね。戻られますか?」

「はい」



青鈴が気になる私は、再び劉伶さまのもとに向かった。


入口に足を踏み入れるとあのふたりの姿はなく、大勢いた文官や武官も退出していて玄峰さんと子雲さんだけが残っている。

青鈴は玉座の劉伶さまの前で平伏していた。



「徐青鈴。お前は毒は仕込んではいないが、余は気に入らぬ」

「はい」

「お前が朱麗華を妬んでいたことは耳に入っている。しかし、朱麗華は友ではなかったのか?」



そう問いかける劉伶さまは眉根を寄せ悲しげな視線を彼女に注ぐ。



「申し訳ありません。つまらぬ妬みで私は麗華を……」

「お前は友を死に追いやろうとしたのだ。李貴妃たちの陰謀が暴かれなければ、朱麗華は命を落としていた」



劉伶さまが強くたしなめると、青鈴の体が小刻みに震えだし、嗚咽が漏れる。

そして次の瞬間彼女は立ち上がり、あの陳皮ゆり根酒に手を伸ばした。



「嫌……」



私はそれを見てとっさに走る。



「死なないで!」



そして壺を彼女の手から弾き飛ばした。


――ガシャン!

床に落ちた壺は粉々に砕け、青鈴は呆然と立ち尽くす。



「死なないで」



もう一度繰り返し、彼女を抱きしめた。



「徐青鈴。陛下と麗華さまに生かされた命を絶つという失礼な行為を恥よ」



突然子雲さんが声を大きくし、青鈴を責める。



「私は文官だった頃の陛下を、毒で殺めようとした。陛下とは腹違いではあるが栄元帝の血を引く兄を次期皇帝にしたいと望んだ母の命令だ」



その発言に驚き、彼を見つめる。

三人が村に訪れるきっかけになった事件は、彼が犯人だったの?



「陛下は、成功しても失敗しても死ぬ運命だった私に同情してくださり、自分は死ななかったのだからと私が自刎するのを許してくださらなかった。そして、私にそれを命じた母と兄から財をすべて奪い昇龍城から追放した」



衝撃の事実に身震いする。


それでは、子雲さんは実母から兄の即位のために死ねと言われたも同然だ。

同じ血を分けた兄弟なのに、生まれが早いか遅いかだけで生死が決まるなんてあんまりだ。



「栄元帝の血を引く私が、決してこの先皇帝の椅子を望まないという証明として宦官になった。劉伶さまへの忠誠を誓ったのに昇龍城を出られた時は落胆したが、戻ってこられたからには命をかけてお守りすると決めている」



そんなことがあったのか。

だから子雲さんは劉伶さまに絶対的な信頼を置いているし、劉伶さまも彼を信じているんだ。


それにしても、腹違いの兄弟だったとは。



「徐青鈴。お前も覚悟を決め、陛下と麗華さまのために生きよ。お前の死を一番に悲しむのは麗華さまだ。そのような苦痛を与えることは私が許さん」



子雲さんの心の叫びに胸が震える。その通りだったからだ。

劉伶さまも私も、これ以上誰かが死ぬのを見たくない。



「徐青鈴。危急存亡の(とき)になり、ようやくお前は大切なことに気づいたはずだ。朱麗華が皆から好かれる理由は、お前もよくわかっているだろう?」



劉伶さまの問いかけに、真っ赤な目をした青鈴は口を開く。



「はい。麗華は誰にでも優しく、皆の笑顔のために薬膳料理を作っていました。私のように高貴な妃賓の懐に入りたいというような邪心などひとつもなかった。私はそんな彼女に魅かれていたのに、自分の立場が危うくなると我を忘れてしまいました」



肩を大きく揺らし言葉を紡ぐ麗華は、私を見つめ床に膝をついて頭を下げる。



「麗華。本当にごめんなさい。妃賓からもてはやされるあなたがうらやましくて……。でも麗華が好かれるのは努力をして薬膳を学んだ結果なのに。私は努力もせず李貴妃の囁きに応じてしまった」

「青鈴。もういいの。私も配慮が足りなかった。お願いだから死なないで。私は大切な友を失いたくない」



私も膝をつき彼女の肩に手をかけて起こすと、彼女は大粒の涙をこぼしながら小さくうなずく。



「この罪は一生背負います。麗華のために生きます」

「なにそれ。一緒に生きるのよ」



ずっと友でいたい。刎頸の友で。



「徐青鈴。処分は考慮の上、のちほど通達する。それまで房にとどまれ。子雲、あとは頼んだ」

「御意」



劉伶さまは青鈴に子雲さんを付き添わせてくれた。きっと同じような過ちを犯した彼が青鈴をよきほうに導いてくれるに違いない。



「余は応龍殿で少し休ませてもらう。朱麗華は話がある。ついてまいれ」



劉伶さまは博文さんと玄峰さんに目配せしたあと、ゆったりと歩き出す。私も従った。

応龍殿の休憩室に入ると扉を閉めるように言われて言う通りにした。



「麗華。おいで」



つい数分前まで気高き皇帝として場を取り仕切っていた彼が、伯劉伶の顔に戻り両手を広げる。

躊躇いなどまったくなかった。私はその胸に飛び込んだ。



「よく耐えた。つらい思いをさせたな」



ようやく緊張の糸が切れたからか、涙があふれてきて止まらない。



「信じて、いました。劉伶さまが助けて――」



もう言葉が続かない。それでも彼は私の気持ちを理解したのか、背中に回した手に力を込めてより強く抱きしめる。



「月を見ていた。麗華と同じ月を。必ずお前を助けると」



美麗な御衣が涙で汚れてしまう。けれど、離れられない。



「私も、見ていました。劉伶さまと同じ月を」

「あぁ」



彼の声も震えている。劉伶さまは私以上に恐怖と戦っていたのかもしれない。

私は彼にすべてを委ねただけ。私の命は彼の手中にあった。



「麗華」



劉伶さまは私の名を口にすると、ゆっくり体を離す。そして頬に伝う涙を大きな手で拭う。



「皇后になってほしい。お前のいない世界に月は昇らない」

「……はい」



他の返事など見当たらなかった。

自分に皇后としての気品が備わっているとも思わないし、その役割を果たせる自信もない。ただ、劉伶さまの一番近くにいたい。


承諾の返事をすると、彼は瞬時に笑顔になる。



「生涯、麗華だけを愛す。他の妃賓のところに渡るつもりはない」



と言うが、彼はこの国の皇帝なのだ。そういうわけにもいかないだろう。



「そんな。それでは世継ぎが……」



そのための後宮なのに。



「お前が何人でも産めばいいだろう? 子のもうけ方は教えてやる」

「えっ、それは……」



にやりと笑った彼は、そのあと真顔に戻り私に熱を孕んだ視線を注ぐ。



「お前だけを愛したい」



そしてそう囁き、唇を重ねた。

彼の柔らかな唇が、私を幸福の極みへと導く。


離れたあと火照る顔を見られたくなくてもう一度胸に飛び込む。



「はぁー。やっと手に入る」



すると彼は、深い溜息とともにつぶやいた。


彗明国の頂点に君臨し、なんでも欲しいままにできるはずの皇帝らしくない発言に笑みが漏れた。

これが素の彼なのだろう。

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