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「まず、ひとりずつどちらかを選択させる。朱麗華からだ。他の者はうしろを向け」
劉伶さまに命じられ、壺に近づく。
そして中を覗き込んだとき、その意図がわかった。
ひとつは私が漬けていた陳皮ゆり根酒。そしてもうひとつは、ゆり根だけの酒。
「どちらを選ぶか文官に伝えよ」
「はい。私はこちらを」
彼は文に【嘘偽りは必要ない】と書いていた。だから余計なことは考えない。
毒が入っていないほうを選んで飲めと言っているのだから、迷わずゆり根酒を選んだ。
「次は黄子雲」
子雲さんもおそらく私と同じゆり根酒を選ぶはずだ。
それから李貴妃、そして孫さんと選び、最後に青鈴。
彼女はどちらを選ぶのだろう。
劉伶さまはおそらく、青鈴のためにこの作業をさせている。
青鈴、お願い。あちらを選んで。
私は祈るような気持ちで目を閉じていた。
「こちらを向きなさい」
博文さんに指示され、再び劉伶さまの方を向く。劉伶さまは相変わらず無表情ではあったが、一瞬右の口角が上がった気がした。
「五人の中でひとりだけ他の者とは異なる酒を選んだ者がいる」
それじゃあ……。
李貴妃の様子を伺うと、余裕の笑みを浮かべていた。
「徐青鈴、お前だ」
「はっ……」
劉伶さまが彼女の名を口にした瞬間、武官が駆け寄り両腕を捕らえる。
「私ではございません。私は毒なんて……」
顔をゆがめ必死に首を振る彼女を、武官が押さえつける。
「わかっている。誰が徐青鈴を捕らえろと言った。手を離せ」
声を荒らげる劉伶さまにハッとした武官は、すぐに離れた。
よかった。私の思っていた通りだ。これで彼女の無実が証明された。
「徐青鈴は毒を入れていないと証明された。彼女が選んだのは毒入りの左の壺。他の四人は右の壺だ。飲めと言っているのに、毒が入っているほうを選ぶわけがない。」
左の壺は、陳皮ゆり根酒。右はただのゆり根酒だった。
私は青鈴に、陛下は寝つきが悪くてゆり根をつけた酒を用意しているとだけ言った。陳皮について触れたことはない。
だから私の房にある酒を見たことがない彼女は、ゆり根だけが入っている酒に毒が入っていると思い、陳皮入りを選んだのだ。
実は茶会のとき、李貴妃が『陳皮酒』と口走ったのでおかしいことに気がつき、文で劉伶さまに伝えた。
青鈴に聞いただけなら『ゆり根酒』のはずだからだ。つまり、私の房にあったあの酒を見ていることになる。
だから彼は、まずは青鈴の無実を晴らすために、このような行為をさせたのだと思う。
科挙を最高位で通過した人はさすがだ。
こんなこと、思いつきもしなかった。
「残りの四人の中に、余を殺めようとした人間がいる。いや、ふたりのうちのどちらかだ」
劉伶さまがきっぱりと口にすると、李貴妃の顔が引きつる。
「朱麗華は徐青鈴に、余の寝つきをよくするために、ゆり根を漬けた酒を用意していると告げた。よって、徐青鈴は朱麗華の房にあった酒は、右のゆり根だけが入った酒だと思ったのだ。しかし、本当は違った。朱麗華が用意したのは、陳皮ゆり根酒だ」
孫さんはそこでなにかに気がついたらしく、口を開けて手を握りしめている。
「それを作った朱麗華、そして余に運んでいた黄子雲は当然知っている。だが、お前たちふたりはなぜ陳皮が入っていると知っていた?」
そこで李貴妃も自分が犯した過誤に気づいたのか、わなわなと唇を震わせて苦し紛れに口を開く。
「それは、徐青鈴がそう……」
「徐青鈴は、陳皮が入っていたことを知らなかったのにか?」
劉伶さまの眉が上がった。
「私はなにも知りません。なにもかも孫宗基がしたことでございます」
「あなたが命じたんだ」
李貴妃と孫さんが大きな声で罵り合いを始める。それを止めたのは玄峰さんだ。
「陛下の前だ。見苦しい」
凄みのある声は、瞬時に静寂を誘う。
「所詮、お前たちの絆なんてそんなものだ。いざとなったら互いに罪を被せ合う。心配するな。双方に罪がある。李貴妃は皇后にのし上がるため、孫宗基は李貴妃に余との間に男児をもうけさせたあと余を殺め、権力をほしいままにしたかったのだろう」
劉伶さまは抑揚もなく淡々と語る。
それが返って彼の怒りを示しているようで、場の雰囲気が凍り付いた。
「ち、違います。毒を仕込んだのは孫宗基です」
李貴妃は表情をこわばらせ、声を絞り出した。
「そうだろうな。しかし、命じたお前も同罪だ。しかもそれだけでない。心を込めて作る朱麗華の薬膳をお前たちは穢し、なおかつ余に間違った犯人を処罰させようとした。その罪は重い」
劉伶さまが私の薬膳料理について触れるので、胸にこみ上げてくるものがある。
彼が元気になってほしくて作った酒に毒を入れるという、私にとってはとんでもない侮辱を咎めてくれたことがうれしかった。
「天網恢恢疎にして失わず。天はすべてをご存じだ。悪事を働けば罪を受けるのが当然。博文」
今までに見たことがないほど眉を吊り上げた劉伶さまは、博文さんになにやら指示を出す。
すると博文さんは、陳皮ゆり根酒に近づいてふたつの杯にそれを注ぎ、李貴妃と孫さんの前に置いた。
「煽るがよい。自らが仕込んだ毒で逝け」
「陛下、それだけはご勘弁を」
「余を殺めようとしたのにその言い草、見苦しい。玄峰、飲ませろ」
李貴妃の発言を一蹴した劉伶さまは、玄峰さんに指示を出す。
すると博文さんが私のところにやってきて、「こちらへ」となぜか私を立たせて、部屋の外に出された。
「博文さん、あのっ……」
「麗華さんには耐えられないだろうと、陛下からのご命令です。しばしこちらへ」
案内されて隣の部屋に入ろうとしたとき、地に響くような絶叫が聞こえて李貴妃が絶命したのだと悟った。
「こんなことに……」
「陛下も命を奪うことに心を痛めておられます。皇帝としては慈悲深い方ですから。ですが、皇帝の命を狙った者に温情をかけては、次にまた同じことをしようとするも者が現れます」
博文さんの言うことには納得する。情けをかければ皇帝としての威厳が保たれない。
おそらく私を陥れるためだけに仕込んだ毒だったはずだが、皇帝陛下が口にするものだとわかっていた点で、見逃すことはできないのだろう。
けれども、断末魔の叫びを聞いて平気ではいられず、呼吸が浅くなる。
「……青鈴は?」
「青鈴は心配いりません。ただ、彼女も罪に加担しましたので、それなりのお咎めは覚悟ください」
おそらく彼女はそそのかされて利用されただけ。しかし、自らの意思で私が酒を房に置いていることを伝えたのも事実。
無罪放免というわけにはいかないのも仕方がない。




