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6

それから牢へ逆戻り。

当然ながら武官たちは罪人の私を物のように扱う。

牢に放り込まれたときに顔から倒れたものの、こんなことで音を上げている場合ではない。


劉伶さまの知恵が拝借できたら……。青鈴も救えないだろうか。



「麗華さま、大きな音がしましたが大丈夫ですか?」



武官が出ていくと、子雲さんが尋ねてくる。



「大丈夫です。子雲さん、皆で生き残りましょう。それを陛下が望まれているから」

「承知しました。必ずや」



彼の返事に満足して、夜空に浮かぶ月を眺めた。


その晩は、劉伶さまはやってこなかった。

今は彼の周りの警護も強化されているし、簡単には動けないに違いない。それでも、同じ月を見ている気がした。



翌朝も、子雲さんと一緒に白澤殿に移された。



「麗華さん、これ」



すぐに来てくれた玄峰さんが、私に文を手渡してくる。

劉伶さまの返事だ。

私はすぐにそれを開いた。



【麗華。毎晩つらいだろうがもう少しこらえてくれ。博文と一緒に地方に行っている武官から連絡が入り、交渉はうまくいったようだ。これで、麗華とのことに本腰を入れられる。必ずや罪を晴らして皇后に迎える】



彼はまだ私を皇后にしようとしているのだ。


あの酒に毒が入っていても、まったく疑うことなく信じてもらえることに感動すら覚える。

私は彼のために生きる。



【文をもらってひと晩策を練った。俺が麗華を助ける。それに、徐青鈴も、麗華の親友ならばそうしなくては】



「劉伶さま……」



青鈴のことも助けると明言され、視界がにじむ。

私は手で目頭を押さえてから続きを読んだ。



【明日、鳳凰殿で麗華と子雲についての裁きを行う。李貴妃と側近の宦官、そして徐青鈴も呼ぶ。麗華はただ、真実に基づき行動すればいい。嘘偽りは必要ない】



「明日……」

「劉伶さまにはなにか策があるようだ。劉伶さまを信じて、明日に挑んでほしい」



玄峰さんは私と子雲さんに言い聞かせるように話す。



「もちろんです。私たちは真実を語ります」



どうか青鈴も無事でいられますように。



そして翌日。

太陽が南中する少し前に、私と子雲さんは縄に縛られたまま鳳凰殿に連れていかれた。

先頭に立ち私たちを導く玄峰さんも、処罰する側の人間として私たちに厳しい目を向けている。


強面だと散々博文さんにからかわれていた彼も、本当は心の優しい人。それでも、このどこか武骨で荒々しさを秘めているような姿を見れば、周りの誰もが震えあがる。

彗明国を治めていく光龍帝には必要な人だ。



「跪け」



武官に乱暴に床に倒され命令される。

無理もない。彼らは私たちがこれから処刑されると思っているのだから。

私と子雲さんは黙って従った。


そしてそれから少し遅れて李貴妃が入ってきて、立派な椅子に座った。そしてその横にはいつも一緒にいる宦官が立つ。彼が私を陥れようとしている張本人かもしれない。


その後、生気を失ったような青鈴も入ってきた。

私も子雲さんも牢ではまともな食事をさせてもらえないので、きっと顔色は悪いだろう。しかし、彼女はそれ以上。命が今にも消えそうで息を呑む。



「陛下が参られる。顔を伏せよ」



痛っ……。

武官に思いきり背中を叩かれ、声が出そうになった。けれども、必ず劉伶さまが疑いを晴らしてくれると信じて、歯を食いしばった。


平伏し待つこと五分。劉伶さまが入ってきた。



「これより、尚食朱麗華、宦官黄子雲の裁きを行う。陛下より許可をいただいた。皆の者、顔を上げよ」



博文さんの声だ。戻ってきたんだ。


私は恐る恐る顔を上げた。すると一瞬、劉伶さまと視線が絡まる。

彼は毅然としていたがやはり顔色がよくない。夜通し策を練ってくれたのかもしれない。



「朱麗華。もう一度尋ねる。余の酒に毒を盛ったのはお前か?」



劉伶さまは視線を尖らせ低い声でそう言った。



「いえ。断じてそのようなことは致しておりません」

「黄子雲。お前も酒について知っていたが、お前が毒を盛ったのか?」

「とんでもございません。私も盛っておりません」



鋭い目を光らせる劉伶さまからは、離宮の頃の柔らかな笑みを浮かべる面影の欠片もない。

目の前にいるのは、皇帝の証、五爪二角の龍文の刺繍が施された御衣を纏ったまぎれもなくこの国の頂点に君臨する光龍帝。その風格を感じる。



「李貴妃。そなたは毒の混入を徐青鈴から耳打ちされたと言っていたな」

「はい。驚きお伝えした次第です」

「宦官、孫宗基(そんそうぎ)。そなたも知っていたのか?」



次に劉伶さまは李貴妃の宦官に尋ねた。孫さんが発言するのは初めてだ。



「徐青鈴が大切な話があると私のところに参りまして、李貴妃に取り次ぎました。そのとき同席しておりました」

「ならば、李貴妃と同じ情報を知っていたということだな」

「その通りでございます」



孫さんは深く頭を下げた。

彼は子雲さんより体の線が細く、武道は縁遠そうに見える。しかし子雲さんの話では、頭は切れるらしく、いつの間にか李貴妃のそばに仕えていた別の宦官を押しのけて一番近くにいる存在になったとか。

侮ってはいけない。


「それでは徐青鈴。お前に聞きたいことはただひとつだ。この場で朱麗華の罪が確定すれば即刻死罪だ。それをわかっているな」



えっ? てっきりあの酒について問いただすのかと思いきや、まったく別の質問だった。



「あっ、あの……」



すると青鈴はカタカタと歯音を立てて震えだす。



「私は……」

「青鈴。本当のことを言えばいいのです」

「孫宗基。陛下の許可なく口を開くとは失礼だ」



青鈴に話しかけた孫さんに厳しい言葉を投げつけたのは博文さんだった。彼の目は怒りの色を纏っているかのように見える。

昇龍城に戻ってきたら、私や子雲さんが牢につながれていたからかもしれない。



「申し訳ありません」



孫さんは恐れ慄き平伏した。



「徐青鈴。お前にとって朱麗華はどのような関係だ」



やはり酒とは関係がない質問だった。



「麗華は、まだ短い時間ですが、尚食として一緒に頑張ってきた仲間です」

「それだけか?」

「いえ。大切な……友です」



青鈴……。

ぽろぽろと落涙しながら声を振り絞る彼女に『友』と断言されてどれだけうれしかったか。



「そうか。よくわかった。……博文」



ひと通り話を聞いたところで、劉伶さまが博文さんに目配せする。



「御意」



博文さんは一度奥に戻り、それぞれ壺を持ったふたりの文官を伴って戻ってきた。

そのうちのひとつの壺は、あの陳皮ゆり根酒の壺だ。


もうひとつはなんだろう。そしてなにをするつもりだろう。



「今後、そなたたちは余が許可するまでひと言も口をきいてはならぬ。ここにふたつ酒がある。ひとつは余を殺めるために毒を仕込まれた酒。もうひとつは毒など入っていない酒だ」



そう言ったところで、彼は私にチラリと視線を送った。ふたつ用意したのには訳がありそうだ。



「五人それぞれ、好きなほうを選び飲め」



どちらかを選んで飲めと? 

劉伶さまはなにを考えているのだろう。


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