5
「青鈴と話ができないでしょうか?」
「徐青鈴と?」
玄峰さんが確認するように聞き返す。
「はい」
「まさか青鈴が毒を入れた証拠が思い当たるのですか?」
次に子雲さんが質問してきた。
「いえ……。そういうわけでは」
言葉は濁したが、茶会のときに彼女がなんと発言したかがとても重要だ。
ただ、もしそれで青鈴の疑いが晴れても晴れなくても、李貴妃の仕業だと証明されれば青鈴も無傷では済まない。彼女の悪事に加担したのだから。
それだけが胸に引っかかり、ふたりに胸の内をすべて吐き出すことができずにいた。
青鈴は親友なのだ。
「わかった。手配しよう。ただし、今あなたをひとりにするわけにはいかない。俺が同席するぞ。名目上、犯罪者である麗華さんと女官をふたりきりにできないとするが、命を狙われるのは麗華さんのほうだ」
「そんな……」
青鈴に殺められるとでも?
「そうしてください。徐青鈴が麗華さまを殺めたくなくても、そうせざるを得ないこともある。ただ、彼女が李貴妃に加担したのは、嫉妬のような気はしますが。これほど大きなことをしているという自覚はなかったのではないかと」
子雲さんも続くので、私は玄峰さんの言うことに従うことにした。
その後、子雲さんだけ牢に戻され、青鈴が連れてこられた。
どこからなにが広がるとも知れないということで、私には再び縄がかけられ、厳しい取り調べを受けているという演出はしなければならなかった。
「青鈴」
玄峰さんに床に座った私の前にある椅子に座らされたものの、決して視線を合わせようとしない青鈴は、目の下がくぼみ、唇が渇いている。まるで彼女のほうが罪人のようだ。
しかも名前を呼んでも反応しない。
「眠れているの? 血虚じゃない? ううん、気虚? 体を温める物を食べて」
あまりの変貌ぶりに声が大きくなる。
「私の心配をするなんて馬鹿じゃないの? 私、麗華のことを裏切ったのよ?」
青鈴は目に涙を浮かべている。
「うん……」
玄峰さんは近くに座ってはいるが、会話に入るつもりはなさそうだ。
「私のことを刎頸の友と言ってくれた人がいるの。その人は私に命を預けてくれた。だから私もその人に命を預けてる。青鈴とはいつかそういう関係になれるんじゃないかって思ってた。勝手にごめんね」
「私、と?」
彼女は目を大きく開く。
「私ね、食で誰かを幸せにしたいとずっと思ってるの。後宮にやってきて不安だらけだったのに、青鈴が親切にしてくれたから、薬膳の知識も生かすことができたんだよ。ひとりじゃできなかった」
「私はなにも……」
ついに彼女の瞳から涙がこぼれた。
私は彼女の目をじっと見つめて、再び口を開く。
「香妃のこと、ごめんね。私の部屋にある歩揺は、青鈴のものだよ。ずっと香妃を支えてきたのは青鈴だもの。私にたまたま薬膳の知識があっただけ。料理の腕は青鈴のほうが上でしょ」
茶会のときの菓子も、彼女の力をかなり借りた。本当に手際よくあっという間に何種類も作ってくれた。
「なに、よ……」
青鈴の声が小さくなっていく。
「青鈴。李貴妃にはなんと伝えたの?」
「なんとって……」
「私が毒を盛ったと?」
思いきって切り込むと、彼女は目を右往左往させる。
「そう言えば、李貴妃専属の女官にしてくれると言われたんじゃない?」
上級妃賓の女官は、尚食よりずっと待遇がいい。
妃賓に恥をかかせぬよう着飾っているし、高級品のおこぼれにあずかることもある。
それに、妃賓に関わることだけしていればよく、苦手なことは下働きの女官にやらせればいい。
だから、皇帝の寵愛をあきらめた女官たちは、皆その地位を狙う。
「れ、麗華が毒を入れたのよ」
彼女は玄峰さんをチラリと視界に入れてつぶやく。
「その現場を見たのね」
冷静に問いかける。
見られているわけがないからだ。私は毒なんて入れていない。
青鈴はしばらく黙りこくったあと、小さくうなずいた。
「毒入りの酒があると知っていたのに、李貴妃は随分落ち着いていらっしゃったのね。茶会にまで参加されるなんて。すぐに陛下にお知らせすべきことよね」
李貴妃はあえて大勢の前で私を断罪するために、茶会に劉伶さまが現れるのを待っていたのだ。
最近は劉伶さまが毎回短い時間でも後宮に下ることは、周知の事実だ。
「それは……」
「私がそんなに憎かったのかな」
本音がこぼれた。
きっと村で生きていれば、飢饉や病で死ぬことはあれど、毒を盛って殺されたり冤罪で死罪になったりすることなんてなかったはずだ。
そんな憎悪や嫉妬を抱く人なんていなかった。
「麗華。私……」
青鈴はなにか言いかけたものの、口をつぐんだ。
どうしたらいいのだろう。私が気がついたことが正しければ、毒を混入させたのは青鈴ではなく李貴妃かその側近だ。
でも、それをどうやって証明したら……。
彼女に問いただしたいことが本当はもうひとつあったが、余計なことを発言して口裏を合わられたら困ると黙っておいた。
「青鈴。私はあなたを信じてる」
彼女は李貴妃に利用されたのだ。もし、私の首が飛んでも、そのあと口封じに殺されるかもしれない。
私自身の命も守り、青鈴も守らなければ。
青ざめた彼女の様子を見ながら、どうすべきか考えあぐねていた。
青鈴が去ったあと、縄を解いてくれた玄峰さんが私を心配げに見つめる。
「劉伶さまは麗華さんを救いたいんだ。他のことは考えないでくれ」
「えっ?」
どういう意味?
首を傾げると、彼は苦々しい顔をして再び口を開く。
「青鈴のことは切り捨てよ」
「なにを言ってるんです? そんなことできません」
驚愕して腰が抜けそうだ。
「大切なのはあなただ。俺や博文は、劉伶さまになら殺されてもかまわないと常々思っている。あの方なら、彗明国を――俺たちの家族を、大切にしてくれる。だから劉伶さまの大切なお方は、命を懸けても守りたい」
その意見に二度三度と首を振った。
「劉伶さまはそんなお方ではありません。刎頸の友と口にはされましたが、それはそれくらい信用していると言いたかっただけでですよね。おふたりが自分のために命を犠牲にして喜ぶとでも? 玄峰さんに毒見をさせるのだって顔をしかめていたじゃないですか」
劉伶さまにとって、ふたりあってこその彗明国だ。誰かが欠けるなんてことは一度だって考えたことはないだろう。
激しく詰め寄ると、彼は黙ってしまう。
「本当は、玄峰さんだってわかっていらっしゃいますよね。劉伶さまの優しさ。国のためにとか、皇帝陛下のためにとか、無駄に命が失われないようにと必死になられているのに、玄峰さんにそんなことを言われたら悲しみます」
「そう、だな……」
「青鈴も同じ。私は自分の命も彼女の命も救いたい。博文さんがいてくれたら……」
博文さんや劉伶さまのように賢くない私が知恵を絞ってもしれている。
今、劉伶さまは私に近づけない。今の私たちの関係は、殺そうとした者と殺されそうになった者だから。
だから博文さんがいてくれたら……と思ったけれど、ここに顔を出さないということは、まだ昇龍城には戻っていないのだろう。
「劉伶さまに文を書け。俺がなんとか届ける」
「本当ですか?」
玄峰さんの提案に目が大きくなる。
「劉伶さまの笑顔を俺も見たい」
「はい。ありがとうございます」
私は早速、今わかっていることをしたため、玄峰さんに託した。




