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「徐青鈴。李貴妃の言っていることは本当か?」
「……はい。麗華がゆり根酒に毒を盛り、陛下を殺めるつもりだと……言っておりました。あまりに驚き李貴妃に相談いたしました。……また宦官黄子雲と必要以上に一緒に……いますので、その仲も疑われます」
焦点が定まらない彼女は、何度も詰まりながら言葉を吐き出す。
やめて。子雲さんを巻き込まないで。
「子雲さんは関係ありません!」
「黙れ」
叫んだ瞬間、宦官たちにとがめられて強く押さえつけられてしまった。
それでもやめられない。
「毒など決して盛っておりません。陛下を殺めるなんてありえません」
「黙れと言っている。陛下に失礼だ!」
反論したからか一層強く押さえられ、顔を地面に擦ってしまった。
どうしてそんな嘘をつくの? 私が香妃の賞賛を得たから?
悲しみがこみ上げてくる。
「徐青鈴。そなたの発言が正しければ、朱麗華は厳罰は避けられない。嘘偽りはないか?」
劉伶さまは青鈴に正す。
私は『厳罰』という言葉に息が止まりそうになった。
もちろん、皇帝を殺めようとしたのなら、死罪だ。
青鈴はその質問にすぐに答えない。
すると李貴妃の声がする。
「青鈴。いいのですよ、本当のことをおっしゃい」
「麗華がゆり根酒に毒を盛ったことに……偽りは、ございません」
そして震える青鈴の声に絶望した。
そうしているうちに、宦官が息を切らして走り込んできた。
「陛下! 朱麗華の房から酒が見つかりました。たしかに、銀食器の色が変色しました」
まさか。毒が入っていたということ? どうして?
昨晩も子雲さんに劉伶さまに届けてもらったが異変はなかった。当然子雲さんが毒見をしているし、劉伶さまも元気だ。
今朝、房を出てから今まで茶会のためにずっと厨房にいたけれど、その間に誰かが入れたとしか考えられない。
「朱麗華。顔を上げよ」
劉伶さまに指示され、ゆっくりと顔を上げると視線が絡まる。
信じて。私はなにもしてない。あなたのいない後宮になんて興味がないの。
そう願いながら見つめ続けていると、彼は腰に差した大きな剣を抜く。
殺される?
こんな終わり方は絶対に嫌だ。
劉伶さまは一歩二歩と近づいてくる。
怖くて呼吸が浅くなり、声も出ない。
やがて私の目の前まで来た彼は、剣を私の喉元に突きつける。
「女官の分際で余を殺めようとするとは」
「しておりません」
信じて。お願い。
にじんでくる視界の向こうの劉伶さまを見つめ、必死に訴える。
「ならば、申し開きをしてみよ」
「……料理は、人を殺めるための物ではございません。私は、誰かを笑顔にするために料理を作っています。毒を盛るなんてもってのほか」
我慢していた涙が一筋頬にこぼれた。
料理に毒を盛るということは、自分で自分の人生を否定することになる。
「朱麗華は、今まで余の健康のために尽くしてくれた。だが、こうして毒入りの酒があることは紛れもない事実。ただではすまぬ」
彼は凍るような冷たい声でそう告げ、剣脊で私の顎を持ち上げる。
切られるのだろうか。
食で皆を元気にしたい。後宮をひとつにまとめたいなんて、やはり私には分不相応な考えだったんだ。
尚食として与えられた仕事だけ黙々とこなしていれば……。
ううん。私がしたことは間違ってない。現にこうしてこんなに多くの妃賓が茶会に参加し、会話を交わすようになっているのだし。
そんな相反する感情が瞬時に頭の中を駆け巡る。
そして……。後宮に来たことに後悔はない。劉伶さまにたくさんの愛ある言葉をもらえたから。
最後にそれを確認して、ゆっくり目を閉じた。
私の命にとどめを刺すのが、彼でよかった。刎頸の友である彼で。
顎から剣が離れた瞬間、体をこわばらせて強く目を閉じ覚悟した。けれども、いつになっても息ができる。
「朱麗華。お前の言うことには一理ある。己の潔白を証明してみせよ。できなければ死罪を言い渡す」
そして次に放たれた言葉に腰が抜けそうになった。
まだ生かしてもらえるの?
「しかし、危険な人物を後宮に置いておくわけにはいかぬ。房を取り上げ牢に連れて行け。黄子雲もだ」
剣を収めた劉伶さまの指示で宦官に乱暴に立たせられる。そのとき、微かに微笑む李貴妃と真っ青な顔をした青鈴の姿が視界に入り、唇を噛みしめた。
私はそのまま後宮から出され、昇龍城の端にある牢に入れられた。子雲さんも同様だ。
「どうやって……」
劉伶さまは潔白を証明しろと命じたけれど、牢の中でなにをしろというの?
香呂帝の頃は、牢に入った罪人はひどい拷問を受け、やってもいない罪を認めて死んでいく者もいたと噂で聞いた。
私も子雲さんもそうなるの?
やがて宦官が出ていくと、隣の牢に入れられた子雲さんに話しかける。
「子雲さん、こんなことになってごめんなさい。ううん、謝って済むことじゃないですよね」
彼ひとりだけでも助けられないだろうか。
「麗華さま。それを言うなら私です。不穏な動きがあることに気づくべきでした」
彼は懸命に私や劉伶さまを支えてくれた。あれ以上を望むなんて無理だ。
「麗華さま。今は不安でいっぱいでしょうが、どうか陛下を信じてください。麗華さまに剣を向けられたのは、あの場を収めるため。必ずや策を練ってくださいます」
それを聞き救われた。
殺されるなら彼にとは思った。
しかし、この世で一番大切な人に剣を向けられたという衝撃は、どうしたって拭えない。
「そう、ですね」
「李貴妃と徐青鈴の陰謀でしょう。麗華さまが厨房にいらっしゃる間に、誰かが毒を仕込んだんです。李貴妃は陛下の寵愛を受けそうな麗華さまを排除したく、青鈴は香妃さまに気に入られた麗華さまのことが気に入らなかったのでは?」
李貴妃に茶をかけられたことは彼も承知している。でも、青鈴のことも気になっていたのだろう。
四六時中、私の近くにいたのだから当然か。
「だけどまさか青鈴が……」
李貴妃はともかく、青鈴があんなことを言い出すとは思ってもいなかった。
「後宮はそういう場所です。残念ですが」
劉伶さまからもそう言われていた。後宮では彼と子雲さんしか信じてはいけないと。
けれども、青鈴は私が尚食として働き始めたときから親切にしてくれて、いつも一緒だったので信じていた。
香妃のことがあって心の距離が離れても、彼女との絆を信じていた。
しかし甘かったということか。
彼女にゆり根酒のことは話したことがあるけれど、まさかこんな事態を招くとは思いもよらなかった。
あれ? でも、なにか引っかかる。なんだろう。
ぼんやりと頭の片隅に浮かんだ違和感がなんなのかわからないまま、牢の小さな窓から見える空を見上げた。
「朱麗華、立ちなさい」
空が茜色に染まった頃、武官がやってきて私を促す。
どこかに連れていかれるのだろうか。拷問にかけられる?
そんなことを考えて顔をこわばらせていると、玄峰さんが姿を現した。
「朱麗華、黄子雲。これから取り調べを行う」
玄峰さんが?
離宮で見せていた笑顔の欠片もない威圧感のある形相は、彼の本当の姿を知らなければ震えあがっていただろう。
それから私たちは牢から出されて、応龍殿の隣にある白澤殿に連れていかれ、うしろ手に縛られていた私と子雲さんは、床に座るように指示された。




