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青鈴の冷たい態度は相変わらず続いた。

でも、喧嘩をしても強い絆で結ばれている劉伶さまたちを見て、私から話しかけることだけは続けていた。



「青鈴。今日の海鮮炒め、すごくおいしかったよ。やっぱり最後のごま油がいい仕事してる」



私たちは劉伶さまたちに出したあと、残りの料理をいただくこともある。

青鈴が作った海鮮炒めを食べたので素直にそう伝えた。



「そう」



けれども目を合わせることもなく素っ気ない返事。

それが悲しくもあったが、私は青鈴が好き。

その気持ちだけは伝え続けようと思っていた。



それから十日。

『次の茶会はいつ?』という妃賓からの質問がたくさん届いたので、なにを作ろうか考え始めていた。



「青鈴はなにがいいと思う?」



昼食が済んだあと彼女にも尋ねる。

相変わらず言葉少ない彼女だけけど、一瞬視線を合わせてくれた。それだけでも大きな進歩だ。



「麗華って、鈍いの? それとも馬鹿なの?」

「えっ……」



喜んでいたのもつかの間。辛辣な言葉を投げられて、手の先が冷えていく。



「そんなんじゃ、後宮で生きていけないんだから。もっとしっかりしなさいよ!」

「青鈴……」



冷たい発言をしているに、まるでそれを言うのをためらっているかのように彼女の声が震えている。



「うん。そうだね。しっかりしなくちゃ」



そう返すと彼女は唇を噛みしめて厨房を出ていってしまった。



「馬鹿かもね……」



彼女の言う通り、後宮で生きていくならもっとしっかり、そして強くならなければ。

李貴妃のような妃賓と対峙できない。料理が好きというだけで生き残れるほど甘くない。


でも、劉伶さまが望むように、余計な争いごとはしたくない。



「麗華さま、大丈夫ですか?」



私たちの様子を見ていた子雲さんが心配している。



「大丈夫ですよ。そうだ、子雲さんなら茶会になにが食べたいですか?」



気分を上げるために思いきり笑顔を作る。



「私は甘い物はちょっと……」

「そうでした。夕食に酢豚を作りますから、残しておきますね」

「私のことはお構いなく」



彼も玄峰さんと同じく肉料理をもりもり食べる。


へこたれていないで、次を考えよう。

劉伶さまの作る理想の彗明国をずっと近くで見ていたいから。


そんなことを思いながら、房へと戻った。



それから四日後の茶会には中華まんを出すことにした。


中華まんは、劉伶さまのための食事にも何度か出している。

ただ、中身は甘い餡ではなく、肉や野菜ばかり。それを甘い物に変えれば、菓子として出すことができそうだ。


私は何種類か餡を用意して、好きな物を食べてもらうことにした。


餡は、むくみを解消する小豆、便通改善や美肌効果を狙った黒ごま、血を養うという甘酸っぱい棗、慢性疲労や下痢に効く蓮の実を用意した。

その中には体を温めて肌の老化防止になる胡桃や、髪に潤いを与える松の実を入れることも忘れずに。


それを小さめに作って、いくつか選択できるように工夫もした。



調理には尚食の女官が力を貸してくれたものの、やはり青鈴の姿はなく、雪解けはなかなかやってこない。


会場となる後宮の中庭には、前回よりさらに多い妃賓や女官が集まっていた。



「本日は中華まんをご用意しました。中の餡がそれぞれ違いまして、薬膳としての効能は――」



説明を始めると、劉伶さまがやって来るときと同じように入口がざわつきだし、なんと李貴妃が姿を現した。


姿を見るのはあれ以来だけれど、相変わらず美しい。背筋を伸ばし歩揺を揺らしながらゆったりと歩くさまも貫禄があり、さすが後宮の頂点に君臨する女性だと感じる。



「私も交ぜていただけます?」

「もちろんでございます」



まさかの申し出に目を丸くしながら、李貴妃の席を慌てて設けた。


そしてさらに……あとを追うように劉伶さままで姿を現したので、女官たちのざわつきが収まらない。



「以前より盛大だな」

「陛下……。なにをしている。皆、顔を伏せなさい」



李貴妃が慌てて指示を出すものの、劉伶さまは首を横に振る。



「余が許可した。宴は楽しむためのものだ。これを機に、妃賓同士仲良くしてもらいたい」

「承知しました」



李貴妃は劉伶さまの前ではすこぶる腰が低い。

私に茶を投げつけた人とは思えなかった。



「朱麗華。余にも頼めるか」

「もちろんでございます」



尚食の仲間から追加を受け取り劉伶さまの準備もしたあと、説明を続けた。


そして宦官の毒見のあと、劉伶さまが中華まんを口に運ぼうとしたそのとき。



「陛下、お待ちください」



李貴妃が口を挟む。



「どうした?」

「尚食、朱麗華にはよくない噂がございます」



突然なにを言い出すの?

唖然として李貴妃を見つめる。



「よくないとは?」

「はい。宦官、黄子雲と結託し、皇位簒奪を目論んでいるとか」



とんでもない発言に思わず立ち上がった。


皇位簒奪って、そんなことをするわけがない。

しかも私になんの利益もない。



「それは真実か?」



先ほどまで柔らかかった劉伶さまの視線が瞬時に尖る。



「はい。朱麗華は地方の出です。地方の軍にそそのかされ、光龍帝さまを暗殺して昇龍城を乗っ取るという役割を果たすために後宮入りしたという話です」



肌が粟立つ。

なにを馬鹿なことを言っているの?

貧しい村に軍などないし、その日を生きるのに精いっぱいで、国政を乗っ取るなんて考えたこともないはずだ。



「李貴妃。そのような発言、間違っていたならばそなたの責任を問われることを承知の上か?」



劉伶さまは表情ひとつ変えることなく淡々と話を続ける。

ひとつの救いは、あの村のことを劉伶さまがよくご存じだということだ。


ふたりがやり取りしている間に、私や子雲さんの周りには宦官が数人近づいてきた。



「もちろんでございます。この者、陛下に陳皮酒を振る舞っているとか。その酒に毒を仕込んだという情報を耳にいたしました」

「嘘。そんなことしません!」



我慢できなくなり口を挟むと、とうとう宦官に腕をつかまれた。



「どこからの情報だ」

「はい。朱麗華と同じ尚食の徐青鈴でございます。陛下に振る舞う酒のことを常々話していたということです」



青鈴? 嘘……。



「朱麗華。前に出よ」



怒気を含んだような声で劉伶さまに促された私は、宦官に無理矢理引きずり出され、跪いた。

子雲さんもつかまっているのが見える。



「李貴妃の言っていることは本当か?」

「違います。毒なんて……断じてそのようなことは致しません」



毒を盛られて苦しんだことを知っている私が、劉伶さまに同じことをするなんてありえない。

きっとそれを彼もわかってくれていると信じて訴える。



「今すぐ酒を調べろ。それと徐青鈴をここに」



劉伶さまの指示が飛び、隣に青鈴が連れてこられた。


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