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5

翌朝からも尚食として劉伶さまたちの食事を作った。

劉伶さまの体調が特に悪いわけでないときは、白露さんが献立を立ててその中の数品を担当する。



「青鈴、卵取って」



いつも青鈴と組んで調理をしていたが、今日は別の物を作っていた。

彼女の近くに卵があったので頼んだけれど、聞こえなかったのか反応がない。



「青鈴?」



もう一度声をかけると、彼女は卵を私の前に乱暴に置いたので割れてしまった。



「忙しいの。自分でやって」

「ごめん……」



すこぶる不機嫌な様子を見て、香妃にもらった歩揺を思い浮かべていた。

やはりいただくべきではなかった。でも、あそこで固辞したとしても、青鈴は気分がよくなかっただろうし。


私はなにも青鈴から仕事を奪いたいわけでもなく、賞賛が欲しいわけでもない。誰かが自分の作った料理を『おいしい』と食べてくれれば十分なのに。

その結果、後宮の妃賓たちが心を通わせ、劉伶さまが望む血の流れない平穏な日々が訪れればいい。


忙しい時間に青鈴とじっくり話すことも叶わず、仕方なく自分で卵を用意して調理を続けた。


それから青鈴は、私がどれだけ話しかけても反応しなくなった。

尚食の他の仲間とはそれまで通りだったものの、青鈴とは特に仲がよかったので胸にぽっかりと穴が開いたようだ。

それでも、彼女の気持ちがわからないではないのでなにも言えないでいた。



香妃に食事を作ってから十日後。

ようやく劉伶さまが房にやってきた。もちろん子雲さんと入れ替わってだ。



「麗華。会いたかった」



彼は私の顔を見るなり、緩やかに口角を上げて手を握る。



「茶会は見事だ。あれほどの妃賓を集めるとは」

「劉伶さまがいらしてくださるからです。それに、女性の悩みを解消しそうな菓子にしましたのでそのせいかと」

「男の俺もおいしかったよ。一番好きなのは杏仁豆腐だな」



皇帝陛下からこんな感想をもらえていることが奇跡なのに、茶会を一緒に盛り立ててきた青鈴のことが頭をよぎって心から笑えない。



「ですが男性は、菓子より腹にたまる食事のほうがお好きでは?」

「まあ、それも好きだ。結局麗華が作る物ならなんでもうまいんだよ」



彼は私の手を握ったまま話し続ける。



「ありがとうございます」

「麗華。どうして俺を見ない。まさかまたなにかされたのか?」



焦った様子で私の肩を揺さぶる彼に慌てる。



「大丈夫です。子雲さんがついていてくださいますのでなにも」

「それなら、どうした?」



うつむき加減の私の顔を覗き込み尋ねてくる。



「友人を失いそうで」



私がなにか仕掛けたわけでもなく、どうしたらよかったのかもわからない。

そもそも香妃の食事なんて引き受けたのが間違いだったとも考えたが、最初に依頼してきたのは青鈴だ。



「それは……」

「あっ、でもきちんと話をすれば大丈夫です」



国政のことで頭を悩ませている彼にこんな弱音を吐くべきじゃない。



「麗華はすぐにそうやって強がるんだ」

「えっ?」

「平気じゃなくても平気な顔をする」



思わぬ指摘に瞠目する。



「そんなことは……。それにそれは劉伶さまですよ!」



陳皮ゆり根酒を毎晩飲んでいるとはいえ、朝までぐっすりとはなかなかいかないのに、先頭に立ち国を導いている。眠れないことなんておくびにも出さず。



「俺は平気だ。俺には博文も玄峰も……そして麗華もいる」



あまりに真剣な表情でつぶやくので、胸が苦しい。



「そう、でした。それなら私も平気です。劉伶さまがいてくださいますから」

「うれしいことを言う。でも、なかなかそばにいられなくて残念でたまらない」



たしかに、最近は一日に三度、食事の前に声を聞けるだけ。

しかし、彼が私を大切に思ってくれていることは伝わってくるので十分だ。



「私たちの作った料理を褒めてくださるだけで幸せです」

「なんと欲がない女だ。その友人のこと、どうにもならなくなったら子雲を通じて耳に入れろ。友は、大切だからな」



遠くを見つめそうつぶやく彼は、きっと博文さんたちのことを考えている。



「博文さんと玄峰さんとはどのように知り合ったのですか?」

「博文は科挙で一緒だった。俺が一位で、あいつが二位。俺は皇帝の血を引いてはいたが、文官としてこの国の役に立てればいいと思っていたから、文官としての職務は本当に楽しかった」



劉伶さまはその頃のことを思い出しているのか、優しい笑みを浮かべている。



「玄峰は翌年に受けた武挙試験にいた。どの男より力が強く剣術も優れていた。がっ、熱すぎて我を忘れるようなところがあって冷静さを欠くなんて言われていたんだが、俺はそんなところが気に入って一緒にいるようになったんだ」



そこから長い時間を共有する間に、刎頸の友と言うまでになったのか。



「喧嘩はされなかったんですか?」

「したさ。離宮でもしてただろ?」



たしかに習慣のように小競り合いをしていた気もする。



「でも、あのふたりは俺を地獄から救ってくれた。俺のために地位も昇龍城も捨てた。だから俺も、絶対に裏切らない」



文官や武官として活躍していたのだから劉伶さまと一緒にここを離れなくてもよかったのに、彼と運命を共にしたんだ。



「素敵な人たちですね」

「あぁ」

「子雲さんは?」



ふたりのことはわかったけれど、同じくらい信頼しているように見える子雲さんはいつ知り合ったのだろう。



「子雲は……。過酷な運命を背負った男なんだ。俺はあいつを死なせたくない」

「死なせたくない?」



出会いについて尋ねたのにそれについては触れず、妙なことを言いだした。



「いや。子雲も大切な仲間だ。後宮ではあいつしか頼れない。なんでも言うんだぞ」

「はい。それに、皆さんのことを聞いていたら大丈夫だと確信しました。喧嘩をしたとしても大切な友であることは変わらないですよね」



互いに命を預けてもいいと思うほど強い絆で結ばれている三人がうらやましい。

青鈴といつかそんなふうになれるといいな。



「麗華の強さには参る。お前が皇后となり後宮を導いてくれたら最高だ。もう少し待ってくれ。地方の状況が大体つかめたから、博文を向かわせたんだ。最後の話し合いにね」



そうだったのか。

彼ならうまく反乱軍を誘導してくれるだろう。



「離宮が懐かしいな」



次にしみじみとした様子でそうこぼすのでハッとする。

皇帝の座より平穏な日常が欲しかったのだろう。

けれど、彼が皇帝にならなければあの村は疲弊して大変な事態になっていたはずだ。



「そうですね。でも、私たちはここに生きています。ここで劉伶さまの目指す未来を見ていたいです」



きっと私を後宮に招いたことを後悔していると感じたのでそう言った。



「あはは。参ったな。麗華には励まされてばかりだ。こんなに弱い皇帝、情けないな」

「違いますよ。劉伶さまは優しいんです」



小さく首を横に振ると、抱き寄せられる。



「そんなことを言うとますます愛おしくなる」



やはり彼のそばにいたい。それなら踏ん張るしかない。


それから彼は陳皮ゆり根酒をおいしそうに飲み、名残惜しそうに戻っていった。


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