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茶会はそれから五日後。
杏仁豆腐だけでは寂しいと、青鈴と相談して馬拉糕をも作ることにして、しかも大量に用意した。
というのも、范貴妃が出席されるということで、妃賓の多くが興味を示して参加人数が前回の倍以上になったからだ。
せっかく妃賓が集まるのだからと、范貴妃が礼楽を行う尚儀の女官に声をかけ、楽器の演奏まで行われるという盛大さ。
後宮をひとつにしたいと考えて始めた小さな一歩が、これほど急速に広がりを見せるとは。
まだまだひとつになるには遠い道のりだが、妃賓たちがいがみ合いけん制し合うだけでなく、仲良くそして楽しく過ごせるようにしたい。
尚食の仲間に菓子を配ってもらう間に、説明を始める。
「本日の馬拉糕は甘さを控えめにしました。その代わりに肌を潤し、便通をよくする杏で作った餡を添えてあります。他には老化防止に効果があるという栗を入れた物や、甘い香りが特徴で月経不順に効果があると言われる丁子(グローブ)を用いた物などのご用意がありますので、お好きな物をお受け取り下さい」
そう言い終えたとき、中庭の入り口がざわつきだした。
いったい何事かと思い視線を向けると、「陛下がお渡りになる」という宦官の声が耳に届く。
劉伶さまが? まさかここに?
「尚食の者、陛下の菓子も用意しなさい」
そして次にそんな指示が飛んだので、劉伶さまがやってくるのが間違いではないとわかった。
青鈴と顔を見合わせ菓子と烏龍茶を用意すると、大勢の宦官が姿を現したあと光龍帝がやってきた。
出席している貴妃をはじめ女官たちはいっせいに叩頭してお迎えする。もちろん私も。
こうしたときに陛下のおもてなしをするのは、位の高い妃賓、つまり今日は范貴妃ということになる。
先ほど宦官が用意していた椅子に座ったと思われる音がすると、范貴妃の声がする。
「陛下が茶会にいらしてくださるとは。ありがとうございます」
「楽しそうな催しがあると聞いてな。余は後宮の皆には穏やかに過ごしてもらいたい」
「そのように」
范貴妃が恐縮している。
「皆、顔を上げなさい」
劉伶さまの発言にざわつきが起こる。
私たちのような下級女官は生涯陛下の顔を見ることが叶わないというのが当然のように語り継がれているからだ。
「どうした。そうでないと菓子は食えぬぞ」
ためらう妃賓や女官に優しい声をかける劉伶さまは、素の彼に近いのかもしれない。
「それでは失礼いたします」
貴妃の声とともに、一斉に皆が顔を上げた。
一瞬静寂が訪れたのは、皆緊張しているからかもしれない。
いや、眉目秀麗な光龍帝に目を奪われている?
私は范貴妃を含め、この中の数人が将来彼の子を孕むのかもしれないと考えると、少し胸が痛くなった。
宦官が毒見をしたあと、宴の始まり。
尚儀が高らかに楽器を演奏し、舞を舞う。
その中で、私たちが作った杏仁豆腐と馬拉糕がどんどんなくなっていった。
「まさか、陛下がお越しになられるとは」
小声で青鈴がつぶやく。
「うん。驚いたわね」
妃賓たちは尚義の舞より劉伶さまに目を奪われていた。
二刻ほどで舞が終わり、どちらの菓子もすべて食べてくれた劉伶さまが戻ることになった。
「いつも余を支えてくれて感謝している。余は争いを好まぬ。後宮で無用な争いをして血を流すようなことがなきよう」
最後に凛とした声で私たちに釘をさしたあと、一瞬私に視線を合わせてから去っていく。
「陛下が私たちに『感謝している』とおっしゃったわ!」
「なんて素敵な方なのかしら」
うしろ姿が見えなくなると、すぐさま妃賓や女官のおしゃべりが始まる。
これほど光龍帝に憧れている人たちがいる。
彼の寵愛を受けることの重大さを知り、身震いするほどだった。
「朱麗華」
そのとき、范貴妃から声がかかり、慌てて向かう。
「はい」
「とてもおいしい菓子でした。それに、妃賓たちと交流できてよかったわ。陛下までお渡りになられて……。是非また開いてください」
「ありがとうございます」
范貴妃の人となりをまったく知らなかったが、李貴妃に辱めを受けているので少し怖かった。けれども彼女は気性の穏やかな人のようで安心した。
それからはひたすら尚食として働いた。
顔を伏せたままではあるけれど、皇帝としての劉伶さまの『ありがとう』とか『働きに感謝する』という声を聞くだけで満足していた。
劉伶さまはやはり私の房に来ることが簡単ではなく、最後にふたりで会ってからもうふた月が経過している。
その間に数回茶会を催し、参加人数がすさまじい勢いで増えているのはうれしい限りだ。
しかも劉伶さまが政の忙しい合間を縫ってほんのわずかな時間でも来てくれる。
それはおそらく、私が後宮の妃賓たちの間を取り持ちたいと思っていることがわかっているからだ。
皇帝陛下のお顔を拝見したいという妃賓がやってきて、菓子を気に入るということも増えた。
そして、自由に動けない劉伶さまの代わりに子雲さんが竜眼肉やゆり根酒を取りに来るようになった。
「陛下は安眠なさっていますか?」
「安眠とまではいきません。ただ、起きられる回数は減っていると思います」
よかった。少しずつ効いてくればいいのだけれど。
地方の反乱軍の件も気になってはいるが、私にどうにかできることではない。おそらく博文さんや玄峰たちに支えられて、よき方向に導いているはずだ。
そんな会話を交わしているところに青鈴が通りかかったので、子雲さんはすぐに去っていった。
「陛下に薬膳を?」
話が聞こえていたらしい。
「うん。前に言ってたでしょ。寝つきが悪いそうなのでゆり根酒をね」
あまり話すべきではないとは思ったが、子雲さんがなにかを持っていったことは見られてしまったので正直に告げる。
青鈴が皇位簒奪を狙うわけがないし、尚食の仕事を楽しんでいる。大丈夫だろう。
「そっか。麗華はすごいよね。陛下の体まで管理してるんだもん」
「医者がいるんだし、私の薬膳は気休めよ」
幸い劉伶さまは喜んで食べてくれるけど、必ず効くという保証はないのだし。
「それにしてもね。香妃も麗華のこと相当気に入ったみたいよ。范貴妃も毎回茶会を楽しみにしてるんだって。麗華、大活躍ね」
そのとき、一瞬青鈴の表情が曇ったのは気のせいだろうか。
「青鈴も手伝ってくれてるじゃない。一緒にお肌すべすべにしようよ」
「そうね。おやすみ」
最後にいつもの笑みを見せた彼女は立ち去った。
茶会を催すようになってからは、范貴妃をはじめ高い身分の妃賓から体質の悩みを相談されることも増え、尚食の仕事以外の調理の時間も増えていて、てんてこまい。
しかし、皆が笑顔で食べ物を口に運ぶ様子は、私にとっても癒しだった。
辺境の地で暮らしていただけの私が、国の中心の昇龍城で食事を提供していることが今でも信じられない。
それでも劉伶さまの理想の国づくりに、少しでも役に立てればと祈るばかりだ。
李貴妃からの接触はあの日以来一度もない。
子雲さんを通して劉伶さまから茶会の成功を快く思っていないはずだから気をつけてと言伝があったが、子雲さんが常に近くにいてくれるので、李貴妃の息がかかった人物が近づくということもなかった。
その日は香妃の要望で、肩こりに効く薬膳料理を用意することになった。
肩こりは、気が滞る気滞、もしくは血の巡りが悪い瘀血の状態であることが多い。
青鈴と相談して、どちらにも効果的な茉莉花茶をまずは飲んでいただくことにした。
料理は血や気を補う鶏肉をこれまた血を巡らせる青梗菜と一緒に汁物に。気を巡らせるには柑橘類が効果的なので、陳皮も少し加えておいた。
他には香妃が好きだと言う炸醤麵も。炸醤と言われる肉味噌には瘀血に効果があるしいたけをたっぷりと入れてある。
それ以外にも何品かこしらえて青鈴と持っていくと、香妃は満面の笑みで食している。
「麗華さんの薬膳料理はおいしい体にいいし最高ね。ねぇ私の食事を担当しない?」
提案された瞬間、隣の青鈴が少し身じろぎしたのに気づいた。
もともと香妃に目をかけてもらっていたのは青鈴だ。
それでは彼女の地位を奪うことになる。
「ありがたきお話ですが、香妃さまには青鈴がおります。彼女の料理がとても美味なことはご存じかと」
そう言うので精いっぱいだった。
香妃も青鈴に悪いと思ったのか、私を専属の料理人にすることはあきらめてくれたが、いつものお礼と金の歩揺を授けてくれる。
青鈴ももらったことがあるのだろうか。
それをこの場では聞けず「ありがたく頂戴します」と受け取り宮を出た。
「私に気なんて使わなくていいのに。麗華が香妃の料理番になれば……」
手に持つ歩揺をチラリと見つめた青鈴は、顔をこわばらせてそう言うとそそくさと自分の房に戻っていった。
彼女は後宮に入って最初にできた友人だ。しかも、私たちはいつも協力して調理してきたし、香妃との縁も彼女がつないでくれた。
そんな青鈴との間にわだかまりを作りたくない。
けれど、今の私にはどうすることもできなかった。
香妃からいただいた歩揺は、身に着けることなく大切にしまっておくことにした。
尚食の女官である私には身分不相応というもの。
それに、せっかく仲良くなった青鈴と溝を作りたくない。




