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菓子は後宮の外から宦官に持ち込んでもらうことがほとんどで、後宮内で作られることはあまりないと聞いた。

香妃に分けてもらった月餅のように、珍しいものなのだ。



「お茶は普洱(プーアル)茶をご用意しました。動物性の脂肪を分解する効果があり、こちらも体型維持に最適です。どうぞお召し上がりください」



菓子でありながら、女性が気にしていることを改善したいと奮闘した品になっているはず。

妃賓たちに仕えている女官がまずは口をつける。毒見だ。



「まぁ、すごくおいしい」



するとすぐにあちらこちらから賞賛の声が湧き起り、香妃をはじめとする妃賓たちも笑顔で食べ始めた。

どうやら大成功だったらしい。

積極的に調理を手伝ってくれた青鈴と顔を見合わせ、笑い合った。


普段はそれぞれ宮に籠り、他の妃賓とは交流が少ないと聞いていたけれど、近くにいる妃賓同士、菓子の感想を言い合ったりしているうちに話が盛り上がってきた。

私も青鈴と一緒に餅を口に放り込みながら、その様子を観察する。


誰が光龍帝の寵愛を賜り子を孕むかという競争のせいでギスギスしている後宮が、ほんのひととき和んだ気がする。

もちろん、その競争がなくなるとは思えない。

けれどもその権利を手にするために邪魔な妃賓を殺めるなんていう馬鹿な争いはなくなってほしい。


もし将来、私が皇后となったとしても、劉伶さまが別の妃賓のもとに通うことは皇帝としての仕事のひとつだとあきらめるつもりだ。皇帝は、跡継ぎを残すというのも大きな仕事だから。


本当ならあの離宮で私だけを愛してもらいたかった。けれど、それはもう叶わない。

一抹の寂しさを覚えつつ、彗明国のためならばと考えていた。



茶会から五日後。

子雲さんと入れ替わった劉伶さまが私の房にやってきた。



「麗華」



久しぶりに聞く彼の柔らかな声が私の心を和ませる。



「もうすっかり風邪は治られたんですね」

「あぁ。麗華のおかげだ。まあ、滞っていた政の処理で博文に絞られているけどね」



彼はクスリと笑みを漏らす。



「あれからはなにもない?」



私の左頬に触れて困惑の表情を浮かべる彼に、首を振る。



「大丈夫です。子雲さんがそばにいてくださいます」



李貴妃からの呼び出しはないし、宦官や女官からの接触もない。



「子雲ではなく俺が守りたい」



彼は唇を噛みしめているけれど、こうして房に来てくれるだけで十分すぎる。



「劉伶さまは国を導くお仕事がありますもの。それに、国が平和でなければ私も幸せではありません」

「優しいんだな、麗華は」



口角を上げる彼は、私を腕の中に閉じ込めた。

彼はしばしばこうして私を抱きしめるようになったが、本当に心地いい。不安が一瞬で吹き飛んでいく。



「今、少し地方に不穏な動きがある。兵を集めている地域があるんだ。そこを抑えなければならない」



先日話していた件だ。私は一旦離れて彼の目を見つめる。



「切羽詰まっているのでしょうか?」

「いや。そういうわけではないが、今の状況に不満があることはたしかだろう。芽が小さなうちに摘んでおく必要がある」



たしかに一理ある。



「大国を治むるは小鮮を()るが若しと言う。まずは博文の臣下の文官を数人派遣して、彗明国の発展のために働けば決して排除はしないとわかってもらい、地方でなにをすべきか考えさせるつもりだ。地方には俺たちにはわからない事情もあるだろうからね」

「小鮮を烹る……?」



やはりなにを言っているのかわからない。



「ははは。小魚を煮るときに、必要以上にかき混ぜたらどうなる?」

「身が崩れます」

「うん。つまり、大国を治めたいのなら、小魚を煮るときのように必要以上に手出しをするなということだ。禁軍を使って圧をかけるのは簡単だ。でもそれでは必ず強い反発が生まれる」



なんて思慮深いのだろう。

無理矢理従わせれば反発勢力の勢いが増す。だから、文官を使って今後について冷静に考えさせようとしているのだ。

やはり彼は彗明国の頂点に立つべき人。

なにものをも凌駕する劉伶さまのそばに私がいていいのかと不安になるほどだった。



「それが一段落したら、麗華を皇后にと考えている」

「私……」



彼の上衣をつかみ視線を絡ませる。

劉伶さまの瞳の奥には、離宮の頃の優しさと皇帝としての威厳の両方が宿っている。

こんな人に愛されて、どれだけ幸せなのだろう。

でも、彼は私だけのものには決してならない。



「どうした?」

「いえ。劉伶さまにふさわしくなれるように努力します」

「もう十分だよ」



目を弓なりに細める彼は、柔和な声で囁いた。



「そういえば、茶会をしたとか」



子雲さんから聞いたのか。



「はい。できれば後宮の妃賓同士仲良くしていただきたいと思って。せっかく劉伶さまが血を流さないようにと奮闘されているのに、後宮で無用な争いごとがあっては残念ですから」

「そんな思いがあったのか。たしかに後宮は代々恐ろしい場所だと言われている。皇帝の子を産みたい妃賓だけでなく、有力な妃賓についてのし上がりたい宦官もいる。ある意味、地方の軍より質が悪い」



彼は腕を組み、難しい顔をする。



「麗華のその志は素晴らしい。だが、決して無理はするな。どれだけ論を尽くしてもわかり合えない人間がいることも覚えておいて」



もしかしたら、香呂帝がそうだったのかもしれない。腹違いとはいえ、兄を死に追いやりたくなかったはずだ。



「わかりました。でも私、自分が作った物を笑顔で食べてもらえるのがうれしいんですよ」

「そうか。麗華の作るものは本当にうまい。今晩の東坡肉(トンポーロー)も最高だった。玄峰が博文の分まで食べて喧嘩をしていたよ」

「えっ? あははっ」



国を動かしている人たちが食べ物で喧嘩なんて。

けれど離宮での食事の風景を思い出して、ふと心が和んだ。



「そういえば、ゆり根酒がそろそろよい頃です」



私は自分の部屋の奥に隠してあった陳皮ゆり根酒と、竜眼肉を取り出した。



「懐かしいな。これを飲むと次第によく眠れるようになって。でも、麗華と一緒に眠りたくてもう大丈夫だとは言わなかった」



え!

まさか彼も効果を実感していて、私の手が必要ないとわかっていたなんて。

しかも、私と同じように一緒に過ごしたいと思っていたんだ。


驚嘆していると、彼はゆり根酒をグイッと喉に送る。



「毎晩子雲さんに蒼玉宮に運んでいただきます」

「うん。毎日来たいけど無理そうだ」



万が一彼の出入りが知られてはまずい。

今は後宮に波風を立てるべきではない。地方の軍を抑えるのが先だ。



「劉伶さま。劉伶さまはひとりじゃありません。皆が劉伶さまを守ります。もちろん私も」



毒を盛られたという苦しみや、それに加えて兄を死に追いやったという懺悔もひとりで背負わなくていい。

離宮で何度も伝えてきたことを改めて口にする。



「ありがとう。麗華は俺が守る」

「はい」



彼は私をもう一度抱きしめてから戻っていった。



茶会の噂はどんどん広がり、ついに范貴妃の耳にも届いた。

貴妃付きの宦官から、次の茶会はいつかという発問があったのだ。



「今度はなにを作ろうかしら」



昼食のあと青鈴に相談すると彼女もしばし考えている。



「やっぱり菓子がいいわよね。菓子できれいになったり体型が維持できるなんて素晴らしいもの」

「でも食べすぎたら意味がないのよ」



前回の茶会でも、何度もそこは強調しておいた。

薬膳は特効薬ではないので、すぐに肌がきれいになるわけでも、体が絞れるわけでもない。ちょっと手助けをする程度だから。


でも、離宮で陳皮ゆり根酒が劉伶さまに効果があったと知ったので、薬膳料理の可能性をより強く感じている。



「わかってるんだけど、麗華の作る物はおいしくて、つい食べすぎちゃう」

「ありがと」



香妃からはあれから時々依頼があり、青鈴と一緒に食事を作って届けることがある。その残りをふたりで分けることもしばしばなのだ。



「杏仁豆腐にしようか」

「それ、私好きなの!」



青鈴が喜んでいる。



「杏は、咳止めの効果が一番知られているんだけど、肌も潤すの。あとは便通もよくなるって言われてる。それと、枸杞の実も使おうか。これは老化防止の効果があるわよ」

「楽しみになってきた。たくさん来てくれるといいね」



満面の笑みで微笑む彼女は、とても楽しそうだった。


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