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「私は……後宮の妃賓や女官は、光龍帝を支えるための存在でなければならないと思います。跡継ぎが大切なのはわかります。でも、彗明国が繁栄してこそ」



たとえ次期皇帝を産んだとしても、彗明国が滅びていたら意味がない。



「おっしゃる通りです」

「それなら後宮の揉め事で、劉伶さまの心を乱すべきではありません」

「しかし、おひとりで李貴妃と対峙されるのはとても……」



彼が躊躇するのはわかる。

彼女にはたくさんの宦官や女官がついている。もしかしたら香呂帝のときのように、政の乗っ取りを企んでいる宦官が彼女を利用しようとしている可能性もある。



「ひとりでなければいいんです。味方を増やします」

「どうやって?」



子雲さんは目を丸くする。


できるかどうかはわからない。

もしかしたら李貴妃に煙たがられて、命を狙われる事態に陥らないとは限らない。それでも、やらなければ。



「私には薬膳しかありません。それでなんとか。どうしても無理だと思ったときは、陛下にすがります。だから陛下のお耳に入れるのは少し待ってください」



子雲さんは表情をゆがめ、唇を噛みしめる。

きっと劉伶さまから私のことを随時耳に入れよと言われているのだろう。


けれど、私は私の力で血なまぐさい陰謀渦巻く後宮を、皇帝陛下――いや国を支える基盤となるような場所にしたい。

自分でもなんて大それたことを考えているんだろうと呆れる。

だって、つい先日までただの貧しい市井の娘だったのだから。

しかし、命をかけて彗明国の国民を守りたいという劉伶さまの気持ちが理解できるからこそ、その夢の実現のための歯車になりたい。



「陛下も頑固な方ですが、麗華さまもそうらしいですね。わかりました。ですが後宮内では必ず私を伴ってください。それと、麗華さまのお口に入るものの毒見は私がいたします。それを了解してくださることが条件です」



どうやら子雲さんもなかなか頑固らしい。



「わかりました。よろしくお願いします」



子雲さんが毒見をすることは早いうちに周りに知らしめよう。そうすれば安易に盛る人間もいないはずだ。


私が手を差し出すと、彼はためらいながらも握ってくれた。

これは刎頸の友の証。

劉伶さまたちが信じる彼を私も信じる。



夕食の時間まで必死に顔を冷やしたら赤みは飛んだ。

火傷をしたわけではなさそうでホッとした。


その晩も劉伶さまには粥を用意した。

粥には瘀血にも効果的な(はまぐり)を入れてある。蛤の殻は“海蛤殻(かいごうかく)”という咳や痰に効く漢方としても知られている。

蛤から湯が出て味もなかなかいい感じ。


他にも口当たりのよさそうなものを数品用意して、応龍殿に向かった。


薬膳料理のおかげか、医者の薬か、はたまた自己治癒力か、劉伶さまはとても元気になった。明日から政にも復帰するという。

さすがに今晩もここにとどまることは難しく房に戻ろうとすると、劉伶さまは博文さんと玄峰さんを部屋から出してふたりきりになった。



「麗華。お前がいてくれてどれだけ心強かったか」



彼はそう言いながら、私の左頬にそっと触れる。李貴妃にぶたれた左頬に。



「どうしたんだ」



気づかれていたの? 

もうわからないと思っていたのに。



「あ……えっと、歩いていたら柱にぶつかってしまって」

「柱って……」



とっさに嘘をつくと、彼は肩を震わせる。

しかし、次の瞬間真顔に戻り、私を抱き寄せた。



「くそっ。どうしたらいいんだ。俺が動くと命のひとつやふたつ、すぐにとんでしまう。どうしたら、麗華を守れるんだ」



誰かになにかをされたと気づいているんだ。

子雲さんはあれから私とずっと一緒だったので、なにも伝えていないはずなのに。

しかも、彼が怒りを表すということは、厳罰を下すということなのだろう。皇帝のひと言はそれほどまでに重いのだ。


李貴妃に叩かれはしたが、牢につながれたり拷問を受けたりするほどのことをされたわけではない。



「麗華を苦しめるためにここに呼んだわけじゃないのに」

「わかっています。私は私ができることをして、劉伶さまのそばにいます」



そう伝えるので精いっぱいだった。

大切な人が皇帝だっただけ。

そのためにたくさんの制約があるけれど、一緒にいたいのなら乗り越えるしかない。



「麗華……。俺は必ず民を幸せにする。だから少し耐えてほしい」

「もちろんです。劉伶さまは私の大好きな村の人たちを救ってくださるんです。こんなにうれしいことはないんです」



香呂帝のままだったら、村は今頃飢えに苦しんでいたかもしれない。助かるはずの命が失われていたかもしれない。



「ありがとう。子雲に離れないように言っておく。俺もできる限り房に行く」

「はい。お待ちしています。もう行きますね」



皇帝にあんなに狭い部屋に来てもらうことが正しいわけがない。でも、今はそうするしかない。

蒼玉宮は後宮の妃賓の視線が常に向いている。そんなところでは会えない。



「……うん」



当惑の表情を浮かべる彼は、最後に私の手を握り視線を絡ませてから離れた。



翌日からは尚食の仕事も元通り。

けれども劉伶さまの体調がまだ万全ではないかもしれないので、しばらくは葛茶をつけた。


相変わらず皇帝と女官という立場では視線を合わせることも叶わない。でも、「美味であった」というひと言を聞くたび、心躍らせていた。



後宮では子雲さんに、私が薬膳の知識を生かした菓子を作り、お茶会をすると広めてもらった。

最初はいつも一緒に働く尚食の仲間から始めるつもりだったが、香妃が興味を示し、それならと白露さんに頼み大掛かりな茶会を開くことにしたのだ。

これを通して後宮の妃賓や女官のつながりを作りたい。


ほとんど互いのことを知らずけん制し合っているばかりでは雰囲気は悪いし、いつか憎き相手を殺めるという事態に発展しそうたったからだ。


実際、香呂帝の後宮では何人もの妃賓が不審死をしたり、生まれた赤子が殺されたりしている。それもすべて皇帝の座をめぐる争いだ。


劉伶さまがどの妃賓のもとにも渡らず、男色だという噂が立っているのでそこまでのことは起こっていないが、李貴妃の激憤を見ていると遠からずそうしたことがあるかもしれないと感じた。

しかも、その矛先は私に限らないと。

そうなる前に、つながりを作っておきたい。

私は互いに情が湧けば、簡単に人を殺めたりできないのではないかと考えていた。



お茶会には香妃をはじめとして妃賓が三人。そして興味のある女官が十人ほど。さらには、尚食の仲間が参加した。



「本日はさつまいもを使いました餅菓子をご用意しました。さつまいもは便通の改善に役立ち毒を排出しますので、肌荒れに効果があります」



後宮の中庭に集まった妃賓たちに、尚食が菓子を配り始める。



「餅を作りました餅米は、体を温めます。また活動の源である“気”を補う効果が大変強く、疲労回復にも効きます。それと、気が不足すると新陳代謝が落ちて脂肪がつきやすくなるんです。ですから適度にお召し上がりいただけると、体型維持にも役立ちます。あくまで適度に。食べすぎは厳禁です」



効能を話すと、妃賓たちは目を大きくして驚いている。



「上に散らしてあります黒ごまは若返りをすると言われます。これも便通改善、美肌に効果があります。最後に餅の甘味はさつまいもの甘味だけでして、水飴をかけました。水飴は“膠飴こうい”と言われる漢方でもありまして、胃腸の調子を整える効果があります」



女官たちも目を輝かせている。


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