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粥と葛餅、それと博文さんと玄峰さんの分として湯をとった鶏でピリッと辛い棒棒鶏と、卵ときくらげの炒め物もこしらえた。
ふたりは劉伶さまと食事を共にしているはずなので、尚食が作らなければまた『まずい』という料理を自分たちでするのかもしれないと思ったからだ。
彼らは劉伶さまと一緒に闘っているのだから、栄養を取らなくては。
そうしていると子雲さんがやってきた。
「運びましょうか」
「子雲さん、こちらから取り分けて食べていただけますか? 毒見をさせて申し訳ありません」
まだ動物を飼っていないので、誰かがしなければならない。
劉伶さまの目の前での毒見ではないので、作った私では説得力がないと考え、彼に頼んだ。
「いえ。それではいただきます」
彼は大皿からほんの少しずつ取り分けるので、私は多めに盛った。
「お嫌いでなければ食べてください。陛下のお食事に気を配ることはできますが、子雲さんにも元気でいていただきたいので」
彼らも自分で調達している。
もしかしたら料理上手という可能性もあるが、ついでなんだし食べてもらいたい。
「ありがとうございます」
彼が感極まった様子で頭を下げるので焦った。
そんなたいそうなことをしたわけではないのに。
「ひと口ずつ食べさせていただき、一旦房に運びます。陛下に温かいものを」
「そうですね」
本当に気配りのできる人だ。
彼は毒見をしたあとすぐに自分の分を房に持っていき、私と一緒に応龍殿に向かった。
「毒見は済んでおります」
子雲さんは運んでくれた料理を玄峰さんに渡す際、そう付け足して出ていく。
「麗華さんが子雲に頼んだの?」
「はい。劉伶さまが気になさるので、目の前でなさらないほうがいいかと」
私や子雲さんを信頼してもらえていなければできないことだ。でも、その辺は大丈夫だと踏んだ。
「そうですね。ところで劉伶さまがおひとりで食べられるには多すぎでは?」
博文さんが口を挟む。
「この二品はおふたりでどうぞ。あっ、もちろん劉伶さまが食べられれば食べていただいてもいいのですが、まだ消化がよさそうなもののほうがいいかと思いまして」
「聞いたか、博文。お前のまずい飯を食わなくて済む!」
「こちらの台詞だ、玄峰」
ふたりはとてもいい関係だ。会話を聞いていると楽しい。
「劉伶さまは起きられていますか?」
「はい。目覚めもいいようで、熱も下がっているようです。医者の薬より麗華さんのほうが効果があるとは。さあ、お待ちかねです」
博文さんは笑いを噛み殺しながら私を促した。
「おはようございます。お食事をお持ちしました」
「麗華、おはよう。久々に体が軽いよ。麗華は大丈夫?」
「私は平気です。粥と葛餅を用意しました。食べられますか?」
尋ねると彼は大きくうなずいた。
それから、離宮のときのように四人で卓子につき、食事を楽しんだ。
思えばあの頃は本当に楽しかった。
劉伶さまの毒を抜くという使命はあったけれど、皆が笑顔で私の料理を楽しんでくれる至福の時間だった。
あの頃とは場所も立場も変わったけれど、なくしたくない光景だ。
劉伶さまは葛餅を気に入ったらしく、かなりの勢いで食べている。
「これで風邪がよくなるなんて最高だな。うますぎて、毎日でも食べたい」
「劉伶さま、もうすっかり食べられるじゃないですか。昨日の晩まではいらないと我を通していたくせして」
博文さんの指摘にいちいち顔をしかめる様子は、皇帝とは思えない。
「本当にお前たちはうるさいな。麗華とふたりきりがいい」
「また我儘が始まった」
玄峰さんは棒棒鶏を大口で食べながら呆れている。
けれどおそらく劉伶さまは我慢ばかりの人だから、こうして我儘を言える場所が必要だと思う。それをふたりも承知していて、茶化しているだけ。
「ずっと風邪を引いていたいな。そうしたらこんなに楽しく飯も食える」
「迷惑です」
博文さんはぴしゃりと断言して卵を口に運ぶ。
でも皆、本当はそう思っているのではないだろうか。
皇帝の顔をして堅苦しい挨拶をしなければならない劉伶さまも、常に気を抜けないふたりも、離宮の頃より肩に力が入っているのが一目瞭然だ。
それでも、彗明国のためには頑張ってもらわなくてはならない。また香呂帝のような私利私欲に溺れる皇帝が頂点に立ったら、国民が不幸になる。
「そういえば、例の件はどうなっている?」
劉伶さまが突然博文さんに話を振った。
「北方の町で軍が立ち上がりそうなのは間違いありません。が、今のところ禁軍の勢力にははるか及ばず。たとえ攻め込んできても犬死にでしょう」
皇位を奪還してそれで済んだわけではないのだ。
当然かもしれないけれど、軍なんて今まで私にはまったく関係がない話だったのでハッとした。
「今のうちに叩きますか?」
次に玄峰さんが眉を上げて尋ねる。
「いや。善く士たる者は武ならず。善く戦う者は怒らず。善く敵に勝つ者は与にせず。善く人を用うる者はこれが下と為るという教えがある。もう少し軍を募った背景を探れ」
劉伶さまが不敵な笑みを浮かべてつぶやくが、どういう意味?
彼らのように賢くはないのでわからない。
私が首を傾げていることに気づいた博文さんが口を開いた。
「優れた武人は武力で物事を解決しない。優れた戦士は怒りに身を任せることはない。上手に勝ちを収める者は敵と争わない。人を使うのがうまい者はへりくだってお願いする。というような意味です。不争の徳――つまり戦わないことこそが徳であると」
発言の意味がわかったとき、劉伶さまの政の在り方に激しく共感を覚えた。
香呂帝を追い込んだときも最小限の血しか流れなかったと聞いている。本来なら皇帝崩御の際、自刎すべきだった妃賓や多くの宦官も後宮から逃がしたとか。
もしかしたらそうした人たちが反対勢力となって襲ってくる可能性だってあるのに、光龍帝は血を流さない選択をしたのだ。
私はそんな光龍帝が彗明国を導いてくれることをうれしく思う。
「素晴らしいですね。村にいた頃は貧しかったですが、争いもなく穏やかでした。後宮の生活は贅沢で華やかですが、心休まりません。それはきっと、皇帝や皇后の座を狙った争いがあるからでしょうね」
「そうですね。劉伶さまも皇帝の椅子を望んでいたわけではない。文官として私たちと一緒に働いていただけでした。でも、皇帝の血を引くというだけで命を狙われた」
博文さんが苦々しい顔で吐き捨てる。
すると劉伶さまは静かに口を開いた。
「麗華を巻き込んだことは今でも正しかったのかわからない。まったく俺の我儘だ。ただ、ひとつだけ望むとしたら、麗華だったんだ」
私に視線を絡ませて感情を吐露した。
「ならば、彗明国を平和に導き、麗華さんを皇后に迎えるしかないな。我々は死ぬも生きるも一蓮托生だ。どうやら武力はあまり必要ないようだが、全力は尽くす」
玄峰さんは右の口角を上げる。
「麗華さん、劉伶さまをお願いします」
博文さんが頭を下げる。
「な、なにをおっしゃっているんですか!」
この三人とは同じ場所には立てない。私は料理で癒すことくらいしかできないもの。
「今日一日、気を養わせてくれ。明日からはまた皇帝に戻る」
「そのように」
今日一日は、光龍帝ではなく伯劉伶さまとして過ごせるんだ。
それがうれしくもあったが、彼が背負った運命を気の毒にも感じた。




