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「それでは私はこれで」



心配でたまらないけれど、私の仕事は終わった。

頭を下げて出ていこうとすると「お待ちください」と博文さんに止められる。



「どうかされました?」

「実は……麗華さんに許可をいただく前にちょっとした細工をしてしまいまして」

「細工?」



なんのことだろう。



「子雲に劉伶さまの着替えを取りに行かせたとき、女官の衣も一緒に持ってこさせ、それをわざと目立つように持たせて麗華さんの房に戻らせました。大男ですから、子雲の懐から女官の衣が見えれば、一緒に歩いているように見えるでしょう」



それがどうしたのだろう。まったく話が読めない。



「つまり、麗華さんは房に戻ったことになっています」

「なるほどね。ここで寝ろと言っているわけだ」



私より先にその意図に気づいた玄峰さんが声を上げる。



「え……」

「さすがは彗明国の頭脳だな」



まだ少しけだるさの残る声で劉伶さまが褒めたたえる。

しかし私は呆然としていた。



「お願いできないでしょうか。劉伶さまはもう何日もまともに眠れていない。このまま発熱が長引けば、政も滞ります」

「政は博文さんがされるのでは?」



さっきそういうことになったはずなのに。



「それは書類の調印などの仕事だけです。彗明国は、劉伶さまのひと言でなにもかもが動きます。誰にも代わりなどできません」



政をつかさどっている姿を見たことはないが、それほどの権力を握っているんだ。それは心に負担もかかるだろう。

ひとつ間違えれば、国が亡びる。その責務をひとりで背負っている。



「えっと……」

「離宮ではそうしてただろ?」



ためらう私に劉伶さまが畳みかける。



「でもそれは、まさか皇帝になる方だとは思っていなかったからで」

「たしかに俺は彗明国の皇帝だが、麗華の前ではただの男だよ」

「そういうことは、ふたりきりのときにやってください。博文、退散しよう」



玄峰さんが呆れたように溜息をつく。



「麗華さん、どうか劉伶さまの我儘を聞いてください」



博文さんが私に頭を下げるので慌てる。私だって劉伶さまに眠ってほしい。



「わかりました。でも劉伶さま、明朝は粥を食べてくださいね」

「御意」



劉伶さまがそんな返事を返すので、あとのふたりは笑いを噛み殺して出ていった。


扉が閉まると、劉伶さまは手を伸ばしてきて私の腕に触れる。



「強引にごめん。あのふたりもずっと眠っていないんだ。今晩も隣の部屋で待機しているはずだよ。でも、俺が唸り声を上げなければ、眠れる」



劉伶さまはふたりも眠らせたくて、私を引きとめたのか。

さすがは科挙試験に合格した人たちだ。瞬時に頭が回る。



「そうだったんですね」

「俺のために躊躇いなく毒見をしてくれる友だから大切にしたい」



やはり気にしている。きっと皇帝となるには優しすぎる人だ。でも、優しいからこそ導かれる国の平穏があるような気がする。


それから彼は衾をめくり、「おいで」と優しい声で囁くように言う。



「待ってください。同じ褥で?」

「ひとつしかないだろ? 離宮の寝台よりずっと広いから落ちたりしないよ」



落ちるとか落ちないという心配をしているわけではない。



「麗華も熱があるみたいだな。顔が真っ赤だ」

「こ、これは違いま……あっ」



恥ずかしさに頬を赤らめていると、強い力で引かれて寝台にのってしまった。



「心配しないで。思慮なく手を付けたりはしない。麗華のことは絶対に欲しいから、慎重に事を進める」



彼は本気で皇后にするつもりなのだ。

でも『絶対に欲しい』とまで言われて、うれしくないわけがない。


なかば無理矢理褥に寝かされたものの、彼は優しかった。



「移すといけない。こっちを向いて寝るから」



熱い手で私の手を握った彼は、反対の方向に顔を向け眠りについた。


夜中は熱のせいで発汗し眉をゆがめることはあったものの、その度に汗を拭い「ここにいます」と語りかけていたら、朝まで目覚めることなく眠った。



朝日が昇る頃、隣の部屋に行くと博文さんが出向かえてくれた。

玄峰さんはまだ眠っている。



「やはり麗華さんの力は絶大だ。劉伶さまが叫び声を上げず眠るなんて。必ず皇后になってください」

「いえ、そんな……」



劉伶さまのそばにいたい。でも、皇帝の妻なんて自信がない。



「あなたは彗明国にとっても大切な方。皇帝陛下が力を発揮するのに必要な人です。そろそろ子雲が参ります。宦官の衣を持ってくるように言いつけてありますので、そちらに着替えて子雲の懐に隠れてお戻りください。ありがとうございました」



まるで自分のことのように深く頭を下げる彼は、本当に劉伶さまのことを大切に思っているのだろう。

私は満たされた気持ちで応龍殿を出て房に戻った。



房ではゆり根酒の壺を引っ張り出した。

これが早く飲めるようになれば、もう少し安眠できるはずなのに。


離宮で根気よく続けていたら、とても調子がよかったことを思い出して壺の中の酒を混ぜる。そして再び荷の奥に押し込んだ。



それから厨房に向かい、劉伶さまのために棗と高麗人参を入れた粥を作り始める。たくさん食べてもらえるように彼の好きな鶏の湯で作った。

棗は不眠にもいいし、疲れたときにも効果的。高麗人参は薬膳で使う素材の中では秀逸で、気を養うには最高の素材だ。


それからもうひとつ。解熱作用のある葛を使って餅をこしらえた。

これは口当たりもいいので気が向いたときに食べてもらいたいと思ったからだ。


医者から薬は処方されているので、料理はあくまで脇役でいい。けれども、おいしく食べるという行為そのものが人を元気にすると信じている。


それらを作っていると青鈴がやってきた。



「麗華、早いね。あっ、陛下の?」

「そう。食欲がないそうなので食べやすいものを。青鈴は?」



今日は劉伶さまの食事がいらないので、尚食の仕事はお休みのはず。



「喉が渇いて。杜仲茶を飲みたいなと思ってね」



彼女は私の隣で杜仲茶を淹れ始めた。



「そういえば香妃がまた麗華になにか作ってもらいたいって。それに麗華の噂、李貴妃の耳に届いているみたい。貴妃に目をかけてもらっている尚食が言ってたよ」

「李貴妃まで?」



妃賓の中で一番位が上の李貴妃。遠目に見たことがあるが、とても美しい方だった。



「うん。そのうち依頼があるかもね。お腹の調子が悪いんだって」

「そっか……」

「すごいよね、麗華は。あっという間に妃賓に気に入られてるんだもん。それに光龍帝さまにまで。いつか貴妃になっちゃいそう」



彼女は口角を上げてみせたが、いつものような弾けた明るさがない。



「そんな。私は料理が好きなだけ」



彼女はお茶を淹れると、小さくうなずいて出ていった。


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