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「私たちや子雲が全力で麗華さんをお守りします。ですが、後宮内は子雲しか入れない。食べ物には気をつけて。後宮で信じられるのは、劉伶さまと子雲だけだと思ってください」
宦官はもちろん、青鈴ですら信じてはいけないんだ。
せっかく仲良くなれたのに、悲しいとしか言いようがない。
けれども、長い間昇龍城で過ごしてきただろう彼らの言うことが正しいのだろう。
「承知しました」
残念に思いながらも、そう返事をするしかなかった。
それから待っていた子雲さんと合流して厨房に戻り、梨を煮て桑の葉茶も淹れる。難しい料理ではないのですぐにできた。
どうやらその間に、子雲さんが白露さんにしばらく劉伶さまの食事はいらないと説明したらしく、白露さんが話しかけてきた。
「麗華。あなたがいてくれてよかったわ。薬膳なんてさっぱりだもの。しばらくお願いできると聞いたけど」
「はい。食欲もないそうなので、食べられるものから少しずつお作りします」
「お願いね。陛下にお出ししたらもう房に下がっていいから」
白露さんに嫉妬の念があるようには見えないけれど、見えないようにしているだけということもあるのか……。
それを見極めるのは私には難しいし、できれば彼女を信じたい。
とはいえ、強く釘をさされたばかりなので気を引き締めた。
出来上がった梨と桑の葉茶を持ち再び応龍殿に戻ると、劉伶さまは寝息を立てていた。
「眠ってる……」
安堵したものの、玄峰さんが首を横に振る。
「おそらくすぐに目覚めるでしょう」
そしてその言葉通り、「あぁっ」と大きな声を上げて目を開いた。
毎日こんな調子なの?
「劉伶さま。安心してください」
思わずそばに歩み寄り声をかける。すると彼は上半身を起こした。
「ごめん。驚かせた?」
「いいんですよ。汗びっしょりですね。水分補給をしなければ。お茶を飲めますか?」
茶壷から茶杯に注ぎながら尋ねると、「ありがとう」とうなずいている。
「お飲みになったら着替えをしたほうがいいです。汗で濡れたままですと、冷えてしまいますから」
私の話を聞いていた博文さんが、「子雲に着替えを持ってこさせます」と出ていった。
劉伶さまは桑の実茶をごくごく喉に送っている。飲み物なら大丈夫らしい。
「早く治して麗華のことを自分で守りたい」
「えっ?」
「あはは。麗華さんに会うまで、あんなに沈んでいたくせして」
それを聞いていた玄峰さんが思いきり笑っている。
「玄峰はいつもひと言多い」
劉伶さまは玄峰をにらんでいるが、皇帝として威光を放っているわけではない。離宮にいた頃と同じく、親友が戯れているという感じだ。
「玄峰さん、劉伶さまの着替えの手伝いを……」
「麗華がしてよ」
「で、できません」
着替えを手伝うなんてそんな恥ずかしいことは絶対に無理だ。
「随分元気になったんですね。男の衣を脱がせる趣味はあいにくありませんので、手短にお願いします」
「ちょっ、乱暴にするなよ、玄峰」
私が劉伶さまに背を向けている間に、どうやら夜着を脱がされているようだ。
「玄峰さん。劉伶さまの汗を拭いてください」
「わかりました」
「痛いって。力の加減を知らないのか? 一応皇帝なんだぞ」
劉伶さまの悲痛の叫びもあっさりと聞き流されたようで、クスリと笑みを漏らしてしまった。
「皮膚が破れる。麗華、助けて」
「ふふっ。元気そうでよかったです」
こうしていると離宮にいるみたい。
そこに博文さんが丁度着替えを持って現れた。
「玄峰、劉伶さまの背が真っ赤だけど?」
あれ、本気で痛かったの?
「だから麗華に頼んだのに」
「なるほど。無茶を言ったんですね。玄峰、続けて」
「博文まで……。痛いって」
三人のやり取りが面白すぎる。
「はぁ、余計に熱が出そうだ」
どうやら着替え終わったらしく、劉伶さまがつぶやいている。
私は振り返って、梨を差し出した。
「食べてくださいね」
「うん。麗華の作った物なら食べられそうだ」
器を差し出したが、劉伶さまが手にする前に引いた。毒見してなかった。
「ごめんなさい。先に食べます」
「それは俺が」
私が口に入れるより前に、玄峰さんがためらいもなく食べ始める。
「うん、うまい。もうひとつ」
「玄峰、俺のだ」
低い声で玄峰さんをけん制した劉伶さまだけど、その目は憂いを含んだ色をしている。
こんなことを大切な人にさせたくないのだろう。
でも、はちみつは厨房にあったものを使ったので、やはり毒見は必要なのだ。
劉伶さまが食べ始めると、博文さんが口を開く。
「麗華さん、毒見は私たちがします。ですから絶対に麗華さんはしないでください」
「どうしてですか?」
ふたりだって劉伶さまに必要な人だ。いや、私とは比べ物にならないくらい、彗明国にとって必要な人。
おそらくこのふたりを頼って政を司っているのだから。
「文官や武官はいくらでも変わりがおります。そのための科挙、武挙試験なのです。ですが、麗華さんはこの世にひとりしかいらっしゃいません」
「私はただの尚食ですよ」
「劉伶さまの顔を見てください。口が尖っています」
本当だ。すこぶる不機嫌な表情で梨を咀嚼している。
ゴクンという大きな音のあと、劉伶さまが口を開く。
「麗華。お前は俺にとって唯一無二の女だ。ただの尚食なんかじゃない」
恥ずかしげもなくはっきりと言い切られて、なんと答えていいのかわからない。
顔を伏せ黙っていた。
「しかし、博文と玄峰も殺すつもりはない。毒見にはなにか動物を飼おう」
「そうしましょうか。劉伶さまは優しすぎて、そうしたことでも気をもんでまた熱を出しそうですから」
博文さんがそう言ったので、場が和んだ。
器に盛ってあった梨はすっかりなくなった。
「これなら粥も食べられそうですね。次はそうします」
「うん」
寝台に横たわった劉伶さまは、幾分か唇の色がよくなっている。




