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翌朝は曇天。

しかし起きて一時間もすると雲が少なくなってきて気持ちのいい朝となった。


もうすぐ春がやってくる。

寒い時期はどうしても風邪が蔓延し、体が冷えるせいか体調も下向きの人が多いが、減るといいのだけど。


昨日、大量の棗を消費したので、去年の秋に収穫して干してあった棗を持って超さんのところに顔を出すと、お嫁さんが出てきた。

超さんは畑に行っているという。


今朝も粥を口にしてくれたらしく、一安心だ。



「昨日はありがとう。棗も助かるわ」

「いえ。おじいさんの今の状態だと、甘めのものや体を温めるものがいいです。穀物や豆類……あとは生姜などがいいかと。食欲が戻ってきたらそうしたものを食べさせてあげてください。困ったら呼んでください。もうお金はいただいたので、無料で参ります」

「そうさせてもらうわ」



私は小さく頭を下げて超家をあとにした。


三年前、相次いで両親が亡くなってから、超さんを含めて近所の人たちが私を家族のように見守って育ててくれた。


困っていることは手を貸してくれたし、お金がなくて畑の野菜も尽きたときは、食べ物も分けてくれた。

超さんがその野菜で料理をする私を見て、料理でお金を稼いだらどうかと勧めてくれて今がある。


だから無償で引き受けたいところだが、それでは私の生活が立ち行かなくて返って迷惑をかけることになるので、最低限の対価はいただくことにしている。



超さんの家のあとは、私も自分の小さな畑に行くことにした。


ここでは様々な野菜を育てている。

といっても、売るために育てている人たちとは違い自分用なので小規模だ。


畑まで行くと、少し離れたところに立派な建物が見える。

あそこは栄元帝が作らせた離宮で、静養のために使うということだったが、結局使われたことがない。



「まさか……」



昨日の劉伶さまたちは、皇族の関係者で、離宮にやってきたとか?

そう考えると、あの上品なたたずまいも納得がいく。


皇帝が住居としている昇龍城より高地にあり涼しいということで避暑のために作られたのだが、もしかしてこの夏に来るつもりで下見に来た?


様々な憶測が頭を駆け巡ったものの、私には縁遠い話だった。



しかし、昇龍城については村でも話題に上る。


香呂帝の後宮は、大陸の各地より有力者の娘や帝好みの美女ばかり集められていると聞く。


といっても、三千人近くもいるのだからお目通りすらなかなか叶わず、皇帝のお手付きとなるのは皇后、そして数人から数十人の位の高い妃賓だけ。

たまたま帝が気に入った女官が寵愛を得ることはあれど確率的にはとても低く、あとはただの下働きだ。


しかも、後宮は皇帝以外の男子禁制。

すべての女官は皇帝のものであり、一旦後宮に入ったら、皇帝が崩御でもされない限り出ることが叶わない。


したがって身を焦がすような恋なんてできない。

後宮にいるのは、女か大切なものを切り落とし男の機能を失った、妃賓の身の回りの世話をする宦官しかいないのだから。


しかも、女の世界は恐ろしいと聞く。

皇帝の男児を身ごもれば将来の皇帝の母となれるのだから、その権力争いがすさまじいらしく、帝の寵愛を得られそうな女官が不審死したり、生まれたばかりの赤子が死ぬなんていうこともよくあるんだとか。


私には関係ない話ではあるけれど、そんな噂を聞くたびに、たとえ衣食住を保障されたとしても後宮には絶対に行きたくないと思った。



「私にはこの野菜たちがいればいいわ」



両親もいなくなり寂しくないと言ったら嘘になる。

しかし、超さんのおかげで身を立てる術を手にすることができたので、将来にわたりひっそりとこの地で暮らしていければいい。


あっ、欲を言えば素敵な男性と恋を……なんて微かな希望は捨ててはいないけれど。

そんなことを考えていると、劉伶さまの顔がふと浮かび顔が熱くなるのを感じた。



「あらっ、陽盛(ようせい)かしら?」



陽盛というのは、臓腑機能が亢進して体が火照り、イライラすることが多い体質のことだ。


でも、特にいらだつこともないし……。

まあ調子も悪くないしあまり気にしないでおこう。


畑にはさやえんどうがたくさん育っている。

さやえんどうは臓腑機能が低下して虚弱の症状が現れる気虚や水毒の状態の人に良い野菜で、胃の状態をよくしたりむくみを解消したりする。


頭の中で学んだことを復習していると、再び劉伶さまのことを思い出した。



「水毒じゃないわよね……」



声ははつらつとしていたし、元気そうに見えた。

ただ少しむくみを感じただけ。


そもそも水毒は病ではなく体の状態を示しているだけなので、元気で暮らしいてれば特に問題はない。



「水毒にいいのは……この時期だと、うどとか?」



少し山に入ったところに、うどが自生しているはずだ。

劉伶さまに二度と会うことなんてないと思いながら、なぜか足は山に向かっていた。



太くて立派なうどを持ち帰り簡単に昼食を済ませた頃、「すみません」と外から男の人の声がする。

誰か体調を崩したのだろうか。


慌てて建付けの悪い扉を思い切り引いて開けると、そこには玄峰さんと博文さんが立っていた。



「はっ! どうされました?」



もう二度と会わないと思っていた人たちが再び目の前にいることで動揺して声が上ずる。



「突然すみません。この辺りに市場のようなところはないかと思いまして。あっ、それと料理を作ってくれる方も求めているのですが……」



博文さんが片方の口角を少しだけ上げ、しかし眉根を寄せた困惑が入り混じった表情で尋ねてくる。


この村には宿がない。

だからてっきり通り過ぎるだけで別の村まで行ったのだと思ったけれど昨晩はどこに寝所を確保したのだろう。



「市場にはご案内しますし、よろしければ私が料理も手伝いますが……。あの、昨晩はどちらに……」



疑問の感情そのままにぶつけると、博文さんが自分より背の高い玄峰さんにちらりと視線を送った。

そしてふたりは視線を合わせ、声にならない会話を交わしているようだ。



「少し失礼します」

「えっ? な、なんなんでしょう……」



扉の向こう側で話していたふたりが粗末な家屋の中に足を踏み入れ、さらには玄峰さんがあんなに閉めにくい扉を一発でぴしゃりと閉めるので、これはもしや焦眉の急ではないかと息をすることも忘れる。


聞いてはいけないことを尋ねたのだろうか。


顔をこわばらせて一歩二歩あとずさりすると、博文さんが再び口を開いた。



「玄峰、やはりお前は顔が怖いようだ。麗華さんの腰が今にも抜けそうではないか」

「あいにくと生まれつきなものでな」



ひどく不機嫌な玄峰さんは、たしかに劉伶さまや博文さんと比べたら多少……いやかなり強面ではあるが、美形であることには変わりない。



「玄峰さんのお顔は、とても美麗ですよ?」



ふたりに貶められる彼のことがかわいそうに思えてきて口を出すと、博文さんが小刻みに体を震わせている。どうやら声を上げずに笑っているらしい。



「玄峰、赤面しているようだが?」

「してねぇよ」

「えっ、火照るのですか? 陽盛ではないですか?」



つい今しがたまで畏怖の念を抱いていたというのに、体調のことに言及されると前のめりになる。



「陽盛とは……。なにかで聞いたことがあるが」



玄峰さんが首を傾げるのを見て、不得要領な尋ね方だったと反省した。



「申し訳ありません。少々薬膳料理の勉強をしておりまして、陽盛とは体の状態のことを指します」

「麗華さん、薬膳料理の心得がおありなんですか?」



目を丸くして、今までとは違う大きな声を出したのは博文さんだ。

見かけで判断するのはよくないが色白で線の細い彼からこんな声を聞くとは思わなかった。



「心得というほどでは。少し知っている程度です」



拡大解釈をされては困る。あくまでかじった程度なのだから。



「玄峰、これは運命じゃないか?」

「さっさと連れていけばいいだろ」

「連れて?」



よからぬことに巻き込まれるのではと悟った私は、やはりあとずさりする。



「玄峰! 麗華さんが震えている。その顔をしまえ」

「できるか!」



ふたりが小競り合いしているのを速くなる鼓動に気づきながら聞いていた。

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