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7

「他に皇后なんていらないんだ」



顔をしかめ吐き捨てる彼は、私の手を不意に握る。


そこまで言ってもらえてとても幸せ。

本当は私も……彼と一緒にいたいから。

しかし、戸惑いしかない。



「皇后、なんて……」



考えたこともなかった。

女官のひとりとして一生を終える覚悟だった。



「本当は離宮で麗華と一緒に暮らせればよかった。だけど、俺たちに親切にしてくれた村の人たちが困窮していくのを見ていられなかった」



彼は村の人たちのためにも、命がけで皇位簒奪を企ててくれたのだ。



「皇帝となったからには、大切な人を皇后として迎えるしかない」



彼はまっすぐに私を見つめ強い口調でそう言うと、腕を引き抱きしめてくる。



「そばにいて。お願いだ、麗華」



彼の熱すぎる想いが背中に回った手から伝わってきて、瞳が潤む。

劉伶さまは自身の自由を手放す代わりに彗明国の国民を救ったのだ。



「私……皇后なんて自信がないし、どんな存在なのかもよくわかっていません。ただ、劉伶さまとこうして一緒にいられるのは心地よくて。なんとお答えしていいのかわかりません」

「そうだよな。でも、麗華は政のことなんてわからなくていい。俺のそばにいてくれればそれで」



とんでもないことを仰せつかった。

彼が市井の“伯劉伶”なら、怡怡(いい)たる申し出なのに。


彼は私の頭を抱えるようにして、一層手に力を込める。

近すぎる距離のせいで心臓の高鳴りが最高潮に達する。



「すぐには無理でも、必ず麗華を皇后に引き上げるつもりだ。だから、そのつもりでいて」



彼は私を抱きしめたまま耳元で続ける。

気がつけば彼の腕の中で小さくうなずいていた。


皇后になりたいなんて思わないし、できればなりたくない。ただ、劉伶さまのそばにいる方法がそれしかないのなら、そうするしかない。

ううん、本当は……彼が別の妃賓を皇后に迎えその妃賓との間に子を為すのを近くで見ているのがつらい。


私は彼に心を奪われているのだと自覚した。



「ありがとう。今日はこれで戻るよ。寂しいけど、近くに麗華がいると思うだけで安心できる」

「劉伶さま。ひとりで頑張らないでください。離宮のときのように、博文さんも玄峰さんもいます。もちろん私も」



励ましたくて必死に訴える。

私たちは、互いに命を預けるほどの強い絆で結ばれているでしょ?

すると、目を大きく見開いた彼は緩やかに口角を上げて小さくうなずき、出ていった。



「皇后、なんて……」



つい先日まで辺境の地で暮らしていただけの私が、皇帝の妻になるなんて信じられないし、そんな地位はなくてもいいから平穏に暮らしたい。

ただ、劉伶さまに求められている事実は飛び上がるほどうれしかった。


しかし男色かもしれないと噂されていた光龍帝が、実は私を迎えようとしていたなんて。

降って湧いた突然の真実に、唖然とするばかりだった。



翌朝からも必死に働いた。

皇后にと言われても、なにをすべきなのかもわからないし、その器ではないことだけははっきりと自覚している。

でも、できることを必死にしていれば、彼にふさわしい女性に近づけるのではないかと思った。



「麗華。香妃が肌にいい薬膳料理を作ってほしいって言ってたわよ」

「本当に? それじゃあ、一度作るね」



尚食として働いていると、青鈴のように妃賓から声がかかり調理役に指名されることもあると聞いた。

位の高い妃賓は女官をそれぞれ抱えているのでその人たちが作っているが、料理に関してはやはり尚食として仕えている者のほうが得意だからだ。


調理役として気に入られると、妃賓から目をかけてもらえたり、昨日のように後宮で手に入らないものを得ることもできるらしい。それに、宦官を通してこっそり家族と手紙のやり取りをしている者もいるとか。


昨日の月餅はおいしかったけれど、私は純粋に自分の作った物が誰かを幸せにすることがうれしい。それが皇帝であっても妃賓であっても、そして村の人であっても。



その日の食事には、玄峰さんの好きな青椒肉絲や、博文さんが好きな海老団子の羹も作った。あの三人はいつも一緒に食べているからだ。

宦官が毒見をしたあとでも念には念を入れ、博文さんや玄峰さんが先に食べているのではないかと思う。

離宮に来る前に裏切られているのだから、毒見役の宦官が毒を仕込まないとは限らない。


子雲さんのことは信用しているようだが、以前からつながりがあるのだろうか。


青鈴の話では、香呂帝に近いところにいた宦官は香呂帝と共に自刎したり、劉伶さまたちが処罰を与えるなどしてもう後宮にはいないと聞いた。

それでも、かなりの数の宦官が妃賓や女官の世話をしているので、全員を信じるなんて無理だろう。


劉伶さまが皇帝という権力を得た代わりに手放したものは多そうだ。



その日の午後。青鈴と一緒に初めて香妃と対面した。



「あなたが麗華ね。薬膳を勉強してると聞いて、青鈴に肌の美しくなる料理をお願いしたの」

「初めまして。薬膳には少しばかり心得があります。本日は肌を潤す白きくらげの菓子を作ってみました」



さっき青鈴と一緒に味見をしてみたけれど、なかなかおいしくできたと思う。



「白きくらげ?」

「はい。不老長寿の薬と言われることもございます。それに、同じように皮膚を潤す効果のある松の実と一緒に甘く煮て最後にはちみつを垂らしてあります。はちみつも皮膚の乾燥を防ぎますし、腸を潤して便通をよくしますので、肌荒れにも効果があります」



一つひとつ丁寧に説明すると香妃は身を乗り出すようにして何度もうなずいている。

とても美しい人ではあるが、近くに寄ると少々肌が荒れ気味だった。



「いただくわ」

「はい」



香妃がそれを口に運ぶ様子を、青鈴と一緒に固唾を呑んで見守る。



「まあ、おいしい。おいしいものをいただいているのに肌がきれいになるなんて最高ね」



欣喜雀躍(きんきじゃくやく)といった様子で食べ進む香妃を見て、青鈴と視線を絡ませて笑い合った。

大成功だったらしい。



「ねえ、また作ってくれない?」

「承知しました」



私たちは香妃の宮を引き上げてから、青鈴の房で残しておいた白きくらげをいただいた。



「本当においしい。香妃が喜ぶのもわかるわ」

「ありがとう、青鈴」



私が作った料理が誰かを笑顔にするのが本当にうれしい。

後宮に来て不安も多かったけれど、こうやって自分の居場所を作っていこう。


それから自分の房に戻ろうとすると、途中で子雲さんに出会った。



「麗華さま。陛下が竜眼肉を望まれています」

「すぐにご用意します」



やはり眠れなかったのだろうか。

こんなこともあろうかと、離宮でしていたように干してあったものを水で戻してあるので、ぷるぷるの状態で届けられる。

そのままでも食べられるが、劉伶さまはこちらを好むのだ。


そのまま厨房に戻り竜眼肉を器に入れてハッとした。

ここは離宮じゃない。毒見が必要だ。



「ひとつ食べますので見ていてください」



竜眼肉を手を伸ばすと、子雲さんが止めた。



「それは私がいたします。ひとつ余分にお乗せください」

「でも……子雲さんたちにはいつも毒見をしていただいて申しわけないと思っているんです。もちろん毒なんて入れません。ですが、万が一のときは命を失うわけで……」



彼ら宦官は毎食ごとに命をかけている。それもある意味残酷だ。



「私は陛下に命をいただいたんです。ですから、陛下のためならいつでもこの命を差し出します」



その発言に驚いてた。『命を差し出す』とは尋常ではない。

しかし『命をいただいた』とはどういうことだろう?



「そんなことを陛下は望まれません。きっと毒見も申し訳なく思っていらっしゃいます。陛下はお優しい方です」



こんなことを口にしていいのかわからない。私たちの離宮での生活については秘密にしておいたほうがいいはずだから。

でも、どうしてもわかってもらいたかった。



「そう、ですね。麗華さま、一緒にいらしていただけませんか? 陛下は今、蒼玉宮でお休みになられています」



後宮にいるの? でも、貴妃を差し置いて私が劉伶さまの宮を尋ねてもいいの?



「薬膳の説明をお願いします」



そう言われて、子雲さんがそうやって私たちを会わせようとしているのだと気がついた。そのために、尚食の仕事して赴くという大義名分を与えられたのだ。



「承知しました」



私は子雲さんのあとに続いて、蒼玉宮に初めて足を踏み入れた。


流石に私の房のように扉を一枚開けると寝台があるというわけではない。広い部屋には大きな卓子や椅子が置かれている。

そして、きらびやかな彫刻が施された柱や、見事な龍の絵が描かれた壁が目を引いた。


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