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「生きていてくださってよかった。後宮に来れば、劉伶さまたちの安否がわかるかもしれないと思って」
「ありがとう。皇位簒奪は簡単じゃない。それなりの覚悟もしていた」
彼の瞳が揺れる。
それなりのって……死を覚悟していたということ?
「そんな覚悟しないでください。せっかく毒が抜けたのに。お願いです。生きてください」
博文さんと玄峰さんのことを刎頸の友と口にした彼は、常に緊迫した状況の中で生きているのだ。実際毒を盛られて苦しんだわけだし。
「ありがとう。こうして麗華に再会できて、生きていてよかったと心から感謝しているよ」
彼は穏やかな表情で私の手を不意に握る。
「でも、皇帝の座についたからといって、愁眉を開くというわけにはいかない。いや、気を許す時間を持てなくなった」
「劉伶さま、夜は眠れているのですか?」
村を初めて訪れたときのようにむくんではいない。しかし、少し疲弊したような表情をしている。
「眠れないんだ。麗華の手を離したあの日から、また逆戻りだ」
「そんな……」
口角を上げているくせして鬱然とした顔。
「子雲さんはいつまで身代わりをしてくださいますか?」
「えっ? 俺がいいと言うまでしてると思うけど」
「それなら、すぐにお眠りください。狭い寝台でごめんなさい。でも、ここなら手を握っていられます」
私は勢いよく衾をめくり、褥をぽんと叩く。
すると彼は目を丸くしている。
「いや、そんなつもりで来たわけでは。麗華が眠れない」
「私は仕事の合間にうとうとします。だから早く!」
一秒でも惜しい。
皇帝相手に説教じみた言い方だったかもしれない。けれどそれくらい強く言わなければ眠ってくれないと思った。
「麗華、ありがとう」
劉伶さまは微笑みながら素直に従った。
寝台に横たわる彼に衾をかけ椅子を持ってきて隣に座ったあと、差し出された手を握る。
「たくさん聞きたいことがあります。でも今日は、劉伶さまたちの無事が確認できただけで十分です。少しずつ教えてくださいね」
「うん、そうする」
「夜明け前に起こします。それまでは眠ってください」
また陳皮酒にゆり根をつけたものを作ろうと考えながら語りかけると、彼は私の手を強く握った。
それからすぐに寝息を立て始めた。
ここの寝台は離宮のものよりも一回り小さく、体の大きな彼では窮屈そうにも見えたが、その寝顔は驚くほど穏やかだった。
しかも、唸り声を上げることすらない。
「皆いますから。博文さんも玄峰さんも、そして私も」
ひとりで戦わないで。
そんなことを語りかけているうちに、睡魔が襲ってきて、寝台に頭を乗せたまま眠ってしまった。
しかし、東の空が赤らんできた頃、ハッと目を覚まし劉伶さまを揺さぶる。
「劉伶さま、朝です。皆が起きる前にお戻りください」
もうそろそろ尚食の女官が厨房に集まりだす。その前に戻らなければ。
「麗華、おはよう。やっぱり、眠れた」
彼はすがすがしい表情で、離していた私の手をもう一度握る。
「よかったです。そろそろ」
「あぁ。麗華、本当にありがとう。話はまたゆっくりしよう」
「はい」
劉伶さまは空が明るくなってきたのを視界に入れると、慌てて戻っていった。
「よかった……」
久々に安眠を与えられたのなら、村を離れて後宮に来てよかった。
彼の手を握っていた右手を見つめ、心から安堵した。
少し睡眠不足ではあったけれど、劉伶さまと話せたという事実が私の気持ちを高揚させる。元気よく厨房に向かい、働き始めた。
「麗華、陛下が薬膳料理にご興味があるとか」
白露さんに尋ねられてうなずく。
「はい。薬膳料理は医者の処方する薬には到底及びませんが、体の調子を整えるのには向いています。あの……寝つきが悪いとお聞きしましたので、それによさそうなものを作ってもよろしいですか?」
後宮の厨房には驚くほどの食材がそろっている。
「もちろん。今日の献立もあなたが決め直して。薬膳のことはわからないからね。それで説明役もあなたに任せるわ」
「わかりました」
あの大役をやるのか。でも、相手が劉伶さまとわかっているから大丈夫。
それから私は、ひたすらに劉伶さまの安眠を願って献立を立て直し、尚食の女官に調理をお願いした。
調理が終わると、宦官たちが運び出す。
劉伶さまの振りをしていた子雲さんもその中にいたが、いつもと変わらない様子だった。
彼らの毒見が終わったあと、卓子にずらりと並べられ、劉伶さまたちがやってくる。
「本日は、薬膳の知識を使いまして献立を立てました朱麗華がご説明いたします」
白露さんの発言のあと、顔を伏せたまま口を開く。
「まずはかきと棗を入れました炊き込みご飯です。かきは精神を落ち着かせる効果があり、疲労や睡眠不足の解消に役立ちます。棗も同様です」
不眠の原因にもいろいろあるが、劉伶さまは間違いなく精神の不安定だ。
それをもとに考えてある。
「続いて不眠の改善に役立つ竜眼肉と生姜を入れた鶏の羹です。竜眼肉は甘くてそのままでお召し上がりいただけますので、必要ならばお申し付けください」
竜眼肉は離宮で好んで食べていたのでそう付け足した。
不眠を軸に考えはしたが、その他の料理はおいしく食べてもらえるようにだけ考えて作った。離宮の頃のように食事を楽しんでほしい。
ひと通りの説明が終わると博文さんに「下がりなさい」と言われ、腰を上げる。
「余のために知恵を絞ってくれたんだな。感謝する」
すると、劉伶さまのひと言。
尚食の女官は、このひと言を聞きたくて仕事に励んでいるに違いない。
「それと、昨日の麻婆豆腐は美味であった」
離宮の頃とは違う凛々しい声でねぎらわれ、胸が熱くなる。
「恐縮です」
白露さんのお礼に合わせて、もう一度頭を下げた。
昼食は幾分か軽めに。
そのあと、房に戻り厨房から持ってきた陳皮とゆり根を酒につける。離宮で安眠のために劉伶さまがいつも飲んでいたものだ。
どうやら私の手が一番効果があるらしいが、ここでは毎日は無理。それなら少しでも薬膳の力を借りたい。




