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「久しぶりだね、麗華」



腰のあたりまで見えたところでもう一度声がした。



「劉伶さま……無事だったんですね! あぁ、よかった。でもどうして……」



彫刻が施された大きな金の椅子に座っているのは、まぎれもなく劉伶さまだ。そしてその左には玄峰さん、右には博文さんまでいる。

しかし離宮の時とは比べ物にならないほど華やかな御衣を纏っていて、まるで別人だった。



「うん、ありがとう。麗華は俺が呼んだんだよ。来てくれるかどうかは賭けだったけど」



それでは、やはりあの武官をよこしたのは劉伶さま? いや待って。どうして彼が陛下の座る椅子に腰かけているの?



「陛下は……?」



いくら陛下に頼んで私を呼び寄せたとしても、その席に座るのは失礼ではないの?

いや、そのくらい皇位簒奪に貢献したということ?



「あっははは」



私が尋ねると、玄峰さんがこらえきれないという感じで笑いだした。



「麗華さん、陛下はこちらにいらっしゃいますよ」

「え……」



博文さんも幾分か鼻を膨らませて劉伶さまに視線を送る。



「劉伶さまが、光龍帝でいらっしゃいます」



続けて丁寧な言い方でそう言った。



「劉伶さまが?」



喫驚仰天して声が続かない。



「劉伶さまは、香呂帝の腹違いの弟なのです」



そんな。私……とんでもなく失礼なことをしていたんだわ。



「も、申し訳ありません。数々の無礼をお許しください」



慌ててひれ伏し、声を振り絞る。

陛下と添い寝をしていたなんて。

知らなかったとはいえ、なんてことをしてしまったのだろう。



「麗華」



もう一度劉伶さまの声がして足音がしたあと、視界に漆黒の(くつ)が入った。



「失礼なことなどなにひとつされていないよ。むしろ麗華は命の恩人だ」



私のところまで歩み寄った彼は、私の肩に手を添えて持ち上げる。

久しぶりの近い距離に胸が熱くなりながらも、それより緊張が上回っていた。



「麗華の麻婆豆腐、ずっと食べたかった。やっと食べられる」

「陛下……」

「その呼び方は対外的なときだけにして。博文と玄峰、あとは宦官の子雲しかいないところでは今まで通りにしてほしい」



そんなことを言ったって、この国で一番高貴な人をそんなふうには呼べない。

小さく首を横に振ると「お願い」と甘えるような声で懇願されて困る。



「劉伶さま、あまりお時間を割かれると変に思われます」

「そうだな」



博文さんの発言に反応した劉伶さまは、私をゆっくり立たせた。



「話は少しずつしよう。俺と関係があると知られると麗華が嫌がらせを受ける可能性がある。今は、俺が薬膳料理に興味があってその話をしていたとでもしよう。子雲」



彼は房の外で待っていたらしい子雲さんを呼ぶ。



「はい」

「麗華を房まで頼む」

「かしこまりました」



なにがなんだかわからないまま、それでも劉伶さまたちが生きていてくれたことがうれしくて、複雑な気持ちのまま劉伶さまをまじまじと見つめてしまう。



「麗華。そんな目で見られると離れがたくなる。大丈夫。またすぐに会える」

「いえっ、申し訳ござません」



そんなつもりはなかったのに。

劉伶さまはクスッと笑い、子雲さんを目で促す。



「おいしくいただくよ」



そして耳元でそう囁き、私の背中を押した。



子雲さんとともに自室に戻ると、すぐに青鈴がやってきた。



「麗華、陛下からなにか言われたの?」

「なんでも薬膳料理に興味がおありだとかで、その話を少し」



劉伶さまに言われた通りの返答をすると、「そうなんだ」と目を大きくしている。



「これをきっかけに、陛下の寵愛を得られたりしないかしら」

「まさか、そんな!」



彼と添い寝をしたときのことを思い出し、必要以上に大きな声が出る。



「そんなに全力で否定しなくても。夢を見たいじゃない、私たちも」



そっか、青鈴も劉伶さまも持ち物なんだ。

後宮にいる女官はすべて、彼のもの。

そんなことを改めて考えると、なぜか胸が痛んだ。



そしてその夜。



「麗華」



扉の向こうから私の名を呼ぶ声がする。

この声は……劉伶さまだ。

皇帝陛下として私たちの前に君臨しているときとは声色が違う。意図的に変えているのだろう。


もう衾にくるまってはいたが慌てて扉を開けると、そこには宦官の服を纏った劉伶さまがいて目を丸くする。



「ごめん、失礼するよ」



そしてするりと体を滑り込ませてきて扉を閉めた。



「どうされたんです? その恰好」

「なにかと面倒でね。誰のところに渡ったとかいちいち報告される。で、子雲に代わりを頼んできた。麗華と話がしたくて」



ということは、陛下の宮に子雲さんがいるということ?



「ですが、ここは陛下がいらっしゃるところではあり――」



最後まで言えなかったのは、彼が長い指で私の唇を押さえたからだ。



「陛下はやめてって頼んだだろ? 麗華の前ではただの伯劉伶でいたいんだ」



国中から一挙手一投足を監視されている彼は、息抜きの場所が欲しいのかもしれない。

なんとなく納得してうなずいた。


彼は狭い房の寝台に座り、私も隣に座るように促す。



「後宮に麗華を呼んだりしてごめん。でも、麗華のそばにいるにはこの方法しかなかった」

「そばに?」

「うん。離宮で過ごした半年は本当に楽しくて。できればずっとあそこにいたかった。でも、香呂帝の傍若無人ぶりが気になってはいて、玄峰にずっと地方の反対勢力たちと連絡を取らせていた」



だから玄峰さんはしばしば出かけていたのか。



「それでやはり立ち上がるべきだと麗華に背中を押されて……」

「私?」



たしかに離宮を離れるとき、そのようなことを口にはしていた。



「あぁ。だけど、皇帝になりたかったわけじゃないんだ」



遠くを見つめそうつぶやく彼を見て、その気持ちが理解できるような気がした。

劉伶さまは『陛下』と呼ばれて周りに崇め奉られるより、離宮で自由気ままに過ごしたかったのだろう。



「そうだったんですね。でも劉伶さまのおかげで税が軽くなり、村に働き手も戻ってきました。あっ、医者まで手配していただき、ありがとうございました」



肝心のお礼を言っていなかったと頭を下げる。



「大切な麗華を奪ったんだから当然だ」



彼は離宮の頃とは変わらない微笑みを見せる。

だから私の心も緩んでいく。


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