迷子の青空 36
黒猫を追いかける少年。
異世界に来てまで何をしているのやら。
「あ。」
声を出してしまったのは走る黒猫のその先に
ドラゴン。
フラマーと呼んでいたな。
近寄るとうつ伏せに寝ている姿と判る。
ピータンやアクゥロよりも平たく形状はカナヘビに似ている。
質感はカナヘビとは似ても似つかない。
赤みのある体色と鱗と太く長い尻尾。
黒猫ノトはその頭部に自分の頭を擦り付ける。
不機嫌だと聞いていたがその眼差しは穏やかで暖かく慈愛に満ちていた。
「あ。」
キリはもう一度声を出してしまった。
うつ伏せになっているドラゴンのその片翼に岩が積まれているのを見た。
二度目の声に気付いたフラマー
首を上げ、目一杯の虚勢を張る。
「失せろ人の子っ食い殺すぞっ」
本気の目だ。そんな事が出来ないと判っていなければ怖くて逃げただろう。
まだ元気だ。
でも飛べないようだ。翼に力を入れられず足掻いている。
歩いて岩の積まれた翼を詳しく観察する。
「寄るなっ失せろっ」
首と尻尾で威嚇を続けるがキリには一切届いていない。
寝ている隙きに積まれたのか、ピータンのように毒を盛られたか。
バールのような物があるといいのだけど。
山小屋に何かあっただろうか。
農機具らしきも無かった。調理器具で何かできるか?
「考えろ。考えろ。」
固くて折れない物。
キリの頭の中には「金属製」の何かしか思い浮かばない。
ピータンを呼んで助けてもらおうか。
目を閉じる。が腰の短剣に手を当てる。
「これでダメだったら。」
靴を脱いで
「上に乗るよ。痛かったらごめん。」
手でどかせる石を投げ捨て
大きな岩に短剣を潜り込ませる。
ぐっ
と体重を掛ける。手応えらしきはある。が動かない。
剣が折れてしまいそうで怖い。
もう一度全体重を乗せる。
ぐぐっと岩が動く。
「にゃっ」
黒猫ノトがキリの頭の上に飛び乗ると
その勢いなのか黒猫の魔法か
岩はゴロンと転がり落ちる。同時に勢い余った少年が反対側に転げ落ちる。
「あと三つ。」
翼の上に直接乗っている大きな岩が三つ。
側頭部から流れる自分の血にも気付かず
同じようにテコを作り少しずつ動かそうとするがこのままでは翼を傷めてしまう。
「ちょっと待ってて。」
キリは周囲を見渡し森へ入る。
さすがに「丸太」と呼べるほど大きな木は無いが
それでも岩を乗せ転がすレールの役目は充分に果たしそうだ。
何度か往復して汗を拭うと赤く染まっていたが気にならなかった。
羽織った外套を外し翼の上に敷き木を並べ
静かに岩をその上に乗せ少しづつ慎重に押し転がす。
「痛かったら言ってよ。」
岩をどかし始めてから何も言わなくなったドラゴン。
「もう、少しっ。っと。」
前を向いて押して、背中を付けて押して。
ようやく翼の上から落とすものの勢い余って本人も転がる。
「もういい。」
諦めたのか?だめだまだダメだ。
「ちょっと待って少し休めば回復するから。」
「だからもういい。そいつを抱いて離れろ。」
キリはノトを抱き少し後退る。
フラマーは腕立てをするような格好で両肘を曲げ
残った岩を落とそうとする。
結構な力を掛けている。
意地っ張りなのかな。
不器用に身体を左右に振りながらどうにか残りの岩を落とすフラマー。
キリは駆け寄り息を切らすドラゴンの翼を確認する。
「脱臼している。」
人で言う「肘」部分。
幸いなのは岩に潰されて粉砕骨折しなかった事。
アホな事に意地を張って無理して外れた関節。
添え木をしたいが布が巻けない。
痛みは無いのだろうか。
「痛いけど我慢して。」
「何を」
バキッと
ずれた骨を填める。
ドラゴンは叫ぶ。
人の耳には届かない咆哮は山から全ての鳥を追い出した。
本当は添え木をして翼を本体と固定したい。
まあ言うこと聞かないだろうな。
「ゴメン。痛かったね。」
カチンと来るような言い方。
「さがれ。」
フラマーは二度その場で大きく羽ばたく。
土埃が舞う。
目を細めると、アッという間に赤く染まり始めた空の点になった。
上空で二度くるりと回り何処かへ飛んで行ってしまった。
キリはただ羨ましそうに眺める。
「炎症くらいはあるだろうけどあれなら大丈夫だね。」
「にゃあ。」
「そうだね帰ろう。あ、湧き水探さないと。」
キリはノトを抱いたまま引き返そうとして
放ったままの木桶を危うく忘れそうになる。
「二人には内緒にしてね。」
「また見境ないだの現がどうのとか言われるから。」
「にゃあ。」
「途中で転んで。」
「残念ながらこの小屋には入浴設備は無いな。」
「次の街まで我慢します。」
この峠を越えて行く次の街。
誰も「峠」で待ち受けているであろう「障害」について触れない。
魔女ツグミと月夜野アカリは
それが「北の大陸の男二名による妨害行為」と考え
キリと黒猫ノトは
それが「横たわるフラマーの仕業」と考える。
互いに内緒にしましょうそうしましょうと
目を泳がせる三人(と黒猫)。
そして夜明けを迎え
キリはどうして馬が増えているのか疑問に思うのであった。




