迷子の青空 24
黒猫ノトが狼犬ラリクスの背から降りて走る。
その先には森の国の守護竜アクゥロ。
ノトは喉を鳴らしながらドラゴンに身体を擦り寄せ
アクゥロもそれに応える。
黒猫ノトはキリの足元に一度同じように身体をぶつけると
再びラリクスの背に乗りそのまま屋敷へと戻った。
「付いて来い。」
アクゥロは星の映る湖に潜る。
水面が揺れ星が消える。
暗い。
それでも服も脱がずに踏み出す。
さほど冷たくはない。
徐々に深くなる。足首から膝へ。
膝から腰へ。腰から胸へ。
何度か深呼吸をして、息を止めて顔を入れる。
恐る恐る目を開くが何も見えない。
「こっちだ。」
耳からではない。直接頭に声が響く。
一度顔を出し、深く息を吸い込み、潜る。
何も見えない。
聞こえた方へただ潜る。
「さあ来い。お前に私の名を授けよう。」
目を開くと陸にいて、
眼の前に魔女のツグミがいて
顔が近くに寄って、キスされた。
覚醒と同時に身体ら水が溢れ出した。
溺れて人工呼吸されているのか。
心肺蘇生の方法はこの世界でも共通だ。
港で自慢気味に披露したのが恥ずかしいな。
何とも呑気に身体を起こすと魔女のツグミに怒られた。
「夜中に一体何をやっているっ。」
「ノトが呼びに来なかければどうなっていたか判っているのかっ。」
「ごめんなさい。アクゥロに呼ばれて。」
「呼ばれた?」
「はい。付いて来いって言われて。」
湖の奥がぼんやり見えてアクゥロがいて
「契約を結んだのですね。」
森の女王プリウム。
契約?
「そうなんてすか?」
キリにだって判らない。
「アクゥロの本当の名を聞いたでしょう?」
「え?あー多分。はい。聞いたような見たような。」
「あの者達は発ったのか?」
「元々ここへは娘への報告に寄っただけですからね。」
湖から首だけ出すアクゥロと執事やメイドを一人も連れていないプリウム。
「それで。私はまたここで暮らすのか?」
冷たい風が吹く。
慌ただしい昨日を連れ去る冷たくも穏やかな風。
「私を許してアクゥロ。」
女王は大戦の後、守護竜を手放した。
森の国に戦火が及ばなかったのは守護竜による加護が大きいからだと責められた。
国民感情だの富の独占だの言い含められはした。
だが決断したのは自分だ。
「守護竜」と呼ばれているが
結局はその強大な力を利用しているに過ぎない。
「友よ。ここは貴女の家。私達はそれを借りているだけ。」
「貴女が出て行けと言うなら私達はそれに従う。」
アクゥロはプリウムに顔を寄せる。
「お前たちが傍にいてくれないと困る。」
「どうして初対面の異世界の者を信じたのですか?」
「あの少年から懐かしい友の臭いがした。」
互いに大戦で傷付き、それぞれの住処に戻りそれきりの友。
西の国の山で暮らす彼とは幾日幾夜顔を合わせていないだろうか。
その友を思い出したものの、このままここで朽ち果てるのかと嘆いていると
「あの小僧私に説教をした。」
アクゥロが笑う。
「王族以外の者と契約する事自体異例なのでしょう?」
「王族?それはお前たち人の都合だ。」
「あの少年は既にピータンとも契約を結んでいます。」
「そうだな。それは前例が無いので確認に行ったよ。」
「彼は何と?」
「我々竜族は羽撃く者に寛容だ。と。」
「アクゥロは問題ないのか?」
「しばらくは静養が必要ですがすぐに回復するでしょう。」
夕暮れに舞ったドラゴンはとても美しかった。
なのに運河を下る船の上でキリは苛立っていた。
「そのわりに随分と不機嫌だな。」
ツグミもそれに気付いて原因を聞く。
「誰かがそうしたとしか思えません。」
冷たく汚い湖。それを承知でドラゴンをあの場所に住まわせたのだろうか。
「あの地に移ったのは最近だ。」
メリアが言うには、
中の国は当初はもっと北の暖かい地域にアクゥロの住処を用意した。
森の女王プリウムもその条件だからこそ受け入れていたのだが
その後一切の説明も報告も無くあの場所に移されていた。
守護竜は既に中の国の管轄下にあり報せる必要は無いとの見解。
「勝手な話ですね。それで今更何とかしてくれって。」
「祖母が立腹していたのは判っただろう。」
昨日メリアを連れて二人の使者にアクゥロの返還を迫った。
その二人には何の権限決定権は無いのだが
誰かに文句を言わねば気がすまなかったのだろうとメリアは笑った。
笑っていられる状況になって良かった。
もう少し遅れていたら危なかった。
アクゥロをあんな目に合わせたのは
きっとピータンを弱らせた誰か。もしくは連中。
だからこそ急いでその犯人を捕まえたい。
「まあ待て。まずはこの国の王に挨拶をする。」
「何かしら掴んでいるかも知れないからな。」
舟は運河を抜ける。
漁船を返却し港に向かい一行は再び海へ。




