「羽撃け、友よ。」 05
翌早朝。まだ日も登りきる前に牧場主が戻り、
馬を戻すと妻が出迎え共に牛舎で座り込むキリの元へ向かった。
結局キリは一睡もする事なく、息をしない子牛をキレイに拭き、
その前に膝を抱えて夜を明かしていた。
二人に気付き立ち上がるキリ。
キリが謝罪を述べる前に、彼は深い礼を述べた。
「本当にありがとうございます。子牛ば残念だが勇者様のお陰で母牛は無事です。」
彼は息子の服を一式キリに渡した。
替わりに、キリの制服一式を受け取る。
「綺麗にしてお返しします。」
お礼と言うほどの物ではは無いがと前置きし渡されたのは、
「山羊の乳で作りました。3ヶ月南の山で寝かせたから食べ頃かと。」
「シェーブルチーズ。ありがとうございます。」
「どうぞ中にお入りください。」
「朝食にお出ししましょう。よろしければお仲間もお呼びしましょうか。」
窯の上で焼かれたチーズをパンや野菜に乗せて美味しくいただきました。
夜明けと共に起きる。
昼は鐘の音が知らせる。
日が落ちる前に家に帰り夕食。
眠くなったら寝る。
時間の概念はそれなりにありとそうだが
正確な時計は無い。
食材や調理法は変わらない。
「お米のご飯食べたい。」
小麦や豆が主になっている。
この村の男性は殆どが鉱山で働いている。
金銀や石炭ではなく
「鉱石と呼ばれている。」
照明や暖房に使われているようだが詳しくは判らない。
ガラスは「日常」にあるが工房は個人レベル。
合金もある。鍛造技術は武具防具からの発展。
家庭の調理道具もそれなりに充実している。
電気の存在は認知しているが扱えてはいないのでアーク溶接こそ無いものの
融接、圧接、ろう付は用途によって使い分けられている。
朝食後に部室での情報交換。その殆どは赤堀サワの功績。
赤堀サワと吉岡ハルナが部室と一緒に飛んで(?)きた洗濯機は
電源が入るものの何故か動かず、
結局大きな「たらい」に村の水で衣装やジャージやらを洗濯中。
「同じ一年生だから」とキリもそれを手伝う。
部室を見ると副部長若宮アオバが半泣きで
部室のドアを中から開けたり閉めたりを続けている時だった。
馬に乗って現れた三人の男たち。
空の荷馬車が何とも不自然だった。
兜も鎧も身に着けてはいないが
腰には剣。
「王都から参った。竜を退治した者を捜している。」
演劇部員が一斉にキリに視線を集める。
何ともヤバそうな空気。
この国のドラゴンはトキ扱いなのか。パンダ扱いなのか。
それとも「そんなものいない」的な話から騒乱罪とか。
「城までご同行願おう。」
彼らはこの国の騎士。
オロオロするだけの織機キリに助け舟を出したのは、さすが部長。
「一体何事ですか。」
彼女は表に出て馬を下がらせる。
「急を要する事態だ。」
「その事態って?」
男は周囲を見やり、小声で
「敵国からの侵攻が迫っている。協力を願いたい。」
敵国?
侵攻?
協力?
「戦に関しては我々は素人です。傭兵ではありません。」
男はアカリを一周し
「もしやお前達こそが敵国の諜報員か。」
剣に手を伸ばし柄を掴む。
「それでどうして俺達まで行く事になるんだ。」
道具屋は揺られている。
「あの場で全員処刑されないためによ。」
会計係のミサトも揺られている。
引篭り吾妻アヅマでさえも引っ張り出され揺られている。
馬車。
と言えば聞こえはいいが。幌ではない。
「ただの荷台」
馬が引く荷馬車。
乗り心地は、今まで乗ったどの乗り物より酷い。
これは人を乗せる馬車ではない。
「ドナドナドーナードーナー。」
「止めろっ。」
「そのお城って何日掛るのでしょう。」
揺れる馬車の上から叫ぶ月夜野アカリ。
「夕暮れまでには着く。舌を噛むから黙っていなさい。」
部長は騎士の忠告を無視する。
「もう一度言いますが私達は傭兵集団ではありません。」
「見れば判る。」
「それならどうして。」
「姫様の命令だ。」
途中、一度止まり休憩。
牧場のおかみさんが作ってくれたバケット。
部室での騒ぎを聞きつけ、騎士達をしばらく待たせてまで作ってくれたお弁当。
「きっとまた戻ってくるのよ。」
とキリを抱きしめ送り出した。
部員達はとっととバスケットの中に手を伸ばす。
織機キリは馬から荷台を外す騎士の手伝いを器用にこなす。
少し先に流れる小川に一緒に連れ出し
頬や首を撫でながら
「お疲れ様」
と馬を労った。
キリの食事を持って月夜野アカリが声をかける。
「なんであんな事できるの。」
「あんな事?」
「牛の出産。それに馬の世話とか。アナタ何者なの。」
「たまたま知っているだけです。」
気になったのか吉岡ハルナも
「もしかして本当に動物たちとお喋りできるとか。」
「そんなまさか。」
人が手入れをしている「果樹園」や「畑」が目立ち、
その奥に放牧されている牛や羊がいる。
点在する木造の小屋からやがて、
石造りの家。
その数が次第に増え、「街」を形成する。
道具屋の笠懸ヒサシが身を乗り出した。
「ゴンドール。」
指輪物語の南方王国の名。
連なる山脈は、その頂は霞んで見えない。
街は山の麓へと続き、やがてなだらなスロープで丘を登り、
山に沿うように建てられた城へと通じる。
尖った塔も玉ねぎも無いが、そのサイズ感からそれが「城」と判る。
白い石造りの無機質な立方体の集合。
「あれがお城?地味くね?」
赤堀サワの呟きには全員が同意見だが同時に
全員が「事態の展開」を感じずにはいられなかった。