「羽撃け、友よ。」 39
レミーを襲った男を取り押さえたのは魔女のオルン。
騎士がその役目を果たせなかったのには理由がある。
騎士達は三人の男を探している。
勾留中の二人の執政官は
行方知れずだったもう一人の執政官の手筈により逃亡する。
三名の捜索は王子から最優先事項扱いとされ
城内警備の人員も割かれていた。
「王子っお怪我は。」
「いや僕は大丈夫だ。」
「掠っていても危険です。剣に毒が仕込まれている可能性も。」
レミーを襲った執政官の手に、剣は握られていなかった。
一体何処へ?
メリアが手を貸しレミーを起こす。
皆が王子の身を案じる。
キリもそうしようと試みるのだが立てなかった。
腕に力が入らない。何とか膝をつく。
痛みに襲われるより早く誰かが背後で小さな悲鳴を上げた。
チクリと感じた部分に手を当てると、その手が赤く染まった。
「オルンっ私を元の身体に戻せっ。」
黒猫が魔女に詰め寄る。
「判っているぞ。お前は監視者だ。私の言葉も聞こえている筈だっ。」
喚いているのは、ノトの中にいるツグミ。
「私ならコイツを救える。元に戻せないならせめて聞こえないふりを止めてくれっ。」
ノトは、ツグミはその目線からキリの身体の下に剣があるのを見付けた。
その剣に触れぬようキリを動かすよう伝え
ルメニーに腕の止血を指示する。
「直接触るな。傷の上で縛って布を押し当てろ。」
ツグミの指示をオルンが伝える。
食事の並んだテーブルのクロス。城の窓に掛かるカーテン。
狼狽えるだけの演劇部員達を叱責し
城中の綺麗な布を準備させる。
「湯を沸かせ。すぐに戻る。」
オルンは黒猫を抱きかかえ
一番近くにいた倉淵ミサトに何やら声を掛け城の奥へと。
「何処に行くっ。あのままじゃキリがっ」
「ちょっと黙って。」
倉渕ミサトは魔女オルンに言われた通り
城の女中に声をかけ、衣類を一式用意させその後を追った。
「ありがとう。騎士を二人、いえ三人呼んで来て。」
ミサトは言われるままレミーにそれを伝える。
彼は四人の騎士を呼ぶ。
騎士団長とキリと共に西地区から帰還した大隊長三人。
彼らが魔女の入った部屋の前に着くと
ほぼ同時に部屋からオルンが出る。
剣に手をかける騎士達。
「大丈夫。彼女をキリの元へ。」
まだ完全に服を着ていない女性がその脇を抜ける。
「湯は用意したな。誰か薬品庫に行ってくれ。」
「緑と赤の瓶だな?」
オルンは黙って頷くとそのまましゃがみこんでしまった。
「心配するな。疲れただけだ。お前付いていてやれ。」
ツグミが倉渕ミサトに命令する。
「急げよ。緑と赤の瓶。その中の薬が必要だ。」
騎士を急かせる。
「それから針と糸も。使用人の中で裁縫の得意な者はいるか。」
「わた、私得意ですっ」
声を上げたのは演劇部員仕立屋吉岡ハルナ。
人だかりを退けると
ルメニーが泣きながらキリの傷口を押さえ続けていた。
キリは目を開けているが意識が朦朧としているのか言葉を発しない。
メリアは兄のレミーを文字通り羽交い締めしていた。
レミーはキリを傷付けた男を
感情に任せ剣を抜きそのまま振り下ろそうとした。
咄嗟にメリアが間に入り、彼女は危うく兄に切られかけた。
「少し場所を開けろ。ルメニーもういいぞ。頑張ったな。」
「涙を拭うのは手をよく洗ってからにしろよ。」
「お湯をこっちへ。きれいな布をもっと用意してくれ。」
「それから。」
ツグミはキリの腰の竜の短剣を抜く。
「これを火に焼べて色が変わったら持ってきてくれ。」
顔を上げずに指示したためか誰も手を伸ばさない。
「おいっお前でいい。早くしろっ」
ただただ呆然と眺めていただけの吾妻アヅマ。
彼は震える手を伸ばしその剣を取ろうとするのだが
それより早く副部長の若宮アオバが半泣きで奪い
「調理場はどこですかー。」
と文字通り右往左往する。
「身体の向きを変える。手を貸せ。」
笠懸ヒサシと月夜野アカリが手伝う。
キリが何か呟いていのを二人は聞いた。
顔を見合わせ、彼の口元に耳を近づけると
「お願い。もう止めて。」と聞こえた。
ツグミはキリの衣服を裂きながら
自分に言いきかせるよう宣言する。
「お前を死なせたりしないぞ。絶対に助けてやる。」
「事故だった。君に責任はない。」
見知らぬ大人が代る代るキリに声を掛ける。
両親は一度もそれをキリに言えなかった。
父親は仕事に逃げた。
母親は家族から逃げた。
二つ上の姉が笑顔を向ける。
それなのに
キリは走って逃げた。
逃げた先には馬がいて
「これに乗って遠くへ行こう。」
近寄ると、とても痩せた馬だった。
酔っぱらいが鞭で馬を叩いている。
お願いもう止めて。かわいそうだよ。
それがラスコーリニコフの夢なのも忘れ助けに行こうとした。
でも身体が動かない。




