表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羽撃く者達の世界 ~演劇部異世界公演~  作者: かなみち のに
第一幕 「羽撃け、友よ。」
2/181

「羽撃け、友よ。」 02

部室の外は、すぐ前が通路になっていて、ネットが張られていて

ボールやら何やらが飛んで来ても安心。

その先の校庭にはサッカーグランドがあって、その周囲に陸上トラックがあって。

その向こうには野球のグランドとテニスのコートがあって。

が、無い。

ネットがない。ピッチもダイヤモンドもない。

そこそこ街の中の学校なのに

緑と土と木の家と。村人。

世界は中世欧州風のファンタジー。

「うおっフロドがいるっ」

叫んだのは道具屋笠懸ヒサシ。

「違うっアレは勇者様だっ。」

叫んだのは部長の月夜野アカリ。

叫ばれたのはファンタジー丸出しな衣装を纏った織機キリ。

「ドラゴンを倒してくださいっ。」


冷静に状況を分析しよう。

道具屋と呼ばれた男子の作った「スマウグ」似のドラゴンの「ハリボテ」

ハリボテのドラゴンの口元からは

道具屋の小細工によって炎が吐き出されている。

そしてその勢いなのだろうか、移動用に取り付けた台車によって右に左にと暴れまわる。

恐怖に怯える村人達が取り囲む。

その輪の内側に、演劇部の部員達。

「貴女は伝説の魔法使い。」

叫んだのは部長の月夜野アカリ。

叫ばれたのは仕立屋と呼ばれた女子、吉岡ハルナ。

「ふえっ?」


手には短剣。

「さあ勇者様。その「つらぬき丸」で必殺の一撃を。」

炎を吐いて暴れるドラゴンに接近戦を挑ませるとか正気か?

本物の竜ではないから怖くは無い。

怖くは無いが危ない。

足元に転がる小道具の弓と矢。

扱った事なんてない。実は弓道部員でした的な設定もない。

ギャラリーが取り囲む中、放った矢を的に当てる自信は無い。

刃の無い短剣。これでどうにかするしかない。

「勇者様。弱点はあのお腹です。」

何かを伝えようとしている?

「あれか。」

動きを見極め、竜に近寄り胴体部に切り込みを入れる。

「今です魔法使い。炎の魔法であのドラゴンを燃やして。」

「やめろっ俺のスマウグ燃やすとか許さねぇっ。」

道具屋の全力拒否を女子部員が羽交い締める。

村人Aの月夜野アカリは、戸惑う吉岡ハルナに

「ほれ」と何やら渡す。

偉大な魔法使いは炎を吐いて暴れるドラゴンに向かい

「マインブレスっ。」

と、かんしゃく玉。を投げつた。

演劇部員の誰一人元ネタをしらない魔法。


効果音はノートパソコンに繋がれた外付けスピーカーから出されていた。

魔法使いの呪文と共に投げ込まれたかんしゃく玉は火種となり、

織機キリのなまくら刀に空けられた穴から漏れ出していた

本来ドラゴンが吐くべき炎の燃料に引火し、

憐れかなドラゴンはあっという間に炎に包まれた。

「お見事です勇者様。」

「これでこの村は救われました。」

月夜野アカリと、他の部員達がキリとハルナの周囲に集まる。

「よくやったわ。」

「なんですこれ。フラッシュモブ的な動画投稿するつもりですか。」

「判らないの。外に出たらアレがあんな事になっていて。」

「あーっ俺のスマウグがーっ。」


状況を整理しようと「ごにょごにょ」しているキリと演劇部員達。

村人達のザワザワはすぐに伝わる。

「やばくね?」

「アドリビトゥム!」

月夜野アカリが何やら小さな声で叫んだ。

きょとん。

とする織機キリと、一年の演劇部員二人。

「アドリブで行くぞ。て意味よ。」

もうひとりの女子が教えてくれた。

「私達は勇者キリとその一行。ドラゴンを倒すためにやってきた。」

と部長は宣言する。

「無茶苦茶だ。」

と言ったキリに部長は不敵に笑う。

「演劇部に不可能は無いのよ。」


ザワザワしたままの村人達に向かい

「我々は演劇部。全てお芝居です。お楽しみいただけましたでしょうか。」

結構アッサリと自白した部長の月夜野アカリ。

キリと演劇部員達を見ながらのザワザワが、やがて村人達が顔を合わせてのザワザワに変わる。

「伝わってないのかな。」

「言葉が通じていないとか。」

再び演劇部員達とのごにょごにょの中、突然の歓声。

「なんだどうした。」

集まる村人達。

その声は「素晴らしい」「よくぞドラゴンを成敗してくれた」

お芝居を褒めているのか?

もしかして本当に勇者だと思っているのかと疑いたくなるのは

チヤホヤされるのが勇者様と魔法使いに限定されているからだ。

だがキリは

「僕は勇者ではありません。」

ドラゴンを倒した勇者の謙遜。

「皆本当に演技がじょ」

「あーっ勇者様っちょっと見てください。」


部長に強引に手を引かれ連れ込まれた部室の中。

月夜野アカリは少年の両肩を掴み壁に押し付ける

「いきなりバラそうとするとか正気か。」

「バラす?」

「演技が。何。どうしたの。」

アカリはキリの目線が自分に向いていない事に気付く。

キョロキョロしている。

「電気、点いてますね。」

「え?ああそうね。」

キリは慌て再び外に出る。が

状況は何も変わっていない。

変わったのは囲み取材の対象が吉岡ハルナ一人になった事。

彼女はほぼ何も答えられず、

その隣の女子が代わりに受け答えしている。

「一体何がどうなっているのでしょうか。」

「流行りの召喚モノじゃないの?」

流行り?


吉岡ハルナが半泣きでキリと部長の元に駆け寄る。

「あ、あの。ごにょごにょ。」

隣の女子の通訳によると

「これから宴会?ドラゴン討伐のお祝い?をしてくれるって言ってますって村人さん達が言ってるって。」

「いいわね。お腹も空いたし。情報収集もしましょう。」

どうしてこんなにも簡単に状況を受け入れてしまえるのだろう。

キリは部室の隅でパソコンをこねくり回す男子が目に入り

「あ、あの、食事あるそうなので、行きませんか。」

彼は目だけキリに向け

「いや俺はいい。」

「そうですか。」

「残り物でいいから後で持って来てくれるか?」

「え?あ、はい。」

宴会

と言っても突然の催し。

この規模の村で「海の幸山の幸が盛りだくさん」とはいかず

それなりの食事のそれなりの味。

「食生活は似たようなモノね。」

獣や魚の肉に火を入れ、ソースをかける。がベース。

おそらくは小麦を使った料理と豆類。

じゃがいものような、人参のような根菜とレタスのような葉物の野菜。

「フレンチに似てるわ。」

食にコダワリがあるのは3年で部長の親友

演劇部会計の倉渕ミサト(くらぶち みさと)。

道具屋とオタ野郎が湯水の如く部費を使うので

そのストレスで太った。

と、本人は言っている。

当の道具屋とオタ眼鏡は

「部費部費言ってるからそんな体型になる。」

と陰口を叩くのが精一杯の抵抗。


宴席の途中、キリが一人部室に残りごちょごちょしていたそのオタ先輩に

食べ放題だったのか?的に一皿にアレもコレも乗せ食事を差し入れる。

「残り物でいいって言ったのに悪いな。」

「いえ。宿も用意してくれるって言ってますよ。」

彼は初めて手を止め、キリをまじまじと見る。

「皆にも言っておけ。余裕かましている内に部室が元の世界に戻ったらどうするんだ。」

それを聞いた部長の月夜野アカリ。

「お布団だけ貸していただけますか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ