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羽撃く者達の世界 ~演劇部異世界公演~  作者: かなみち のに
第一幕 「羽撃け、友よ。」
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「羽撃け、友よ。」 01

織機 キリ   帰宅部 1年 男子 

月夜野 アカリ 演劇部 3年 女子 部長・演出・監督

若宮 アオバ  演劇部 3年 男子 副部長 Qシート崇拝者

倉渕 ミサト  演劇部 3年 女子 会計

笠懸 ヒサシ  演劇部 3年 男子 道具

吾妻 アヅマ  演劇部 2年 男子 各種効果

吉岡 ハルナ  演劇部 1年 女子 衣装担当

赤堀 サワ   演劇部 1年 女子 作家



頼代(よりしろ)高校。部室棟。

他の文化部から

(やかまし)い」

とのクレームにより、運動部と同じように

校庭の端のプレハブに追いやられた「演劇部」

「煩い」と形容した生徒は実にセンスがある。

「賑やか」とか「騒がしい」を超えた混乱。

絶えず誰かが声を張り、絶えず誰かと誰かが声をぶつけていた。

公演に向けた追い込み。窮愁の最中に好んで飛び込む物好きはいない。

織機(おりはた) (きり)はその部屋で何が行われているのか知らない。

担任兼演劇部顧問は

帰宅部のままのこの少年に用事を頼みついでに

「見学だけでもしてこい」

帰り支度を済ませた生徒の背中を押した。


部室棟の一番端。

他の運動部の部室前には一つずつの洗濯機が何故か二台。

織機キリは、そこが何部なのか聞いていない。

身体を動かすのは嫌いではない。好きだ。

でも団体競技は苦手だ。嫌いだ。

建物の裏で何やら動いている影が目に入る。

「しっぽ?」

キリは静かに、こっそりと覗く。

「ドラゴン。」

キリが見たのはその尻尾。

大柄の、どうやら上級生らしい男子生徒がキリの目線に気付き

「ああーっ見るなっ。本番までダメだっ。」

「本番?」

「来週の部活勧誘式に使うんだよ。だから見るな。」

事情は判ったが、もう見てしまった。

「格好いいですね。凄い。スマウグですか?」


新入生のキリに熱く語るのは笠懸ヒサシ(かさがけ ひさし)。

大道具、小道具を担当する3年生。

スマウグとは

トールキンの小説「ホビットの冒険」に登場する巨大で狡猾な生物。

造形の話から、やがて映画の話に進み、その熱はさらに上がる。

「喧しいぞ道具屋っ。」

キリは背後から張り上げられた女性の怒声に驚いて飛び上がる。

「部外者に見せるなってあれほど」

「知らんっコイツが勝手に見ただけだ。」

女子生徒はギロリとキリを睨む。

「誰だ君は。」

「あ、はい。いえ、あの。」

最も目を引いたのはクリーム色の長い髪。そして輝く黒い瞳。

ドラゴンの後に見た事もあって

キリはつい見惚れて言葉を失っていた。

「ハッキリしないな。とにかく中へ入り給え。話によってはただでは済まさない。」


中は異世界だった。

中世風の衣装。装飾品が点在し、剣と鎧と弓と矢が転がる。

広い。と感じたのはどうやら壁を打ち抜き二室繋げたから。

部室の中の男子女子が台本片手に稽古をしている姿を見て

キリは始めてここが「演劇部の部室」だと理解する。

アカリはクリーム色の長いウィッグを外し自己紹介する。

「私は演劇部部長の月夜野アカリ(つきよの あかり)だ。君は?」

短めの髪は瞳と同じ黒だった。

「織機 キリ1年1組です。」

「あそこで何をしていたハタオリキ。」

「え?ああはい。えっとこれを。」

キリは彼女に封筒を渡す。

封のされていない封筒の中には用紙が2枚。

彼女はそれを眺め

「大会要項か。確かに預かった。」

用紙を封に戻す。

「これを届けに」

彼女が続けたその時

「いやだっ。やっぱり無理っ。」

男子生徒が喚いた。

「今更何言ってるの。貴方が演るしかないの。」

相手をしていた女子が宥め励ます。

その騒ぎをキリと部長のアカリが互いの会話を止め眺める。

キリに向き直るアカリは

「君、ちょっと脱いで。」


部長の言い分

「君素人でしょ。ちょっと演技して。彼に自信を付けさせたいから。」

要するに引き立て役

「立派な役じゃないか。」

それで着替えてしまうキリもとゔかと。

仕立屋(したてや)。手伝ってやってくれ。」

呼ばれてきたのは「いかにも」な魔法使い姿の女子。

とんがり帽子に長いローブ。

「仕立屋も1年だ。たしか君と同じ1組だ。遠慮はいらない。」

「遠慮?」

どうして態々着替える必要があるのか。については答えてもらえなかった。

「ごにょごにょごにょ。」

衣装を抱えキリの前に立つ女子が何やら言っているが聞き取れなかった。

「もっと声を張れ仕立屋。」

部長の激にも彼女は俯いて答えるしかなかった。


部屋の隅で着替えるキリ。

とりあえずリュックを降ろし、用意された服を取る。

「同じクラスなんですね。」

仕立屋と呼ばれた女子の名が

吉岡ハルナ(よしおか はるな)で、1年1組な情報は入手した。

後ろを向いて黙ったままの仕立屋に気を使うキリ。

彼女は頷いているがキリも後ろを向いて着替えているので判らない。

ああもう帰りたい。

それからキリも黙って着替える。と。


バチン


電気が消える。

まだ陽の高い夕方。

しかし「何をしているのか」を悟られてはならない公演練習中。

一つしかない窓には暗幕。ドアは締め切られている。

真っ暗な部室に部長のアカリが部室の隅でパソコンをこねくりまわしている男子に叫ぶ

「またお前かオタ野郎っ」

「俺じゃないっ。道具屋先輩でしょっ。」

とばっちりを受けたのは各種効果担当吾妻アヅマ(あがつま あずま)。

彼は両手が空いていると証明するようホールドアップ。


「まったくいつもいつも。」

「今度は何やらかしたんですかー。」

数人の生徒がドアから外に出る。

残されたキリとハルナ。

部室の照明が戻る。

ハルナがキリの袖口を掴んでいた。

慌てて手を離し、俯きながら

「暗いの苦手で。」

「何だったんですかね。」

気にもしていない。と思わせるキリの言葉に顔を上げると

眼の前の少年が、自分の作った衣装を身に纏っている姿につい

「かわいい」

と呟やき、無意識に撮影していた。

「何で?」

幸い、不幸か?キリにはハルナの声は届かなかった。

ただ突然撮影されて驚いただけ。

「ふっ服がっ。」

慌てて否定するがどちらにせよ恥ずかしい。

「ちょっとコレ持ってください。」

手渡される小道具の短剣。

「ホビット庄いちの太刀って言って。」

「はい?」

今度は意識的に撮影した。

「だから何でっ。」

キリには、先程まで俯いてごにょごにょとしか言えなかった少女と

自分を見て目をキラキラさせている少女が同一人物でとは思えなかった。

ラブコメは部室の外からの叫び声に潰される。

「こんな格好させて放ったらかしなんて酷い部だ。」

キリがドアに手をかける。ハルナもそれに続いて外に出る。


外は、異世界だった。


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