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あ、なんか出ちゃった

 ヌルヌルになってしまったユミィの手を洗い流すために川へ向かっているとユミィが不意に振り向いた。


「あ、そういえば……これどうぞ」


 そういって俺に刃こぼれしたみすぼらしい剣を渡そうとしてくる。


「さっきのゴブリンが持ってたやつです! 剣持ちのゴブリンは珍しいのでさっきはちょっと危なかったんですよね。初めてがあんなのって……運が悪いですぅ」


「あ、そうなんだ? それは危なかったね。でも剣とか……俺使ったことないしなぁ」


「いいんです! 一応護身用として持っておいて下さい」


 そう言って俺の手をとると無理矢理握らせられる。

 ボディタッチが多い……それはちょっと嬉しいけど君のその手は……


「うおっ!」


 ユミィのヌルヌルしている手に握られていた剣はやっぱりヌルヌルしていて、握らされた剣は俺の手をすっぽ抜けて足元の地面に刺さった。

 俺は家にいる時の格好のままだったので靴も履いていなかった。

 もし足に落ちていたら……考えたくもない。


「あっ…ぶねぇ」


「もう……鞘がないので気をつけてくださいよ?」


 いや、ちょっと待ってくれ。今のはヌルヌルの化身である君がいけないんじゃないか?

 そんな台詞を飲み込んで「あぁ、気をつけるよ」と返せた自分を褒めたい。


 それにしてもさっきからこのユミィとはなんだか自然に話せる気がする。

 あのユミちゃんと顔も名前も似ているユミィから俺の目を褒められた事で中学時代からのトラウマを克服できた……とか?そんなわけないか。

 でも面と向かって人と話すのが怖くなる前は俺だって沢山友達が居たんだよな。

 それからの先の思い出が少ない分、小さな頃の思い出が鮮明に思い出せる。懐かしいなぁ……。


「ヤマダクロウさん、着きましたよっ!」


 そんな事を考えていたらユミィの言っていた川に着いたようだった。

 さっきのゴブリンとやらに襲われることもなくとりあえず一安心といったところか。


「おぉ、これは綺麗な川だなぁ」


「そうなんですよ! この国は自然を大切にしてるんです。だから好きなんですよね」


「そうなんだ、確かに空気が澄んでる気がするね」


 そう言いながら二人で川岸に並んで手を洗う。

 俺もユミィに手を握られたり、剣を握ったりでヌルヌルしていたからな。


「そういえばさ……」


「はい、ヤマダクロウさんなんでしょう?」


「いや、そのヤマダクロウっていうやつなんだけど。それで一つの名前ではないからね?」


「ほう……では名字をお持ちだという事ですね?」


「もちろん。ヤマダが名字で、クロウが名前だ」


「なるほど! じゃあこれからはクロウさんって呼びますね」


 いきなり名前呼び!?女の子にそんな風に呼ばれた事がなかったから胸が高なった。

 ただ名前にさんをつけて呼ばれただけだけど屈託のない笑顔でそう言われたら……さ。


「あ、あぁ。それで頼む」


「じゃあ私の事はユミィでいいですからね!」


 ユミィ……だと!?いきなり呼び捨てにしろというのか……神よ!何故私に試練を与えるのか!!


「わかった。……ユ……ユミ……ミ…………」


 俺がどうにか名前を呼んでやろうと頑張っていたら突然、ユミィの細くて白い指が俺の唇に触れた。


「しっ……」


 これは当然喋るなという事だろう。

 そうだよな……こんな奴に突然名前で呼ばれるなんて嫌に決まっているよな。


「そうだよなぁ……」


「ええ、そうです」


「やっぱり嫌だよなぁ」


「ん? いや、というか……ゴブリンです。近づいてきますね」


 どうやら見当違いの事を言っていたらしい。でもゴブリン?どこだ?

 俺がキョロキョロと辺り見回しているとユミィが指で方向を教えてくれた。


「あっちの茂みの方です。私、耳はいいんですよね」


 そう言われたので茂みの方をじっと見ているとガサガサという音がしてゴブリンが現れた。

 それもなんと二体だ。


 きっとここの水を飲みに来たんだろう。どうぞ、とこの場を譲れば丸く解決しないだろうか?

 俺達を見つけたゴブリンはその口からぎひひという不細工な笑い声を漏れさせた。


 どうやら見逃してくれる気はなさそうだ。

 ユミィはゴブリンから目を離さずに低い声で俺に尋ねてくる。


「クロウさん……逃げられますか?」


「うん、まぁそれしかなさそうだし……」


「じゃあ私が囮をしますのでその間に逃げて下さい。この川を下っていけば街の外壁に出ますので。そこから周り込めば街の入口に出られます」


 おいおいおいおい。

 ちょっと待ってくれよ、二人で逃げればいいじゃないか。

 俺のそんな提案は即座に却下された。


「ここは河原で足場も悪いです。そんな所を……走れますか?」


 ユミィは俺の足元を指して言う。

 なるほど……確かに俺は靴下しか履いていない。

 これじゃあ早足で歩くことは出来ても石だらけのここを走り抜ける事は出来ないだろう。


 でもだからって、じゃあお言葉に甘えて……とか言える訳がない。

 それに俺は元々死にたかったんだ、ここは一つ女の子を助けて格好良く散ってやろう。


「いや、俺が囮をやるよ。ほら、幸い剣もあるし……俺は剣を使うのが得意だから」


 俺のその言葉にユミィは「はぁ」とため息を一つこぼす。


「さっき使った事がないって言ってませんでした? まぁいいです。じゃあ……一緒に戦いますかっ」


「ああ、まぁそれなら俺の中のかっこつけ虫もギリギリで納得だ」


「なんですかその腹の虫みたいなのは。そんなの飼ってたらお腹空きますよ!」


「じゃあ生き残って……腹いっぱい食べようぜ!」


 その言葉が合図となったように俺とユミィはそれぞれ標的と決めたゴブリンに向かう。

 相手も向かってくる事がわかったようでそれぞれ手に持った棍棒を握りしめて臨戦態勢を取り始めた。


 まず最初に動いたのはユミィだった。


「えーい」と気の抜けたような声を出して片側のゴブリンに斬りかかる。

 ゴブリンはその攻撃を軽く避けて棍棒を横に一振りした。

 ユミィはそれをバックステップで躱すと少しずつ俺の方から離れていく。

 なるほど、1対1を作るって事だな。

 俺はそんなユミィの行動を正しく理解した。


 お互いが目の前の敵を倒せば生き残れる、つまりはそういう事だ。


 俺は人に暴力を振るった事はないし、振るわれた事もない。

 だからそりゃ震えるよ。手が、足が。

 でもここでやらないといつやるんだ。

 変わりたい、とずっと思っている……いや思っていた。

 さっき背中から落ちてきてから俺は変わったよ。

 外もほとんど歩けなかったのに、もうずっと外にいるし女の子とも普通に会話が出来ている。


 せっかく変われるキッカケを掴んだのに……こんな所で終われるか!

 俺は「うぉぉぉ!」という声を出して自分を奮い立たせる。


 そして手に持った剣を振りかぶり目の前のゴブリンの頭に向けて叩きつけた。

 ゴブリンはそんな俺を見ると、つまらなそうな顔をして、緩慢な動きで棍棒を頭の上に掲げた。


 コンッ……そんな軽い音を響かせて俺の剣は止まった。


 どうやらゴブリンの棍棒にめり込んだようだ。

 こんな俺でもちゃんと剣で攻撃をすることができた、と得意になった。

 ここまま剣を振り続ければもしかしたら……と考えている俺の前でゴブリンは何気なく手を軽く後ろに振った。


「うぉぉぉ!」


 先程の自分を鼓舞する叫び声とはまた違う、情けない声が戦場と化した河原に響いた。


 ゴブリンが軽く手を降っただけで、俺の手から剣がなくなってしまったのだ。

 どんな魔法だよ!と思った俺だったが、実際は棍棒に食い込んだ剣を棍棒ごとゴブリンが引っ張っただけだった。

 目の前のゴブリンは棍棒にめり込んでいた俺の剣を手に取るとニチャっという笑みを浮かべて俺に背を向けた。

 その背中は俺なんか驚異たり得ない、そう言っているようだった。

 そのまま俺を放置して、ユミィに押されているもう一体の元へ加勢に向かうようだ。

 押しているとはいえ一匹で手一杯なのにそこへ剣を持ったゴブリンが乱入したら……結果は火を見るより明らかだ。


「ユミィ!!!」


 俺は叫ぶ事しか出来なかった。

 何か、何か出来る事はないか?咄嗟に足元の石を投げるが当たらない。

 ああ、あと5秒もしたらユミィが……どうしたら……なんでもいい、なんでも!!


「あぁ、魔眼っ! 魔眼だ! 俺の魔眼! 頼む……頼むよぉ……」


 俺はパニックになって厨二病だった時の定番である魔眼に縋る。

 そんなものはない、ともう結論付けたはずなのに。


 それなのに。


 俺がもう駄目か……と諦めようとした時、左目に鋭い痛みが走った。


 突然、体の中から何かが抜け出るような感覚を味わうと次の瞬間、目の奥から蔓のようなモノが伸びていくと背中を向けているゴブリンの頭を一撫でした。

 それだけだ。

 それだけなのに効果は絶大だった。


 剣を持ったゴブリンは鳴き声を上げる暇もなく、河原に体を投げ出した。

 細かく痙攣しているその姿からもう立ち上がることはないだろうと感じられた。


「あ、なんか出ちゃった」


 思わずそう口にするのも仕方ないだろう。

 なんだったんだ、と手で左目を触ってみるも目は普段のまま、そこにあった。

 俺があまりの出来事に呆然としていると、ユミィの方もなんとか一体のゴブリンを倒しきったようでこっちに向かってきた。


「はぁはぁ……クロウさん! やりましたね。でもどうやったんですか? なんか突然倒れたみたいでしたけど……」


 そう言われたので先程のゴブリンに目を向けてみると、まだピクピク痙攣していた。

 たまにビクっと大きく痙攣するので復活したのか?と、その度に心臓が飛び上がりそうになるがどうやらそれももう終わりらしい。

 最後に一際大きく体を震わせると、それから二度と震える事はなかった。


「勝った……」「ですね」


 俺とユミィはどちらともなく、自然に抱きしめあって生き残った喜びを分かち合ったのだった。

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