絶望の音色
遅くなりました。
「ダメに決まってるだろ?」
そんな無情な言葉がマギーから放たれた。
「ど、どうしてだ? みんな仲良く、なんて事は言わないけど争いたくない者同士が争う必要なんてないだろう?」
マギーは悲しそうに目を閉じて、そして呻くようにして言葉を吐き出す。
「それが……因果ってもんだ。そうなってしまう、そこに帰結してしまう。所詮駒の役割なんてそんなものだからな」
「俺は駒じゃな……」
「駒さ。そして俺もな」
マギーは俺の言葉に重ねるように冷たい言葉を放つと自嘲したように吐き捨てる。
俺たちは……魔眼持ちは結局のところ、盤上の遊戯の駒なのか?
「マギー……さんでしたか? 私が皆さんを説得してみせます。その人達の叶えたい望みが何であるかはわからないですけど王家に連なる私が出来る限り協力しますし、みんなでそれに向かって努力すれば……」
目の前の少女、リリアーヌがそんな事を言う。
「ははは、鳥籠から抜け出る事も出来ないお前に何ができる?」
そう言われた少女は唇をきゅっと引き締める。
「私は城を……鳥籠を抜け出ました。もう私は捕らわれるだけの鳥ではありません!」
マギーは一瞬目を細めてほぅ……と呟く。
「それではその夢見がちな希望が実現出来るのか……証明してみせろ」
「証明……ですか?」
「今、もう一人の魔眼持ちがこの街に近づいて来ているぞ」
マギーがとんでもないことを言い出した。
「俺は<寄生>した人物の周囲をある程度把握できる。前にお前にちょっかいを出した冒険者、なんていったか?」
「えーっと……」
俺が言い淀んでいるとユミィが助け船を出してくれる。
「ブルート……さんですか?」
「ああ、それだそれだ。そいつが交戦している」
「なんだって!?」「っ!?」
俺とユミィが顔を見合わせる。
良い出会いではなかったとはいえ、この世界にきて数少ない顔見知りの一人だ。
どうする……助けに行くか?
「ん……終わったな。俺の<寄生>が失われてしまった。死んだな」
「そ、それは本当なのか? もしかしたら気を失っているとか……」
「いや、その可能性はないだろうな。今<寄生>していた欠片を回収しているところだ……ほら戻ってきたぞ」
「ブルートさん……そんな……」
ユミィの顔が蒼白になっている。
そりゃそうだ、雑用とはいえ一緒のパーティーとして冒険に行っていたんだから。
俺のような顔を知っている程度の浅い付き合いではないだろう。
「ブルートという男の最後の場面を"確認"出来るが……見るか?」
マギーがそう言った。
「見られるのか?」
「見られるというよりは直接脳内で感じる、といった方がいいか? まぁ奴の目と耳で捕らえられた事象だけにはなるが」
「…………見せてくれ」
俺は他の魔眼持ちがどういう奴なのかを知っておきたかった。
それが例えどんな惨状であったとしても。
「お嬢さん方はどうする?」
マギーがユミィとリリアーヌに尋ねる。
「わ、私は見てみたいです。ブルートさんの……最後を」
「私も見ますわ! いずれ説得しなければならない人ですから」
いいだろう、マギーはそう呟いて俺達に触手を伸ばす。
この前みたいに女の子を絡めとるような真似はしないようで安心した。
触手が頭に触れると"それ"が再生され始めた。
「やあやあ君達。その格好を見る限り冒険者かい?」
赤い髪を持つ少年が気軽に話しかけてくる。
どうやらブルートが感じた感情までも、やや朧気ながら伝わってくるようだ。
――不快
一言でいえばこの言葉に尽きる。
軽薄な態度がそれを思わせるのではない。
目の前の少年の存在そのものが酷く不快なものに思えるのだ。
「だったらなんだ? ここはガキのいる場所じゃねぇ。失せろ」
ブルートがそんな風に突き放してしまったのは決して彼の性格の問題だけではないだろう。
「あらら、つれないねぇ。この先にある街の事が聞きたいだけなのに」
「あぁ? ロンマリアも知らねぇとはどこの田舎モンだぁ?」
ここロンマリアはこの国一番の街であり、この国の城下町でもある。
この国にいるならば知らないという方が不自然だった。
「僕はこの国の人間じゃないからねぇ……ほら、見えるかい?」
目の前の少年が赤い髪をかき上げるとそこには立派な角が生えていた。
「っ! お前……鬼人族かっ!?」
「ほう、よく知っていたね。人間にしては物知りだ。そうさ、僕は人間に虐げられて絶滅に追い込まれた鬼人族の末裔さ。といっても僕しかいないから生き残りといった方がいいか」
鬼人族といえば人間よりも圧倒的な戦闘能力を持つ種族だった。
それ故に反乱を恐れた数で勝る人間が包囲殲滅を繰り返し、絶滅に追い込んだ種族だったはずだ。
その生き残りがまだいたとは……ブルートの額から汗が一つ流れた。
「で、その鬼さんがロンマリアになんの用だっていうんだ?」
「うん、ちょっとそこにいる人達に用事があってね。そのついでに人間の街を滅ぼしちゃおうと思ってきたんだけれど」
少年は散歩にきた、というような軽い口調でそんな事を言う。
「はっ。笑えねぇ冗談だ」
ブルートの声は心なしか震えているように感じられる。
「だろうね。まぁ君が教えてくれないならそれでいいよ、行けば分かるだろうしね」
「そんな事聞いて行かせるわけねぇだろ?」
ブルートはいつでも戦闘に入れるように四肢に力を込め始める。
「くふふ、ははははっははは。そんなに腰が引けてるのに? やる気なの? 僕と? ねぇ、僕と遊んでくれるのかい?」
「ッ死ねやっ!」
ブルートは先手必勝とばかりに目の前の少年の身長ほどある大剣を横薙ぎに振るう。
さすが元2つ星というような速度で振られた剣は確実に当たるタイミングだった。
予測通り、その剣は少年に届いた。
届きはしたが、その体に届く事はなった。
「な、なんだ……と?」
ブルートのとんでもない焦りの感情が流れ込んでくる。
見ているだけの俺も汗が止まらないほどだ。
目の前の少年は片目を光らせ、そしてブルートの剣を抓んでいた。
汚いものでも触るかのように二本の指でただ軽く抓んでいたのだ。
「く、くそがっ!」
ブルートは剣を動かそうとするがビクとも動かない。
「あ、ごめんごめん。君の剣だったね。僕は強欲でね、何でも欲しくなっちゃうんだ。でもこれは要らないから返すね」
そういって目の前の少年は指で軽く剣先をはじいた。
ブルートはその衝撃で後ろに転がり転がり……そして止まった。
地面に転がったまま驚きに目を見開くと自分を覗き込んでいる少年と目が合った。
「おやおやおやぁ? そこに誰かいるよねぇ? 僕の事を見ているのかい?」
「な、なに訳の分からねぇ事言ってやがんだ!」
少年は目の前のブルートの事など、意に介さない。
自分にとっては羽虫のような取るに足らない存在だと知っているからだ。
ブルートの顔をがっしと掴み、鼻を近づけるとくんくんくんと匂いを嗅ぐ。
「うん、これは魔眼だな。やっぱりそこの街にいるんだね? いるよね? そうだよね?」
そういうと少年は怯えるブルートの瞳を一舐めした。
――べろり
その不快な感覚はマギーを介して見ている俺にも伝わってきて……体を震わせた。
「ふふ、今から行くね? いいよね? いいだろ?」
そういうと少年は掴んでいたブルートの顔を放した。
そしてもう興味がないとでもいうように背中を向けて街の方へと歩き出した。
「くそ、くそ、くそくそくそぉぉぉ!! 負けてばっかりでいられるかよ! くそったれがぁぁぁぁ!」
ブルートは跳ね上がるように起き上がると無防備な少年の背中に向けて刃を振りかぶる。
少年はゆったりした動作で振り返ると、マギー越しの俺にしっかり目を合わせ……
「待っててね」
そう言って口元を歪ませる。
……そこでマギーとの接触が途絶えた。
「どうやらここまでのようだな。まぁ一瞬で終わったんだろうな。それだけはあの男にとって救いだっただろう」
マギーが落ち着いた声でそう言った。
「どうだ、お嬢さん。奴を説得できそうだったか?」
リリアーヌは真っ青に染まった顔で身動き一つ取れずにいる。
ユミィも身近な人の最後を見たからか顔を俯かせたままだ。
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ……。
そんな音が部屋に響いている。
何の音だ、うるさいなと思ったら俺の歯がなる音だった。そりゃ震えもする。
「マギー、無理だ」
俺は絞り出すようにそれだけ呟く。
俺を狙ってこの街に向かっているようだけど、どう考えても無理だ。
勝てる訳がない。
殺されて、目を抉られてそれで俺の物語もバッドエンド、終了だ。
「……逃げよう」
「無理だな」
「なんでだよっ!? 因果だからか? そんなもの知らねぇよ! 俺はユミィと仲良くスローライフを送るって決めたんだよ!」
「いや、そうじゃない」
マギーのそんな言葉が聞こえた瞬間、外から轟音が響いてきた。
それに続いて人々の叫び、怒号、泣き叫ぶ声……。
「もう、来たからな」
ブクマ、評価をしていただけたら最高に嬉しいですし筆も進みます!
ぜひお願いします。