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2/22

輝石も魔法もあるんだよ

 ――あぁ、落ちてる……


 目覚めた時に浮遊感を感じるなんて最悪の目覚めだ。

 その浮遊感は、ちょっと柔らかいような硬いようなものにぶつかって終わりを迎える。

 さてはベッドから落ちたか……あれ、俺は眠っていたんだっけ?

 そんな事を考えていると人の声が聞こえる。


「何かよくわからないけどチャンス!?」


 なんで自分の部屋のベッドから落ちたのに人の声が聞こえるんだろう。

 そんな事を思いながら目を開けると……そこには鋭い刃物の切っ先があった。

 あ、強盗だわ……これ殺されるんだ。

 部屋に引きこもってからずっと死ばっかり望んでたし、これで楽になれる。


「ヒィッ」


 その声は死ねば楽になれると思っていたはずの俺から発せられた。

 もしかしたら心の底の底では生きたい、とそう思っていたのかもしれないな。

 まぁそれももう終わりだけど。せめて痛くしないで……そう思って固く目を閉じる。


 ズブブ……。


 肉を貫く不快な音が鼓膜に響いた。

 グゥ……この俺ももはやこれまで……ってあれ?全く痛くないぞ?


「やった! 私だけでゴブリンを倒せた!」


 いや、待て待て。俺はそんな物騒な名前の生物じゃない。

 ヒト科ヒト属のヒトであるはずだ。

 そう抗議をしようと目を開くと……なんということでしょう。

 俺は森の中にいました。


 そして自分は何か緑色の物体の上に寝ているようだった。

 ん―、これは……寝ぼけているのかな?と目を擦ってはっきりとした視界で見るそれは。


「うわあああぁぁぁぁ!! バケモノっ!」


 急いで起き上がって距離を取ろうとするも腰が抜けてしまい、這いつくばるような形でなんとか緑の絨毯から体を引き離す事が出来た。

 そうして這いつくばった視線の先には足があった。


 恐る恐る顔を上げると……そこには女の子がいた。

 なんだろう、中学生の時に大好きだったあのユミちゃんを10年ほど成長させたような顔だ。

 髪の色は赤茶色だったし、目の色も緑だから全然違うはずなのに、なぜだかダブって見える。

 俺は苦い思い出を一瞬で呼び覚まし、思わず顔を伏せた。


「あの……ご、ごめんなさいっ。お怪我はありませんか?」


 その言葉を聞いて俺は自分の体を確認する。

 痛い所は……ないな。強いていえばさっき落ちた時の背中がちょっとジンジンするくらいか。


「あ……だ…………」


 声が、出なかった。

 大丈夫です、そんなただの一言が出せなかった。

 これは長い引きこもり生活が(もたら)した弊害だ。


「そんな……ちゃんとゴブリンだけを刺したつもりだったんですけど」


 俺が痛みで喋れないと勘違いしたのだろうか、女の子は俺に近づくと体をまさぐり始めた。

 ここですか?ここですか?と胸やお腹、背中を撫でながら尋ねてくる。

 パ……パ―ソナルスペ―スの侵害だ。

 そもそも中学二年から女の子と話す機会すらほとんどなかったのだ。いきなり触られるなんて。


「だ、だいじょうぶでひゅっ」


 俺は思わずベタに噛んだりしながらちょうど肩を調べていた女の子の手を払い退けるようにして立ち上がった。

 咄嗟の事だったとはいえ……俺、喋れるじゃないか。

 そんな自分に感心していると目の前の女の子は払われた手を反対の手で押さえながら悲しそうな顔をする。


「そっか……怒ってるんですよね……」


 そう言ってなんだか勘違いをし始めた。

 まぁ目が覚めたら突然鼻先に刃物を突きつけられれば怒りもするかもしれないけど。

 何気なくふと後ろを振り返ると青い血を流してピクリとも動かない緑色の異形がいた。

 でもあのバケモノから守ってくれたとも言えなくもないか……。


「怒って……ないです」


 俺のその言葉に女の子はぱあっと顔を綻ばせたと思ったらすぐに安堵のため息を吐いた。

 感情が顔に現れすぎてて疲れそうだな、なんて思ったら。


「あはは……」


 なんだか笑えてきた。


「もう! どうして顔を見て笑うんですか? ひどいですよ―」


 女の子はぷんぷんという可愛い擬音が付きそうな顔をしてそう言った。


「いや、ごめん。怖かったなぁって思ってさ」


 あれ、俺……人と、それも女の子と話せてる?


「なんで怖かったら笑うんですか? もうごまかしちゃって……ってあれ、その目って?」


 その言葉に俺の瞼は機敏に反応を返した。

 すぐに左目だけを閉じる。そして……開きかけた心も閉じる。

 どうせ今から聞きたくない言葉を聞くんだから。

 そうだよ、どうせ俺の目はきもちわる……


「カッコイイ!」


 え、なんだって?かっこいい?あ、括弧Eか。それってなんだ?


「その目、英雄みたいですねっ!」


 頬を赤く染めてキャ―と言いながら目の前の女の子は無邪気にはしゃいでいる。


「この俺の目が……カッコイイ? 英雄?」


 そんな俺の呟きは女の子に聞こえてしまっていたようだ。

 女の子はブンブンと首を縦に振ってまくしたてる。


「この国を一代で創り上げたっていう伝説の英雄ルクセレス様もそういう左右違う色の目をしていたっていう話……もちろん知ってます、よね?」


「あ、あぁそうだったね」


 思わず会話を合わせてみたけど、ルクセレス様って誰だ?

 この国を作ったのはここに住まう民である!とか格好いい事をいうつもりもないけど、少なくともルクセレス様って人が作ったなんて話は聞いた事がない。


 いや、待て。それよりも俺の後ろに倒れているあの異形はなんだ?女の子はさっきゴブリンとか言っていたけど……。

 目覚めてから色々ありすぎて気にする暇もなかったけど、そもそもこの森はどこなんだ?

 こういうイベントでニ―トを公正させるような施設に連れてこられたのか?

 まさか異せか……そんな事を考えていると少女が口を開く。


「あの……そういえばさっきは助けてくれてありがとうございます。お礼を言うのが遅くなっちゃってごめんさい」


 助けて……か。

 確かに目の前の女の子を見ると、どうやら激しく争ったらしく、服の至る所が裂けていて浅いキズを作っていた。


 至る所が裂けて……!!


 落ち着いて見てみると、特に大きな胸の辺りが際どいっ!いや、むしろ下の方が半分以上はみ出て……

 俺は咄嗟に目を逸らしながら着ていたカ―ディガンを女の子に渡す。


「……ごめん」


「あ、あぁっ!」


 女の子は自分の姿に気付いて叫ぶと、破れているところを腕で隠しながらカ―ディガンを受け取って、そそくさと身に纏った。

 戦っていた興奮で自分がどんな状態になっているのか忘れていたのかもしれないな。


「あの……見ました?」


「……イエ、ゼンゼン。マッタクミテナイデス」


 本当にちょっとしか見てないからそのじと―っとした目で見るのをやめてもらいたい。

 とりあえず話題を変えた方が良さそうだ。


「おほん、それにしてもさっきのバケモノって?」


「ああ、ゴブリンです! 私こう見えても冒険者をやっているんで、討伐しました!」


 えっへん、と大きな胸を張るとさっきの光景も自然と思い出されてしまうから、それもやめてもらいたい。


「冒険者? す、すごいね」


「なんて……まだ見習いだしさっきも助けられたんですけどね」


 そう言いながらてへ☆っと舌を出す女の子。あざといのは罪だよね。


「あなたはどうしてこんなところに? って、自己紹介がまだでしたね。私はユミィっていいます」


「あ、俺は山田九郎(クロウ)です。どうしてっていうか俺もよく分からなくて……気付いたらいたっていうか」


「気付いたら……? まさか転移魔法で飛ばされたとかですかっ!?」


「転移魔法?」


 おいおい、この女の子はどうやら俺の患っていた厨二病という病気をまだ抱えているらしい。


「確かにその黒髪に左右違う瞳はこの辺では見かけないですもんね……なるほど」


 どうやら勝手に納得している。そして結論を出したようだ。


「じゃあとりあえず一緒に街まで行きましょう! ここにずっと居たら危ないですし」


 危ない、その言葉を聞いて俺はあの緑のバケモノに襲われる想像をするとブルッと体を震わせた。

 冗談じゃない、死にたいっていってもあんなバケモノに食われるのだけはゴメンだ。


「お願い……できる?」


「もっちろんですっ! それに……この高そうな服も返さないといけないですし」


 高そうっていってもそれはそろそろ寒くなるからといって母親がユニシロで買ってきて、ドアノブにかけておいてくれたものだ。そんなに高い物ではない。


「この肌触り、伸縮性、それにポカポカとした温もり……」


 いや、残念だけどその温もりは服の性能というよりは俺の体温だけどな。


「すんすん……それにこの鼻を刺すようなかお……」


「よしっ!!じゃあ行こうか」


 危ない、それ以上は言わせないぞ。


「急に大きな声を出したらびっくりしますよ―。それにゴブリンに見つかっちゃうかも」


「あ、あぁすまなかった。ちょっと俺の精神が危機(ピンチ)を迎えかけたもんで」


「ん? まぁなら仕方がないですけどもっ。次は気をつけて下さいね? それにしてもこの匂いは……たまらんたまらんっ」


 後半のセリフは聞かなかったフリをする事にした。

 それがいい、きっとそれがいいはずだ。


「じゃあ行きましょうか! っとその前に……」


 そう言ってユミィは太ももの横に挿してあった小さめのナイフを引き抜くと緑色のゴブリンとやらの死骸に向かっていった。そして不意にナイフを振り上げると心臓の辺りに突き刺す。


「えぐっ……何をしてっ……?」


「何って輝石を回収しているんですよ! ユミィにはまだ冒険者は早いって言われたんで『ゴブリンを狩ってきてやる―』って出てきた手前、ちゃんと回収しないと……っと。よし、取れたぁ!」


 じゃあ今度こそ行きましょ、そういって振り向いたユミィは……おいおい、スプラッタかよ。


「あのさ……とりあえず、手洗わない?」


「あ、確かにそうですね。あはは、初めてだったから……ヌルヌルだぁ」


 手を洗える川がこっちにあります、というユミィの先導に従って俺は移動を始めた。

 その時、左の目がチリっと痛んだけど気にしなかった。

 そんな事よりこんな森の中でユミィを見失ったら大変だ、と急いでその背中を追った。


 

 そして二人が去ったその場にはゴブリンの死骸だけが遺された。

 しわしわの()()()()()()()ゴブリンが遺されていたのだった。

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