第3話、試験とご褒美。
「勇者様、今日は勇者様の力を調べてみましょう」
ある日、巫女様は唐突にそんなことを言い始めた。そう言えば、初日に巫女様が神殿は落人の特殊な能力を確認することになっているというようなことを言っていた気がする。
「調べるってどうやって調べるんですか?」
「……どうしましょうか?」
「……はい?」
前回の落人の時は巫女様はまだ生まれておらず、そもそも落人の持つ特殊能力というものが人によって異なるので、神殿に残された記録を見てもこうすればよい、というものはないのだそうだ。
なので、すぐに特殊能力を特定するのではなく、いろいろな調査を繰り返して少しずつ可能性を探ることになるらしい。
「まずは計算です。よーい、始め」
勇者の特殊能力というので何か特殊な剣を岩から引き抜くだとか、特別な試練をくぐり抜けるだとかというものを予想していたのに、実際やることになったのは学校のテストみたいなものだったので、拍子抜けした。
でも、まあ、こういうのも確かに極めれば特殊能力と言えるかもしれない。
「勇者様は何か特別な血筋の生まれていらっしゃるのですか?」
「いえ、ただの普通の庶民ですよ」
「とてもそうとは思えないほど教養がおありでいらっしゃいます」
「そうですか? このくらい普通だと思うのですが」
巫女様の出したテストはせいぜい高校生くらいの内容で学校を卒業して大分経った後でも常識程度に答えられるものが大半だった。中にすごく難しい問題もあったので完答はできていないけれど、日本人の平均点は超えたと思う。でも、逆にその程度だ。
「いえ、これだけできるのは貴族や大商家でもなかなか。よほど、教養ある家庭のご出身なのでしょう。ただ……」
「ただ?」
「記録に残る勇者様の特殊能力には及ばないかと」
まあ、それはそうだろう。これは元々の僕の学力だ。職業が学者や賢者などなら知力ステータスの加算もあっただろうけど、元忍者で今は勇者の僕の知力は僕の努力に比例した程度しかない。
試験はその日では終わらず、翌日も続いた。
「今日は運動能力です」
「はい」
「まずは走ってみましょう。とりあえず、あの山の頂上まで」
「はい?」
というわけ、僕は今、山道を走っていた。山は遠目に見たよりももっと大きくて、なかなか山頂まで着かない。
(くぅ、忍者の時なら影走りを使えばこの位の山、ひとっ走りなのに)
影走りは走る足音を立てずに素早く走るスキルだが、高レベル忍者になると走る距離も飛躍的に伸びる。戦闘や諜報だけでなく、伝令にも有用なスキルなのだ。長距離走のみに特化すれば飛脚の韋駄天には負けるが。
ただし、今の僕は勇者のレベル1。影走りを使っても最大で10メートルほど高速移動できるだけだ。これでは山登りにはとても使えない。忍者の特訓で鍛えた体力があるので何とか走っているが、さすがに足が棒になって頭がふらふらしてきた。
「勇者様、頑張ってください!!」
巫女様は僕の後ろを馬車で追いかけて一生懸命に声援を送ってくれていた。いい子なんだけど容赦ないと思う。ずっと追いかけられているせいで休むこともできない。
(やばい。もうだめかも)
「勇者様!?」
2時間くらい全力で山道を登り続け、最後に僕は足をもつれさせて倒れると過呼吸で目の前が真っ暗になってしまった。こりゃ、箱根の5区だよ。素人が練習もしないで真似するものじゃない。
「勇者様、気がつかれましたか?」
「あれ、巫女様、ここは?」
「よかった、勇者様!!」
仰向けに寝かされた僕に覆いかぶさるように巫女様が抱きついてきて、巫女様の柔らかい双丘が僕の体にぎゅうっと押し当てられた。至福。しかも、顔が近い、近い。巫女様の整った顔立ち、ぷりっとした唇が目の前に視界を覆いつくしてドキドキする。
「あの、巫女様?」
「申し訳ありません、勇者様。私が行き届かないせいでこんなことになってしまいまして。この上はどんなお詫びをすればよいか」
正直なところ、この柔らかい感触だけでお釣りが来て余りある感じなんだけど、というか、これがあるならまたやってもいいかなとすら思っているのだけど、さすがにそれを言うような雰囲気ではなかったので、ちょっと真面目に返事をした。
「大丈夫ですよ。巫女様が僕のために一生懸命なのは分かっています。今は僕の能力をいち早く調べて、この世界に適応していかなければならないのですから。僕の方も、自分の限界は自分が一番分かっていなければならなかったのに、無理をして心配させてしまってすみませんでした」
「そんなことありません。これは全部、私の責任です。勇者様は何も悪くありません」
「いいえ。巫女様は悪くないです」
「いえ、私のせいです!」
「……、じゃあ、こうしましょう。巫女様は責任を取って、何か僕の言うことを1つ聞いて下さい」
「分かりました。何でもおっしゃってください」
「今すぐは思いつかないので、また今度でいいですか?」
「もちろんです。ゆっくりとお考えになってください」
というわけで、何だか成り行きでものすごい言質を取ってしまった。これで巫女様にエッチなお願いをしたら、巫女様は断れないということじゃないか。なんてことだ。
もちろん、僕は紳士だからそんなことは当然しない。これはあくまで可能性の話なのだ。だから、巫女様があんなことやこんなことになるのは、もし万が一そんなことになるやもしれないときのためのただのイメージトレーニングに過ぎない。
イメージトレーニングと言っても、現実に柔らかい質量が僕の上にむぎゅっと押し付けられて、僕の理性をロープ際まで追い詰めている状況では、あまりに具体的過ぎるイメージになってしまうのはしかたないことだと思う。
僕の方から触らない理性を褒めてあげたい。
「み、巫女様、一旦、ちょっと離れましょうか」
「え? あ、す、すみません!!」
「あ、謝ることじゃないです。むしろ僕の方が嬉しかったというか……。いえ、そんな意味じゃなくて……」
やば。思わず本音が。これはドン引きだよな。せっかく好感度が上がってそうだったのに。
「そんな、嬉しいだなんて」
あれ? なぜか喜んでるような? 巫女様ってときどき何か変わってる気がする。お風呂であんなところまで洗ってこようとするし。あ、その件については、ぜんっぜん、文句は全くないんだけど。むしろウェルカムなんだけど!
「勇者様、いつも冷静なので、私のことを内心うっとおしく思ってるんじゃないかと心配していたんです。でも、そんなことなかったんですね!」
「そんな、うっとおしいなんて思うわけないじゃないですか」
あんな至福の感触、うっとおしいどころかいつまでも味わっていたいですけど! ただ、ちょっと僕の理性が……。
「分かりました! じゃあ、次は遠泳をしましょう!!」
「え、そっちの話?」
ということで、山走りの次のテストは遠泳に決まったのだった。忍者って、海にはあんまり強くないんだよね……。……、溺れたらまたむぎゅってしてくれるかな……。
インフルエンザに感染してしまいました。皆様もお大事に。