第20話、連判状。
「行きましょう」
僕が迷っていると、修道女さんがそう言った。
「明日まで待っていたら帰るのが明日の夜になってしまいます。今日中に片付けてしまいましょう」
修道女さんがやる気なので、まだ明るいうちに急いで商人の屋敷に行くことにした。ただ、その前に1つだけ確認しておかなければいけないことが。
「相手はピストルを持っています。なので、危ないと思ったらとにかく影走りで逃げてください。誰かが何かを懐から取り出そうとしたら、ピストルかどうか確かめる前にすぐに」
とにかく、ピストルにだけは気を付けないと、当たり所によっては死んでしまう。もちろん刀に切られても死ぬのだけど、ピストルは間合いを取るのが難しいのでスキルを使っても防御しづらいのだ。
「分かりました。影走り以外に使えそうなスキルはありますか?」
「いっぺんにいろいろ教えても難しいと思いますから、とりあえず影走りを使うことだけ頭に入れておいてください」
すでに巫女様はスキルの特訓をしたのである程度使いこなせると思うけど、修道女さんはまだ一度も使ったことがないからスキルは1つに絞った方がいい。
ちょっと待って。他のスキル?
僕はそこではっと気づいてステータス画面を開いた。今まで忍者のことしか考えていなかったけれど、勇者が全職業に近接職業適性があるのなら、もしかして全職業のスキルを取得できる、ないしは一部の初級スキルだけでも取得できないだろうか?
しかし、残念ながら、僕が取得できるスキルはなかった。考えてみれば、せっかく大量のスキルポイントを持っていても完全に宝の持ち腐れじゃないのか、これは?
「勇者様、この『円結界』というスキルはなんですか?」
「円結界は円状に結果を作ってその境界をまたいだ攻撃を弱めたり無効化したりするスキルです。それがどうかしましたか?」
「取得可能となっています。これがあればピストルの攻撃から身を守ることができたりしませんか?」
「できますね!」
円結界のスキルは防御的な職業で初級職から取得できる使い勝手のいいスキルだ。ただし、初級職で取得するにはレベルが75以上は必要になる。
試しに、巫女様のステータスを見てみたが、円結界は取得可能スキルに含まれていなかった。上級職の巫女で取得できないということは、巫女は防御的な職業ではないということなのだろう。
円結界は境界をまたぐ攻撃のみを防御するので、近接攻撃を防ぐことはできない。また、自分のステータスに連動して相殺できるダメージに上限があるので、強い相手の攻撃は通り抜けてしまう。
しかし、今警戒しているのはピストルで、相手のレベルもそこまで高くはないだろうと思われるので、円結界は最適な防御スキルだ。特に、僕がスキル共有で使えばステータス差に加えて近接職業適性もある。世に絶対はなくてもまず心配は不要だろう。
「じゃあ、修道女さん、そのスキル、取ってしまいましょう」
修道女さんにやり方を教えてスキルを取ってもらい、僕たちは商人の屋敷に向かった。
「頼もう!」
「これは、神官様、本日はどのようなご用向きで?」
「大旦那に面会がしたい。これは神殿の預言に関する用向きだ」
「し、少々お待ちを」
門番は慌てて中に引っ込んでいった。神殿の神官が預言のことでわざわざ訪ねてくるというのは、ただ事ではない。無下に追い返すことなどしたら、門前町で商売を続けることは不可能だ。
それから1分も立たないうちに、中から人が飛び出してきて扉が開けられた。そして、慌てた様子ながら、礼を失しない作法で屋敷に上げられ、客間へと通された。
床の間のある客間に導かれ、上座のソファーに座るように促された。やはりここでも妙な和洋折衷スタイルだ。その場で飲み物とスナックがサーブされたが、スナックはいかにも高級そうなメロンだった。こんな立派なのは神殿でも見たことがない。別の種類の立派なメロンならあるけど。
「円結界!」
案内をしてくれた人が出て行った後、客間で誰もいなくなったタイミングを見計らって僕は円結界を展開した。円結界の悪いところは固定型なので展開した場所から動けなくなるので、移動中は発動することができないのだ。
それ後、すぐに慌てた様子で中年太りの男性が入ってきた。商人の丸金屋だ。
「これはこれは、わざわざご足労頂きありがとうございます。まずは、何もご用意できておりませんが、こちらをお納めください」
そう言っていきなり僕たち3人の前に何かの包みを差し出した。
「これは何ですか?」
「神殿の皆様には日頃からお世話になっておりますから、これはほんの気持ちでございます」
包みを少し開けて中を覗いてみると、中には大量の金貨が入っていた。
「賄賂ですか?」
そう言って、僕は包みから金貨を出して机の上に置いた。商人は眉を少しだけ動かしたけれど、ほとんど動揺した様子も見せずににこやかに答えた。
「いえいえ。この門前町が反映しているのも神殿のおかげと思っておりますので、折に触れて神殿には寄付の方をさせていただいています。今回は、このようにおいでいただいたので、直接お渡ししようと思いましただけですので、お納めいただければと」
流暢に話す商人の様子を見て、さすがにベテランの商人だけあって食えないと思った。
「その辺にしましょう」
そう切り出したのは修道女さんだった。
そして、鞄から書類を取り出すと、それを机の上に広げた。
「これは先代の巫女様が行った預言の記録です。『西通りを力のある商人と住民が協力して再開発するように』という預言が記録されています」
「そして、西通りの住民が申請した再開発の計画はこの預言のために却下されました」
修道女さんの話を受け継いだのは巫女様だ。
「しかし、今、丸金様は西通りの住民の協力を得ないままで再開発計画を進めようとしておられます。これは明らかに預言を無視した行為ではないですか?」
巫女様が決定的なことを言って、これで商人はぐうの音も出ないだろうと思ったら、商人は今度は表情一つ変えることなくにこやかに返事をした。
「協力は得ております」
「え?」
「おい、あれを持ってまいれ」
商人がドアの外に控えていた小間使いに一言命じると、すぐに別の部屋から箱を持ってきた。その箱を開くと、商人は書類を1つ取り出した。
「こちらをご覧ください」
そう言って見せたものは、一面に名前の書きつづられた連判状だった。
「賛同をいただいた住民の皆様からはこのように署名と拇印をいただいております。これが住民の協力を得ているということの何よりの証拠でありますかと」
そう言い切った商人の表情からは、絶対的な自信がうかがえた。確かに、このように書面で連判状がある以上、住民の協力を得ていないというこちらの主張は根拠が弱く、このままではこれ以上の追及するのは難しいかもしれない。




