第18話、早馬。
「一応聞いておきたいんですけど」
茶屋を後にした僕たちは代官のところへと向かったけれど、その前に僕は巫女様に確認だけしておいた。
「巫女様は預言はしていないんですよね」
「はい。門前町の再開発計画に関する預言なんて全く知りません」
「とすると、誰かが巫女様の名前を騙っていることになりますね」
「許せません」
巫女様は自分の預言が騙られたことにかなり怒っているようで、目が吊り上がっていた。まあ、でも、それは理解できる。
代官屋敷に行くと門番は僕の顔を覚えていてすぐに代官に取り次いでくれた。代官ってもしかして暇なのだろうか?
「これは勇者様と……みと様、今日も例の地上げの件でしょうか?」
「それもあるのですが、それとは別に預言の件でお聞きしたいことがありまして」
「預言ですか?」
代官はちらっと巫女様の方に視線をやって、怪訝な様子で返事をした。
「何者が預言を騙っている疑いがありました。預言内容の確認のため、神殿に照会がなされていますが、その照会が神殿に伝わっていません。これは神殿に対する背信行為の可能性があります」
「どういうことですか?」
巫女様が強い口調で言うと、代官はうろたえた様子で確認をしてきた。僕は、巫女様を抑えて、茶屋のおばあさんから聞いた話を、誰がと言う話はせずにかいつまんで説明した。
代官は神妙に僕の話を聞いていたけれど、話が進むにつれてだんだん顔色が青ざめて来た。
「その話は私のところには報告されていません。神殿に対する照会は必ず私のところまで上がってくることになっているのですが……」
「それに関しては、すぐに照会を神殿に回してもらうとして、本題はその目的なんです」
そして、僕は本題である再開発計画について、代官に直接ぶつけてみることにした。
「門前町の西通りの再開発計画というのはご存知ですか?」
「知っています。丸金屋が提案して宇津木殿が推進している計画ですが……」
「実は、先の預言の件は、その用地買収が巫女様の神託によるものだという預言が出たと喧伝して買収を正当化しているという苦情なのです」
「それで神殿に預言の照会をしようとしているのを、役人の誰かが握りつぶしているということですか」
「はい」
ここにきて、代官は話の全貌を理解したらしく、頭に手をおいて考えこんでしまった。
「その件が本当であれば大問題ですが、再開発計画は宇津木殿の管轄ですから私の立場からは何も……。しかし、神殿に対する背信行為とご禁制のピストルについては、たとえ宇津木殿が御家人とはいえ訴追からは免れませんので……」
事は代官の手には余るらしく、顔には苦渋の色が浮かんでいた。代官というのは貴族として下級で、上級貴族である守護に雇われて統治を代理しているにすぎず、守護の腹一つでいつ解雇されてもおかしくはない立場なのだ。
なので、代官の側から守護の不正を糾弾することはほぼ不可能だ。やるなら差し違える覚悟でということになる。そして、差し違えられたら成功というものだ。
とはいえ、勇者を擁する神殿の権威はさらに高い。ほぼ、王族に匹敵すると言っても過言ではない。条件によっては国王を退位させることすら可能なこともあり得る。勇者という神殿を代表するような立場の人間から詰め寄られれば、代官の立場では拒否することはできないのだ。
じゃあ、神殿は御家人より地位が高いから、神殿が代官を守ればいいじゃないかと思うかもしれないけれど、代官はあくまでも守護の代理なので、神殿には任免権はないのだ。神殿はあくまで神殿内の人事に権利を持つだけで、門前町は神殿の持ち物ではないからだ。
でも、神殿が全く門前町に影響力がないかというとそういうことはなく、神殿あってこその門前町であり、門前町には神殿と協力関係を築く義務がある。だからこそ、こうして僕が神殿代表の顔をして門前町の内部事情に首を突っ込んで行けるのだ。
大変ややこしい政治の力学がそこにはあった。
そして、その狭間で胃をキリキリさせて身動きが取れないのが目の前の代官なのであった。
マジ同情する。
「では、後は宇津木殿と直接話をさせていただくことにしましょう」
「い、いえ、それは……」
「お構いなく。代官殿の手を煩わせずとも、一人で、いえ、二人で会いに行けますから」
ということで、これ以上可哀そうな代官の胃に穴を開けるのは止めて、守護に直接直談判をすることにした。
守護は商人の丸金屋のところにまだいるはずだ。
あそこはピストルで武装したチンピラがたむろしているので、気を付けて行かないといけない。茶屋では体術で格下の相手が至近距離で2人だったので、危なげなく処理したが、集団で囲まれるとやはり危険だ。それに、巫女様もいる。
「正面玄関から名乗りを上げて訪問するのは難しいでしょうね。もう顔も知られていますし」
「どうしたらいいですか?」
修道女さんからは家宅侵入してスパイ行為をしてはいけないと釘を刺されている。でも、これはやはり忍び込むしかないんじゃないだろうか? よし、忍び込もう。
「勇者様、巫女様!」
突然、後ろから声を掛けられて、僕たちはびっくりして振り返った。すると、そこには神殿で仕事を肩代わりしてくれているはずの修道女さんがいた。
「修道女さん、仕事はどうしたんですか?」
「午前中で終わらせて早馬で飛ばしてきました」
「え、午前中で終わらせたんですか?」
「さすが」
早馬に乗ってきたというだけあって、いつもの修道服ではなく、乗馬服でズボンを履いていた。ぴっちりタイトなズボンは足のラインがきれいに出ていて新鮮だ。馬に乗ってきて、さらに走って探していたのか、汗で髪の毛が額に張り付いているのもよき。
「勇者様?」
「こほん。で、修道女さんはどうしてそんなに急いでここに来たんですか?」
「勇者様と巫女様がまた他人の家に無断で忍び込んだりしているのではないかと思いまして」
ぎくっ、ばれてるし。
「そ、そ、そ、そんなことないですよ!?」
「それと、勇者様のお話で一つ思い出したことがありまして」
「何ですか、それは?」
「先日、歴代の巫女様の記録を調べていた時、先代の巫女様の時に門前町の再開発のことについての預言があったのを思い出しまして」
「え、預言があったのですか?」
「え、ご存知だったんですか?」
どうやら、僕たちと修道女さんは別々の経路を通って同じ預言にたどり着いていたようだ。
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