第1話、異世界転移のスキルポイント。
「目を覚まされましたか?」
ある朝、目を覚ますとそこはいつものワンルームアパートの一室ではなく、きれいに磨かれた檜造りの部屋に置かれた広い天蓋付きのベッドの上だった。
「ここは?」
「ああ、まだ動かないでください。すぐに巫女様をお呼びしてきます」
ベッドの脇には変わったデザインの修道服のようなものを着た女の人が立っていて、僕が目覚めたのを見て誰かを呼んでくると言い残して部屋を出ていった。
動かないでと言われたのでベッドの上からは動かずに辺りを見回して見たが、どうにもそこは不思議な部屋だった。和風なような洋風なような、あるいは中華風のような。いったいどこの様式なのか、はたまたどこでもない全く別の様式のような、そんな部屋だった。
しばらくすると、さっき出ていった女の人が別の女の人を連れて戻ってきた。あれが巫女様という人なのだろうか?
「ご気分はいかがですか?」
その巫女様は先の女の人が着ていた修道服のようなものとよく似た服を着ていた。だが、布地にもっと高級感があり、刺繍のようなものも施されていて、もっと地位の高い人のように見える。ただ、どの程度高いのか、僕には見当がつかなかった。
「ここはどこですか?」
「ここはイエード王国のトッショ神殿です」
は、何王国の何だって? 何を言っているんだ、この人は?
「すみません。何ですか?」
「あなた様は空から落ちていらっしゃったんですよ」
「は?」
巫女様の言うことには、この世界では空から人が落ちてくるのはまれにあることらしい。そう言う人は「落人」と呼ばれ、別の世界から来た人間だと信じられていた。というのは、落人は決まって普通の人間には持ちえない特殊な力を持っているからだ。
神殿は落人が現れた時にはすぐに保護し、この世界のことを教え、特殊な能力を確認し、身分を保障し、生活を支援することになっている。落人に与えられる身分は「勇者」という名前が付けられていて、これは過去の落人伝説に魔王を倒したという逸話が残っていることから採られたものらしい。
「その他にも、勇者様たちは様々な偉業を成し遂げていらっしゃいました。この神殿を建てられたのも勇者様なんです!」
キラキラした目で語る巫女様を見て、僕は何かとんでもないことを期待されているらしいということは理解した。
神殿は勇者の生活を支援する義務があるので、僕が希望すればこの神殿にお世話になり続けてヒモのような生活を送ることも可能らしい。でも、どうにもそんなことを本気で希望することは不可能な雰囲気がある。勇者ならばすぐにでも偉業に取り掛かるのが当然と言わんばかりだからだ。
「巫女様は落人に会われたのは……」
「もちろん、初めてです! 先代の勇者様がなくなったのが、私が生まれてすぐのことですから」
一体それは何年前のことだろうと思ったが、それを聞くということは巫女様の年齢を聞くということになるかと思い、結局聞けなかった。まあ、後で別の人にでも聞いてみよう。
とにかく、話を総合すると、僕は住み慣れた日本を離れてイエード王国なる異世界に転移してきたということらしい。どこかのよくある小説の筋書きのようだ。
夢なんじゃないだろうかと体のあちこちを抓ってみたけれど、目が覚める気配はない。もっとも、夢の中で抓ったところで実際に体に痛みが走るわけではないので、冷静に考えれば結局夢から覚めることもないわけだけれど。
どうやら僕の体力はどういうわけかだいぶ落ちているようで、ちょっと話しているだけで疲れてしまったので、また寝ることになった。これからしばらくは巫女様が僕のところに通いつめてこの世界の常識などを教えてくれるらしい。
これが夢なら次に目が覚めた時は元の世界に戻っているのかなと思いながら、僕は重くなるまぶたに逆らわず目を閉じた。
どうやら本格的にこれは夢ではないらしい。
その後何度か寝て起きてを繰り返したけれど、元の世界に戻る気配はない。胡蝶の夢のように夢で元の世界と行き来しているわけでもないみたいだ。こうなったら切り替えてこちらの世界に馴染んでいくほかないだろう。
巫女様は見知らぬ世界に戸惑う僕を献身的にお世話してくれた。そうすることが巫女様の使命なのだそうだ。最初にいた女の人は巫女様の世話係らしく、巫女様が僕の世話をするところには手を出してくることはないようだった。
どういうことか話し言葉は始めから分かったが、書き言葉は分からなかったので文字から教えてもらった。それで気づいたけれど、意味が分かっていると思っていた話し言葉も自分の知っている言葉とは似ても似つかぬ言葉だったようだ。何か特殊な能力が言語理解を補助しているような感じだ。
巫女様はベールを取ってみると想像以上に美人で、体つきもグラマーだということに気づいて、巫女様とこの世界の勉強をするのはなかなか楽しかった。我ながら現金な話だと思う。
(そう言えば、アレ、こっちに来てから一度も見てなかった。ちょっと見てみようか。……ステータス!)
これまで何度もやってきたように、意識を少し自分の方に集中して、心の中でそう唱えると、視界にスクリーンのようなものが出現し、この世界の文字とは別の文字がその上に現れた。異世界に来たからと言ってステータス画面の文字は変わらないらしい。
ステータス画面に表示されるものは名前、年齢、身長、体重などの自分自身の基本的な情報の他、職業、レベル、力、スキルなどの能力に関する情報、毒、麻痺などの状態異常に関する情報、武器、防具、護符などの装備品に関する情報、それからアイテム、金、スキルポイントなどの所有物に関する情報だ。
慣れた手つきで手早くステータスの内容を確認していくと、いつの間にかかなりの部分が変わっているようだ。これも異世界に来た影響ということなのだろうか。
まず、年齢が若返っていた。僕の年齢はすでに300歳台後半に入っていたはずだけれど、ステータスに表示されているのは21歳という数字だった。これはさすがに若すぎるので何かの間違いだと思う。鏡を見た時に映っていたいた姿は、若返ってはいたけれどさすがにもう十分に大人で、20歳台には見えなかった。
それから、職業が勇者になっていた。確か、元の世界では忍者をレベル90台まで育てていたはずなので、それが全部なくなってしまったのかと思うと悲しい気分になる。もう少しで上級職への転職ができたのに。
職業はリセットされたけれど、力とスキルは元のままだ。職業適性のないスキルは効果が大幅減になってしまうけれど、なくなってしまったわけではないことにほっとした。ただ、この勇者という職業は転職可能な職業なのか不明なので、宝の持ち腐れかもしれないけど。
ただ、ステータス画面にあった最大の変化は、実は今まで説明した内のどれでもなかった。そんなことが帳消しになるほどの他を上回る衝撃的な変化がステータス画面に起きていたのだ。
「え、何この数字!?」
「どうかしましたか?」
「な、何でもないです」
僕は所有ポイントの数字を見た時、思わず声を出してしまって、近くにいた巫女様に不審がられてしまった。何せ、ポイントの数が見たこともないほどの大きな数になっていたのだ。
(これは、10年くらいは遊んで暮らせるんじゃ?)
ポイントは、スキルを使ったり新しいスキルを取得したり転職したりするときに消費される数値で、時間経過とともに徐々に増える他、レベルアップした時にボーナスとしての取得することができる。さらに、特別な経験をすると、その内容に応じてポイントを取得できることもあるのだ。
ポイントが多ければ多いほど、ステータスを良くすることができ、スキルもたくさん使えるので、元の世界では特に若者ほど、ポイントを多く得られるような冒険に挑戦する者が多かった。
ポイントがあっても職業やレベルが合致しなければ取れないスキルもあり、スキルがなければポイントを使っても望みの結果を得られないこともあるのでポイントが万能なわけではないが、なければスキルを取ることも使うこともできないので、やはりポイントは大切なのだ。
この大量のポイントを取得するような経験で心当たりがあるのは異世界に転移したことくらいなので、多分それが原因なのだろう。こんなにあっても今のところ使う当てはないので、しばらくはゆっくり使い方を考えるとしよう。
(ちょっと面白くなってきたかも)
忍者を失ったけどその分ポイントが増えたので、プラマイゼロと言うところか。職業以外のステータスはキープしてるしから、上級職へのレベルアップができなくなっても全体としては得しているかも。
懲りずにまた小説家になろうに投稿してみました。よろしくお願いします。