恍惚♥めたるぞんび先生 ~めたぞん純愛白書~
みなさんこんにちは。今日も今日とてヤナセタカシです。
一介のラノベ大好き少年だった僕が、このMZ文庫に編集者として入社し、はや一年。
今日も敬愛するめたるぞんび先生のお宅へお邪魔しています。
ボロボロと落ちる赤サビ。ギコギコと不協和音を奏でる関節。
「めたぞん先生、またサビが……」
「ギコギコ。うう、ヤナセ君、いつもスマナイねえ」
「それは言わない約束でしょう?」
僕は微笑んで、先生の背中をやさしくさすった。金属用紙やすりに擦られて、めたぞん先生はとっても気持ちよさそうである。
なんとなく遠くに頭痛がするような気がするが、よくあることなのでキニシナイ。
「しかし、最近の先生はサビが出るのが早いですね。あたたかくなってきたせいでしょうか」
「むむ……たしかに、そんな気が……」
「僕も遠距離通勤で、毎日先生のサビを落としに通えないですしね」
「そうでフね……めたぞんも、お嫁さんが欲しい年頃でフねえ」
……。
なにか、とてつもなく異様なことを聞いた気がするけども、深く考えたら負けだと思う。
僕は気にせず、その日はそこを後にした。
一週間後。
「ヤナセ君、紹介するメタ! ワタシの恋人、ハーナ子姫メメタアーー!」
「ふぉわああああっ!?」
僕は大きな声を上げた。
展開早い! 情報多い!! いくら3000字のSSだからって、一行文に内容を詰め込みすぎている!
これ絶対なろうでブラバされるやつだー!!
「どうも、ハーナ子と申します。よろしく……」
めたぞん先生の隣で、彼女はぺこりと頭を下げた。
くるんくるんの縦ロールドリル巻き毛に、深緑に湧いた泉のように透き通った青い瞳。
まばゆい白肌、桃色のロングドレス。
「……姫だ。間違いなくどこからどう見てもお姫様だ……」
「そりゃあそうだろう。ハーナ子殿下なのだから、そりゃ姫さ」
と、口を挟んできたのは、いつの間にやらそこにいた、MZ文庫編集部の先輩である。
ほんとにいつからいたんだろう先輩。ちっとも気が付かなかった。
「今日のヤナセ君はメタネタが多いな」
「何の話ですか先輩。それより僕、個人的に気になることがあるんですが」
「なんだいヤナセ君」
「ハーナ子姫、鼻デカくないっすか」
「そりゃあそうだろう。だからハーーナ殿下だって、当人がそうおっしゃってたし」
「ああ、そういえば定例キャスでそれ聞いたな……」
「だからメタネタはやめたまえ」
「……あの……」
延々と漫才をする編集ふたりに、おそるおそるという風に、ハーナ子姫が手を挙げた。
「わたし、本当に、めたるぞんび先生とは真剣なお付き合いをさせてもらっていて……彼の、お嫁さんになりたいって思っているんです!」
「ふええええっ照れますなあぁぁあ」
しゅぽーっと一発蒸気を噴射する小説家。
もはやだれも反応しなかったけど。
ハーナ子姫も気にせずに、なぜか僕たちの方に向かって、ケナゲに訴え始めた。
「めたるぞんび先生に喜んでもらうため、私、いっしょうけんめい花嫁修行をしてきたんです! お料理洗濯掃除に裁縫、果てしなく続く仕事の愚痴をどこまでも聞き流すスルースキル」
いやちょっとくらい聞いてやれよ。
「ライターを差し出す角度、水割りの配分、グラスに浮かんだ水滴をおしぼりで拭き取るタイミング」
ホステスじゃねーか。
「もちろん夜のおつとめもばっちり!!」
いやなんの話してんだよお姫様、ぶっちゃけ気持ち悪いよ!
「やがて生まれてくる子供の名前も考えました! 男の子だったら大富豪魚丸、女の子だったら猟奇姫です!」
だから、ツッコミどころは一回発言につき一個ずつにしてくれよ! ボケのデフレーション薄利多売で笑うのも怒るのも追い付かねーよ!!
「ああー、いいでスねぇ子供。男女両方ほしいでスねぇ。さっそく型を発注しないと」
やっぱり工場ラインなのかよ!!
「どうしたヤナセくん、疲れた顔をしてるぞ?」
「先輩も手伝ってくださいよ。分担ツッコミ制を導入しましょう」
ぜぇぜぇと息を切らせた僕に誰も優しくしてくれることはなく、 二人は仲良くキャッキャウフフと、将来の話を楽しんでいる。
……まぁ、邪魔をするのも野暮だろう。原稿も頂いたし、さっさと会社に帰ってとりあえず一息つこう。そういえば昼飯時だなぁ。
ハーナ子姫が声をあげた。
「そうだ皆さん、おなかすいてませんか? わたし、お弁当作ってきております!」
「なんか嫌な予感がするから結構です」
「ファ? なんでですヤナセくん、ハーナさんのお料理はほんとうに美味しいですよ。ワタシ一度ご馳走になりましたが、さすが花嫁修行はバッチリというだけあって」
「副業で、飲食店で働いておりますし」
「王女なのにっ!?」
「得意料理はトリッパの煮物」
「本格的ィィイイイ!」
「あれ美味いよなー」
マイペースな先輩である。
ああ、また騒いでるのは僕だけなのか。
なんかもう色々と諦めて、素直に頂くべきなのか……。
「さあ座ってください、どうぞどうぞ」
そして目の前に開かれた三段重。僕らはオオッと声をあげた。
菜っ葉飯のおにぎりに、豪華な海鮮、牛しぐれ煮、旬の野草の天ぷら。
な、なんか……ほんとにすごく美味しそうだ。
「早起きして仕込んできたんです、どうぞ召し上がってください」
「いただきます……」
恐る恐る食べてみる。
――うまい。
――うまいじゃないか。
「どんどん食べてくださいね」
「いやこれは絶品だな。とくにこの天ぷら、野草の美味しい苦みは残しつつ、エグみはしっかり処理してある。丁寧な仕事だ」
「うん、たしかに。これは美味しい」
ぱくぱく食べる僕と先輩を、ハーナ子姫は嬉しそうに眺めていた。
……これって、きっと僕たちのご機嫌取り、なんだろうな。
自分を売り込むためじゃなく、未来の夫――めたるぞんび先生を、契約レーベルにヨロシクしてもらうために。
……いい子だな。彼女、本当に先生のことが好きなんだ。
彼女なら、先生のサビを毎日優しく削ってくれることだろう。
なんか、ヤキモキしてる自分が小さく思えてきた。……もしかしたら、ちょっとだけ、嫉妬してたのかもしれない。
ばかだな、僕。
僕の仕事は、彼のメンテナンスをすることじゃない。そうすることで先生の執筆をはかどらせ、その先にある読者を笑顔にさせることなんだ。
これが、編集者である僕の仕事。
……ハーナ子姫……先生を、よろしくお願いします。
ハーナ子姫はとても嬉しそうに、鞄から水筒を取り出した。お茶だろうか?
カップにとぽとぽ注ぎながら、
「では、めたるぞんび先生もどうぞ」
「フォオッキタコレ天ぷら油! 揚げた野草の香りが移ってサイコー!」
「やっぱり油オチかぁああああああっ!!」
僕は仰向けに倒れ込んだ。手足をじたばたさせて暴れまわるのを、三人が慌てて取り囲む。
「ほえぇぇ? なにを憤ってるんですかヤナセくん!」
「天ぷら廃油は近年注目のエコエネルギーですよ。燃焼後の排気ガスも無害ですし!」
「ヤナセくんはいちいちおかしなやつだなぁ。天ぷら油もガソリンも結局はカロリー、エネルギー。気にしない気にしない。ほーらコッチを見て~めたるぞんび先生は人間であーる」
今日も今日とてヤナセタカシ。
これからもMZ文庫と、めたるぞんび先生をよろしくね!
お名前をかして頂いた作家さま、ハーーナ殿下さま、ちょきんぎょ。さま、鳴田るなさま、そしてめたるぞんびさまに感謝と愛をお伝えいたします。